夜空の一つ、最後の希望
@tenkuu-tayori
第1話 序章
――「ニ〇一三年一二月三一日」――
二三時過ぎ。夜空を眺めていた。
降り積もった雪は微かに月光を照り返して、真っ黒な外界を神秘的に燈している。
僕は部屋の明かりを消して星空を眺めながら、今日一日を振り返っていた。
一年の締めくくりは、やはり特別。
今年も、お母さんがご馳走を作ってくれた。それを三人で囲み、一年間の全てが笑顔に変わる一日。
テレビのお笑い番組も相まって、今日は久しぶりにたくさん笑った。頬が疲れるまで笑えたのは、いつぶりだろうか。
――この頃、憂鬱な毎日が続いている。
どこからともなく湧いてくる、理由なき不安や焦燥。
その根源も分からないまま駆られ続けて、いつしかそれらは、自分の許容範囲を超えるようになっていた。
勝手に作られた不安が臆病な自分を形作って、新しい事柄に挑戦する気力をなくし、輝かせたい毎日に影を落としていく。
そんなヘタレで周囲はともかく、何より自分に呆れられる僕。ここ最近は、そんな自分の存在価値について考え始めていた。
「自分は、誰かのためになれているだろうか? 僕がここに存在する意味なんて、ないのではないか。いつも家族には暗い面持ちばかり見せつけて、負担ばかりかけて」
いつも心だけ必死で、行動できない。結局、何もできないまま一日が終わる。
毎日頑張って生きてるのに、今日の自分は昨日の自分より醜くなる。
今日くらいは、そんなこと忘れて楽しみたい。家族に無理やりでも元気な姿を見せたいと思って、最初は意図的に明るく振る舞っていた。しかし。
時間が経つにつれて、何のしがらみもなく心からその時間を楽しめている自分に気づけた時は、本当に幸せだった。
小さい頃は、毎日がそうだったけど。
――そして今、僕は今年最後の星空を見上げている。
冬の冷たくて澄んだ空気は、綺麗な星の瞬きを瞳に届けてくれた。
星空観察が好きな僕は、落ち込んだ日は決まって自分の部屋を真っ暗にして、夜空を見上げる。
この部屋くらい光のない一日でも、星が綺麗なだけで、その日は色づくと思えるから。
最初のうちは、ただ星空を眺めるに留めていたが、せっかく見るならより多くの知識を身に着けた上で見てみたいと思うようになって、最近は星座についても手を伸ばし始めた。
無数の星の中に、自分で調べた星座を見つけ出せた時には妙な嬉しさがある。
――オリオン座のベテルギウス、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオンを結んで冬の大三角ができる。
おうし座のアルデバランそして、アルデバランから西の方へ目を向けるとプレアデス星団が薄っすらと輝いている。まだまだ、入門レベルだが。
星の光は、凝り固まった心に静寂を与えてくれると思う。向こうに行ってみたいって、不思議な気持ちにも駆られる。
確かに僕は、忙しい毎日から少し距離を置く時間が欲しくて、この時間をつくっているという節がある。
もう一つの理由としては、普段は何気に過ぎ去っていく「時間」について意識させられるからだ。
僕たちが目にする星の光は、過去のもの。
光はものすごいスピードで移動できるから、普段の生活ではその瞬間の光を見ているかのように思えるが、光にだってスピードがあるということは、遠くの光が地球に届くのにも時間がかかる。
例えば、地球に届く太陽の光は約八分前の光で、月の光にしても約一・三秒前のものなのだそうだ。
何気に使っている電気も、スイッチを押した瞬間についたように見えるが、実際には少しのズレがあるのと一緒だ。距離が長くなるだけ、光源からのズレは大きくなっていく。
僕たちは「現在」を生きているのに、空から照らしている光は「過去」のもの。
そうだとするなら「現在」しか存在しないと思っていた世の中は、実際には「過去」と「現在」が融合した世の中だと捉えることもできるんだなって、星空を見てから感じるようになった。
僕が言いたいのは、「現在」に存在するすべてが「現在」のものであるとは限らない、ということ。
人の性格にも、同じことが言える。
人との会話の中で時折感じる「いらっ」という感情。それを感じてしまった時、僕は相手が何故そのような発言をする人物に至ったのかを考えるようにしている。
価値観や考え方一つにしても、全く同じ環境で育った人はいない。ということは、一つのものに対する考えや発言にしても、十人十色というわけだ。
その人の「現在」の姿がすべてのように思えて、不意に苛立ちを隠せなくなる時はあるが、実質それは「過去」の産物でしかない。
そう思えると、どんな発言に対しても自分の中で落とし込めるようになった。
もう一つの理由は定番だが、星空を見ることで自分の悩みなんてちっぽけなんだと言い聞かせたいからだ。
地球は太陽系の一部。太陽系は、天の川銀河の本当に小さな一部分。
それほど大きな銀河が、宇宙には無数に存在している。その宇宙は今もなお膨張し続けていて、人類は宇宙の端を知らない。いや、端なんて無いのかもしれない。
人類が知っている宇宙は、写真や数値を基にした仮説がほとんどで、実際に訪れたのは月まで。
あくまで僕の考えでしかないが、「科学」という一つの手段だけで宇宙を見つめるから、視点が狭くなっているのではないかと、一丁前に思ってしまう。
科学というのは、この世で起こる現象を人間にも分かる形に翻訳するもの。
だから他の手段で訳そうとすれば、また一つ違った世界が広がっているのかもしれないって考えることもできる。
そう考えると、想像を絶するような未知の何かが、僕たちを覆っている可能性だってゼロではない。
未知のものを創造するのは楽しい。
それはきっと、未だ「当たり前」に認定されてしまう定説がなくて、可能性が無限大に広がっているのを、形を変えて感じられるからだろうか。
「はぁ、なんか疲れてきた……」
頭で考え過ぎて行動が鈍るのは、僕の多すぎる欠点の一つで、「道人は考えるだけじゃなくて、行動してみなきゃ何も分からないじゃない」ってお母さんと妹によく言われる。
それは正解だと思うし、僕だって重々承知している。分かってはいるが――僕にはできない。
今の僕にとって、小さい頃にあった夢とか希望の類はとっくに時効を迎えて、常識という名の知識によって、一歩を踏み出すことさえ許してくれない。
取りあえず、今日も平凡に終わってくれればそれで良い、それが幸せなんだって思うようになってしまった。
帰する所、そんな人生に満足できていないのか、僕は嫌な経験をした日にはすぐに態度に出てしまう、弱い人間でもある。
お母さん、そして妹の優花だって心苦しい経験をしているはずなのに。
それなのに。二人とも表ではいつも明るい。二人は強い。
だから僕は日々感心していて、僕もそういう人間でありたいとは思う。しかしなかなかそうはなれない自分が、とにかく嘆かわしい。
それ故に僕は、この二人を影ながら見習っている。見習っても、実践しないことには何も変わらないが。それが、現実なんだ。
「目に見える成果が全てだ」という現実にも、少し疲れてしまったみたいだ。
考えていると、うつらうつらして気が遠くなってきた。でも、今日は寝ちゃだめだ。
なぜなら、今日はお母さんと優花と僕の三人で、年越しのタイミングでジャンプすると、優花が言ってたからだ。
「仕方ないか。そろそろ、リビングに戻らないと」
ため息交じりにゆっくりと体を起こし、伸びをする。
「ん……」
ポキポキと、心地良い音が鳴る。
立ち上がり、暗い足元に気をつけながら自室の扉へ向かう。この間、床に落ちた消しゴムを踏んづけた時は地味に痛かったから、余計に注意するようにしていた。
暗闇に慣れた瞳で部屋の扉を開けると、廊下の電気がやけに眩しく感じられて、思わず目を細める。
――さながら、あの星のように。
そう、何の星かはよく分からないが、一つだけとても強い光を放つ星があった。その星の輝きが、少し気になった。
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