ダメージ

オオサキ

1話 女装野郎とギャルとナンパ

デール・カーネギーの著書、『道は開ける』の中にこんな言葉がある。


『最も悲惨な人間は自分の肉体と精神を捨てて、別の人間や動物になりたいと願う人である』


これはアンジェロ・パトリという人の持論を、カーネギーがその著書の中に引用したものである。


現高校二年生である少年、川田勇気はこの言葉をふと思い出し、そしてこう思った。


もしこの言葉が真実なら、自分は絶対『最も悲惨な人間』に分類されるだろうな・・・・・・と。


そんなことを考えながら、勇気は公園にいた。公園のベンチに座って本を読んでいた。ちらっとスマホで時計を見ると13時12分だった。


今日は火曜日で、祝日でもなければ創立記念日でもない。普通なら、学校に行って授業を受けるべき時だ。


なのに勇気は公園にいる。なぜか。答えは簡単だ。サボっているのだ。


いつからだろうか。こんなふうにサボるようになったのは。きっかけはほんの些細なことだったように思う。確か、数学の教師が自分を芸人だと思い込んでる寒い奴だったからだったか・・・・・・。


いや違う。確かにそれもあるが、それはきっかけの一つに過ぎないだろう。


逃げたかったのだ。逃避したかった・・・・・・公立高校の二年生、川田勇気という枠の中から。一高校の一生徒という枠の中から逃げたかったに違いない。延長上の思考に染まり始めた精神を捨てて、全く別の自分になりたいと願ったのだ────確かに悲惨な人間に違いない。


そしてこれも、逃避行動に違いない。そう思って勇気は自分の体を見下ろした────正確には自分の服を見た。


黒いミニスカートにややデカめの黒いパーカー、チャックを下ろして開けたパーカーからは白地に、なんだかよくわからない単語が筆記体で、派手なデザインを施されてプリントされていた。


首元には突き出た喉仏を誤魔化すためのチョーカー、頭には黒髪ロングのウィッグをつけて、用心のためにキャップを被っている。


それらをじっくりと見て勇気は、やれやれ、教師とかに見つからないよう変装のために始めたこの女装も、すっかり板についちまったな・・・・・・と思った。


高校生としての自分の精神と、男としての肉体。それを捨てて全く別の自分になりきっている自分を見て、デール・カーネギーはなんというだろうか。


読んでいた本から顔を上げて、曇った空を眺めながらぼんやりとそんなことを考えていると、不意に肩に手を置かれた。


振り向くと、そこにはギャルがいた。


「よっ」


髪を金髪に染め、肩出しニットにスキニージーンズという典型的なギャルである。勇気はキャップを傾けて彼女を見た。そして親しげにこう声をかけた。


「おー、詩織。やっと来たか。遅かったな」


彼女の名前は旗井詩織。勇気のサボり仲間である。もちろん勇気は最初は一人でサボっていたのだが、ある時同じようにサボっている詩織と偶然出くわしたのである。


それでまあなんやかんやあって二人は意気投合し、それから一緒にサボる友達のような関係になったのである。


(そう、コイツは俺のサボり友達・・・・・・ま、それだけじゃないんだけどな)


この意味ありげな発言については後で説明するとして、今は一旦二人のやり取りを見てみよう。


勇気が詩織を遅いと非難すると、詩織は笑ってこう言った。


「ごめんごめん、ちょっと服装選ぶのに手こずっちゃってさ!それどう?これ」


そう言って詩織は少し後ろに下がり、全身が見えるようにする。


「どうって?」


「いやいやかわいいっしょ?これ。こーれは勇気もボッキ確定でしょ」


「するかバカが。気持ちわりい。俺がお前で勃起することなんざ一生ねーよ」


勇気はキャップを傾け、詩織の方を見上げながら言う。


「ちぇー・・・・・・ま、確かにこれで勇気にボッキされてもあたしだってキモいし、おあいこか。それにもしボッキしたとしてもわかんないだろうし。勇気の小さそうだもんねー?」


詩織はにやにやして勇気の肩を掴みながらそう言った。


「は?バカが。俺のがそんな小せえわけあるかよ」


「えー?でも勇気ってショートパンツとか履いても全然膨らんでないじゃん。小さいからでしょ?」


「バカが。ちげーよ。膨らみが目立たないようになる専用のパンツ履いてんだよ。女装する人用のな」


「へーそんなのあんだ」


「ああ。俺が勃起するとすごいぜ?もう2メートルはあるからな。俺。俺本気出せば2メートルあるから。2メートル」


「2メートルって。おもろ。子宮どころか宇宙まで届くじゃん」


「いや届かんわ。何その雑なツッコミ」


「あははは!」


さて、そんなやりとりの後、勇気は立ち上がって、んーと一つ伸びをした。詩織は勇気の座っていたベンチの後ろから出てきて、勇気の隣に並んだ。


「で?勇気はその2メートルを使って昨日の夜も十分楽しんだってわけ?」


「おお。昨日はお気に入りのエロ漫画でしこたま抜いてやったぜ」


ドヤ顔でそういう勇気に対して、詩織はこう言った。


「そ、ならよかった」


勇気はその呟くような言葉を聞いて、真剣な表情をするとこう問い返した。


「なんだ、また出たのか?」


「うん。まあまだあたし達と同じかどうか、確証はないけど・・・・・・この辺に不審者が出たらしいよ。それでその不審者・・・・・・なんか変なことするんだって」


「そりゃ不審者なら変なことするだろ」


「いやいや、そういう変なことじゃなくてさ。わかるでしょ?ま、とにかくそういうことだから、今日はその不審者を探してみようよ!」


目を輝かせて言う詩織に、勇気も頷いた。


「そうだな。その不審者とやらが俺たちと同じである可能性は確かにある。探してみる価値はあるな」


と、その不審者とやらを探そうと、二人が公園の入り口に足を向けると同時。


声をかけられた。


「へーい、そこのお姉ちゃんたち、俺とお茶でもしてかなーい?」


勇気はやれやれ、またかと思った。こういうことは珍しくない。盛りのついたサルみたいな男にナンパされるというのは二人にとって日常茶飯事だ。


勇気と詩織は、顔を見合わし、面倒そうにため息をつくと振り向いた。・・・・・・振り向いたと同時に、奇妙な光景が目に入ってきた。


髪色を金髪に染めて、耳にじゃらじゃらピアスをつけた、チャラついた大学生くらいの男が立っていたところまでは予想通りだ。


だが、彼の周りに、とあるものが浮かんでいるというところまでは予想が出来なかった。


彼の周りにはナイフが浮いていた。パッと見たところ、刃渡りは12、3センチほどだろうか。それが浮いていた。しかも結構な数だ。30本ほどは浮いているだろう。その30本全てが、こちらに刃先を向けて浮いていたのだ。


「・・・・・・詩織」


「・・・・・何?」


「一応聞いておくけど、お前の言ってた不審者ってのはコイツのことか?」


「うん間違いない。あたしの友達から聞いた不審者の外見と完全に一致してる」


「なるほど、こーれは確かに変なことしてんなあ。自分の周りにナイフを浮かせるなんて、変なこと以外の何物でもねえ。そして────」


と勇気は真剣な表情で油断なくこのナイフ野郎のことを見据えながら言った。


「間違いねえ。コイツは俺らと同じ、超常的で摩訶不思議な、異能力を持っている。俺らと同じ特殊能力─────『ダメージ』の持ち主だ」


『ダメージ』・・・・・・それは選ばれたものだけが、一人につき一つだけ持っている、特殊な能力のことだ。


使えば所有者は物理法則など全く無視した、人知では計り知れないような、まさに奇跡のような現象を起こすことが出来る。それが『ダメージ』だ。まあ、ジョジョの幽波紋やヒロアカの個性みたいなもんだと思ってもらえればよろしい。


そして、詩織と勇気の二人もこの『ダメージ』を持っている。そう、彼らはただのサボり友達というわけではないのだ。二人とも『ダメージ』を持つ者同士────ダメージ友達のダメ友なのである。


そしておそらく、目の前にいるこの男もダメ友だろう。自分の周りに大量のナイフを浮かばせてる奴なんて、ダメ友に違いないのだ。


その男が2人に向かって言う。


「おーこれはなかなかなかわい子ちゃんじゃんか。俺とお茶・・・・・・いーや、こんな遠回しな言い方はよくねえな。直球で行こう。・・・・・・俺とラブホテルに行かない?3Pしようよ!」


「いや本当に直球で来たな!」


「さもないと・・・・・・」


「さもないと?」


「このナイフで、ちょーっと痛い思いしてもらうことになるかもしれないね?」


男はそう言ってニヤニヤと下卑た笑いを浮かべた。


勇気は帽子のつばをちょっと持ち上げて、相手の方を見るとこう言う。


「なうほどね。コイツは今時珍しいわかりやすい悪党だな」


「そうだねー・・・・・・でも勇気、そういうわかりやすい悪党の方が倒しやすいでしょ?」


「そうだな。やりやすくて助かるぜ」


そんなやり取りをすると、勇気は一歩前に出た。そして言った。


「誰がお前なんかとヤるかよバカが。てめーは1人でシコって寝ときな」


この言葉を聞くや否や、男の顔から笑みが消えた。


辺りには、不穏な空気が立ち込め始めた。他に人のいない閑散とした公園で、何かが起こる予感がした。

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