この初恋は砂糖みたいに甘くって

みんと

甘くて甘酸っぱいひと時をあなたと……

 光が注ぐ二人きりの図書資料室。

 あなたの横顔が好きだと気付いたのは、いつだっただろう。


 熱心に本を見つめるアメジストの瞳は、あなたの感動を、驚きを、かすかな揺らぎで私に伝える。

 ページをめくるたび、さらさらの黒髪がほんの少し揺れて、優しい香水が香る。


 ずっと隣に、あなたの傍に居られたら、どんなに幸せなのだろう。


「なんだ、じっと見て」

「いいえ、何でもありませんわ」


 拳ひとつ分の距離を空け、隣り合って座る私の横目に、彼は顔を上げて微笑んだ。


 本を見るフリをして、あなたを見つめていたことに、私は気付かれてしまったみたい。

 釣り目がちの瞳が私を捉えて、やっぱりとても落ち着かない。

 横顔くらいが私にはちょうど良いのです。


「そう言われると余計気になる。なあ、どうした?」


 それなのに、まるで揶揄からかうように乗り出して、彼は私のラベンダーアッシュの髪に触れる。

 ああ、もう、エリクス様。

 そんな美しいかんばせで覗き込まないでくださいませ。


 私に愛を注げないと言った、初日の発言をお忘れですか?

 これは政略結婚なのですよ。


 かつて一度だけ、正体を隠して出逢ったあなたに、恋をしているのは私だけの秘密なの。



 ✤✤✤✤



 俺の言葉に視線を外す彼女を見つめ、髪から頬へ、指先をずらす。


 満月、あるいは琥珀のような金の瞳を小刻みに揺らす様は、得も言われぬほど愛らしい。

 このまま掻き抱いてしまいたい。


 だけど、目の前の彼女が、かつての初恋相手だと気付いたのは、ほんの最近のことだから。

 気付けなかったのは、俺の落ち度と分かっている。


 あんたが嫁いできた初日、政略結婚相手に愛を注げないと言ったのは、かつての初恋を……お前を愛しているからだ。

 気付いていたら、あんなことは言っていない。


 だけど、真面目に告げた俺の言葉を、彼女は信じてしまっているらしい。

 どうにかして、お前の心をほだしたい。


「ほ、本当に何でもないのです。どうぞ読書を続けてくださいませ」

「何でもねぇなら見つめねぇだろ。なら今度は、俺が姫さんを見る番だ。いいよな?」

「ふへっ?」


 赤味を増した薔薇色の頬、戸惑う視線がかわいくて。

 ああずっと、隣で愛を語りたい。触れていたい。


 こんなにも思い焦がれているのは、俺だけなのかもしれないけれど、いつかきっと、あんたの心を奪いたい。


 だから、ほら。

 もう少し、心を開いて。俺の姫君。



 ✤✤✤✤



 この初恋は、砂糖みたいに甘くって、ほんの少しだけ甘酸っぱい。


 ゆらりゆれる、二人の秘密の恋模様。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

この初恋は砂糖みたいに甘くって みんと @minta0310

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画