よし、異世界で未開の地を開拓しよう

反面教師@6シリーズ書籍化予定!

第1話

 異世界転生がしたい。


 そう思うようになったのは、一冊の小説を読んでから。いわゆるライトノベルと呼ばれるその本には、俺の理想がえがかれていた。


 剣と魔法のファンタジーな世界。


 それが、平凡な俺が望む平凡ではない願い。


 俺は昔から、どこかへ行くのが好きだった。子供の頃は、家の周りを歩き回り、成長ごとに行動範囲が広がっていった。大人になる頃には、仕事で稼いだお金を旅行に費やすほど。


 世界中を旅した。


 アメリカも中国もイギリスもドイツも、とても楽しかった。当然ながら、日本には無いモノが溢れていた。日本では見れないモノがたくさんあった。

 文化の違い、技術の違い、考えの違い。探そうと思えばいくらでもある。


 けど、本当の意味で俺の夢を叶えてくれるほど、世界はいびつでもなんでもない。普通の、実に過ごしやすい世界だ。


 物騒な非日常を望んでいるわけではない。俺だってそれなりに普通の日常が好きだ。

 しかし、日常の中に俺しか知らないモノ、もしくは俺が知らないモノを見たい。


 現代は便利だ。とても便利だ。携帯電話一つで瞬時になんでも知れる時代。冒険の意味は薄く、世界へ飛び立つ人間は限られる。わざわざ金を払って旅行に行かなくても、いろんな国の観光地をブラウザ上で検索すればいつでも見れる。


 俺も、職場でよく不思議に思われる。貧乏な想いをしてまで世界中を旅するのはそんなにも楽しいのか、と。


 決して俺のやってることを馬鹿にされたわけではないが、少しだけ寂しい気持ちになった。


「俺だって、ただ旅してるだけじゃないんだけどなぁ」


 普通の人間らしくゲームもする。

 小説も読むし、漫画も好きだ。

 アニメなんか俺の夢が詰まっててよく見る。特に冒険ものとキャンプ系の作品は至福だ。お金が無くて旅行ができない時は、寂しい気持ちを慰められる。


 特に好きなのは、剣と魔法の異世界ファンタジー。


 異世界ものは最高だ。

 地球と違ってほとんど開拓されていない。つまり、誰も知らない世界が広がっている。携帯電話も無いし、インターネットなんて当然存在しない。みんな手探りで世界を見て回る。


 最高だ。

 本当にたまらない。


 俺が小説や漫画、アニメを見るのは、異世界ファンタジーに触れ興味を抱いたから。むしろ旅行したいと思ったのだって、子供の頃に見た異世界ファンタジーの漫画が原因だ。


 平たく言うと、俺の行動の起源は異世界ファンタジー。


 未知の溢れる世界に焦がれ、冒険者の真似事をして世界中を旅行している。決して近付くことなどできないというのに、真似事で自分を落ち着かせてる。


「我ながら虚しいね。そりゃあ変な人扱いされるよ」


 今も独り言をつぶやきながら通りを歩いている。周りからたまに、ちらちらと視線をもらうがもう慣れた。

 友人のいない俺にとって、会話する相手は自分だけ。孤独に順応したせいで、独り言にも違和感を覚えない。


 ぼっちだって? うるせぇ。俺も気にしてる。

 でも。


「俺はただ、自由に、好きに生きてるだけなのにね」


 今時、自由はあまり認められない。誰だって役目がある。


 子供だって幼稚園に通うし、小学校で勉強と道徳、友情を育む。

 中学高校でさらに勉強し、部活に入って社会性を学ぶ。恋人ができて、バイトをしていろんな経験を積み重ねる。


 だが、そこから先はさらにさらにさらにさらに長い。


 人生のおよそ半分以上を社会人として過ごす。大金を受け取り、バイト以上の責任感が生まれ、仕事に忙殺され、縛られる。


 上司に恵まれないと地獄だ。気を遣ってペコペコ頭を下げて、部下には上司としての責任を果たし、導く必要がある。


 成長すればするほど苦しくなるのはなぜだろう。俺に責任感が無いから? 自堕落な人間だから?

 きっと違いない。それも一部だ。


 大人になって異世界に憧れるのは、自由の無い現状から抜け出したいという負け犬根性も含まれているのかもしれない。


 分かってる。俺は情けない人間だと。


 けど、いいじゃないか。俺はそういう世界を求めている。誰に迷惑を掛けるわけでもないのなら、求めて願うくらいは許してほしい。


 もちろん、そんな世界が存在しないことくらい理解してる。だからあくまで願望にすぎない。叶わぬ願いをぶら下げて、今日も俺はストレス発散に旅をする。


 旅をする……予定だったんだ。



「────!」



 滑らかな発音の英語が耳に届く。

 とても大きな声だった。叫び声に近い。だが、俺がその言葉の意味を理解するより早く、視界を光が覆った。


 強烈な光。

 夜を切り裂くほどの閃光は、俺の目の前にやってきた車のヘッドライトだと分かる。


 それを認識した途端、俺の全身を凄まじい衝撃が駆け抜けた。


 俺が覚えているのは、ここまで。

 これ以降の記憶も視界も、闇の中に溶けていった。

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