追放先を全力で豊かにすることにしました

鬼柳シン

第1話 追放されたからって、仕事は仕事です

 扉を叩く音がして、ビクッと身を震わす。


 続けて私を呼ぶ大声に恐怖を覚える。


 扉の先からは「出てきなさいジナイダ!」と、第二王女であらせられるお姉さまの声がするのだ。

 手元の書類から目を離し扉へ向かうと、その先には既に怒り顔で羊皮紙を突き付けているお姉さまが立っていた。


「呼んだらすぐに出てきなさい! これだから無能は!」

「は、はい……! ごめんなさい……。それで、どのようなご用件でしょうか……?」


 おっかなびっくり伺うと、「羊皮紙が見えないの!?」と更に怒り出した。


「この前戦争で負かしてやった国が渡す領土の書類よ! 数字に誤りがないか確認して、サインしておきなさい!」

「わ、私がですか……?」

「文句でもあるの!?」

「い、いえ! そのような事は決して……えっと、少し拝見します」


 受け取る前に私が行ってもいい仕事なのか確認しなければならない。


 羊皮紙は、決して「領土の書類」と一口に言える物ではない。そのため、王族のサインが必須となっている。


「その、私がこの仕事を引き受けてしまってよろしいのでしょうか?」

「なに? 面倒だから断るって言うのかしら!?」

「い、いえ違います! その、これは非常に大事な書類でして、第二王女であらせられるお姉さまならともかく、私では……」


 最後まで言いかけて、お姉さまは「ハッ!」と笑い飛ばした。


「でも、あなただって王族でしょ? 平民の血が混ざっていますけど!」


 そう言われ、私は俯いてしまった。私の母は平民の中から国王であるお父様に見初められた。

 お父様は結婚当初こそ「真実の愛を手に入れた!」と喜んでいたらしいが、次第に熱は冷め、お母様は冷遇されていった。


 体裁を気にした宰相の配慮により、なんとか愛妾扱いとはならなかったらしいが、陰で虐げられる日々が続いたそうだ。


 結果、私が小さなころに病気で亡くなってしまった。以降、私は王城の一室でひっそりと過ごしている。


 疎まれてきたが、これまた宰相のお陰で追放されずに今日まで過ごしてきた。


 代償に本来兄弟たちが王族としてやるべき雑用仕事を一手に押し付けられてきた、“影役”の王女として。


「とっとと受け取りなさい! これだから平民はノロマで嫌なのよ!」


 羊皮紙を押し付けると、お姉さまは去っていく。私は部屋の中に残っている書類と手元の羊皮紙とを見比べて、溜息を零していた。




 ####




 ランゴノワール王国の第三王女と聞いて、すぐに私の顔が思い浮かぶ人は少ないだろう。

 平民なのと、他の王族と比べて、私は秀でたところが一つもないからだ。


 まず魔法大国として栄えるこの国のお兄様やお姉さまたちと比べると、平民の母を持つ私は魔力が少ない。

 先代よりあらゆる国と戦争をしては魔法で打ち勝っているランゴノワールでは、なにより魔法の強さが立場を決めるのだ。


 容姿だって、貴族の母を持つ見目麗しいお姉さまたちや、瑞々しい妹たちに比べると、とにかく地味だ。

 灰色の髪と低い背丈。しかし愛嬌があるほど小さいわけでもなく、むしろ痩せすぎていて女性としての魅力に欠ける。


 そんな私へ、兄弟たちは王族であることを都合のいい時だけ利用して、国務を押し付けてくるのだ。


 時には私一人ではとても追いつかない量の仕事を抱え込むこともある。そんな時、いつも助けてくれる人がいる。


 今もまた、お姉さまが去っていった廊下の先から、宰相補佐のオラクルが、どこか呆れた様子でやってきた。


「父上より、「お手伝い出来ることがあるか聞いてきなさい」とのことです」


 艶やかな黒髪に黒曜石のような瞳の彼は、毎度の建前を口にした。

 私も彼にだけ、笑顔を浮かべる。


「オラクルのお父上はお年を召しても地獄耳ね」

「魔力の高さに浮かれて侵略戦争ばかりの国を長年支えていますから。父上は嫌でも聞こえたくない厄介事が聞こえてきて、いい加減引退するかとボヤいていますよ」


 オラクルの父にして宰相であるゴードンは、彼の言うとおり戦争ばかりを命じている王家の尻拭いを長年行ってきた人だ。


 とても忙しいはずだというのに、息子に自分の手伝いではなく、私の元へ行くように、いつも命じている。


 ゴードンのお陰で、私たちは幼い頃から一緒に過ごしてきた仲だ。平民だなんだと疎まれている事を気にせずに接してくれてきた。


 ありがたいなと思いつつ、「私はどの仕事を?」と聞くので、王族関係以外の書類を纏めた。


「二人で分けても結構な量ですね……」

「ごめんね、いつも手伝わせちゃって」

「いえ、いずれは宰相となりこの国を支えるのです。これくらいはディナーまでに終わらせなくては」


 そうして、オラクルは私の隣に腰掛けた。私の部屋に机は一つしかないので、自然と隣り合って、同じ机で作業する。


 正直、オラクルと二人で作業するのは居心地がいい。王族として敬いつつも、年来の友としての距離感で接してくれることに、どれだけ感謝しているか。

 それだけに、今の言葉が胸にチクリと刺さる。オラクルが宰相になってしまえば、ゴードンが行っている仕事も彼がやることになる。


 それが寂しくてたまらないのだ。

 気づけば、隣にいるオラクルを見つめていた。夕暮れの日差しを受けている端正な顔立ちに目を奪われていたら、「どうかしましたか?」と、不意に視線を向けられた。


「えっ!? ああ、えっと……」

「ご心配なさらずとも、ディナーに間に合わせますよ」

「……うん」


 ディナーなんていいから、この時間がずっと続けばいいと思っていた。そうは言っても、仕事を終わらせなければ何を言われるか。


 なんとか気持ちを切り替えて、私もペンを走らせた。




 ####




 翌日、お姉さまに呼び出された。

 豪華な寝室のソファーに腰掛けるお姉さまは不機嫌そうで、私を見る鋭い目に委縮してしまう。


「今日はどのようなご用件でしょうか……?」


 私がいつものように問うと、お姉さまは苛立つ口調で答えた。


「あなたに任せた仕事、どういうわけか一晩とかからずに終わらせたそうじゃない。そこで調べさせたら、宰相補佐が手伝っていたそうね」

「そ、それに関しては……宰相より下った命令とのことです」


 気に食わない。お姉さまは顔にそう書いてあるようだった。


「いくら二人でやったにしても、終わるのが早すぎるのではなくて? 最近戦争を終わらせた国の数は結構な数のはずよ。その整理の仕事があんなに早く終わるわけないのよ。どういうことかしら?」

「いえ、あの、お言葉を返すようで恐縮ですが、この国がどことどういう風に戦争をしたのかは頭に入っています。そこから逆算して、どの書類から目を通せば効率がいいか分かります。そうすれば、あれくらいなら何とかなるのですが……」


 お姉さまはポカンと口を開けていた。第二王女ともあろうお姉さまが、まさか分からないのだろうか?


「えっと、ですから効率よく仕事を終わらせたということです。オラクルの助けもありましたし、あれくらいでしたらなんとか……」


 そこまで言って、お姉さまが「私が羊皮紙を見た時は、そんな都合のいい方法など見当たらなかった!」と声を荒げた。


「私が見落とすはずないわ! さては、仕事の手を抜いたわね? そうじゃなければ、終わるはずないもの!」


 そもそも口調からするにうろ覚えだったのでは? そう思いつつ、私は急いで反論を口にする。


「で、ですからお姉さまも見落としていた効率のいいやり方が……」


 そこまで言った時、お姉さまの顔が真っ赤になった。私が口を閉じてしまうと、お姉さまは「平民如きが私の知らない方法を見つけられるはずがない!」と、ズンズン歩み寄りながら口にする。


 固まったままの私へ、お姉さまは告げた。


「そこまで言うなら見せてもらおうじゃない! あなたはそんなに仕事ができるのかをね!」


 そこまで聞くと、出ていくように怒鳴られ、私は指示が下るまで部屋に閉じ込められた。

 しばらくして、お姉さまと他の兄弟たちがやってくる。


「王族会議で決まったわよ。あなたには属国アライアンスへ行って、国を立て直してきてもらうわ!」


 「ちょうど斜陽の国があってよかったわ」などと軽く口にするお姉さまへ、私はすぐに声を上げる。

 アライアンスと言えば、ここから一番遠い属国だ。斜陽とは言うが、どのように国が傾いているのかも分からない。


 だが間違いなく、国内で混乱が起こっているだろう。異なる社会階層や地域間での対立がいたる所で起こり、反乱や内戦がいつ始まってもおかしくない。


 そもそも斜陽と一口に言うが、元は国として機能していたのだ。それが変わったというのなら、戦争で負けた結果として指導者がいなくなったか、効果的な統治が続かなくなったのだ。


 つまりは上層部が混乱しているわけで、そんなところへいきなり宗主国の王族が一人だけ行っても、更なる混乱を生むだけだろう。


 私が行けば、更にダメになる。そんな事も分からないのかと声を上げそうになって、グッとこらえた。

 言葉を選ばなければ、もっと酷い目に遭うかもしれない。

 なんとか思考を巡らせ、「宰相はこの件を知っているのですか!?」と問いかける。


 昔から助け船を出してくれていた宰相なら、この件を知れば何か手を打ってくれるはずだ。


 好戦的で、時に自らが前線にも出るような王族では、政治的な話し合いがされたとは思えない。だからこそ彼なしで決めたとあっては、流石に許されることではない。


 しかし、お姉さまは鼻で笑った。


「あの政治屋はあなたを見限ったようね。アライアンスへ行かせると知っても、特に何も言わなかったわよ?」

「え……?」

「むしろあなたをアライアンスへ行かせるように進言したほどなのよ! これで分かったかしら? 見捨てられたってことよ!」


 思わず私は膝から崩れ落ちるが、お姉さまは高らかに笑っている。


「でも感謝しなさい! 平民風情に一国を任せてあげるのですから!」


 アライアンスは、私ですら、正確にどうして戦争に負けて属国になったのか知らない。

 知っていることと言えば、広大な領地を持ち、民も大勢いるということ。その上で負けたということは、元からして余程国として機能していなかったのだろう。


 そんなところへ、私一人が行かされる? どんな国か明確に分からないというのに、立て直せと? 


 言葉を失った私へ吐き捨てるよう、お姉さまたちは「話は終わりよ」と言って去っていった。




 ####




 あの後、お父様より正式にアライアンスの公爵家へ嫁ぐという形で私が向かわされることが知らされた。

 その顔を見て、この件が私を追い出すための陰謀だと悟る。


「こんな事って……!」


 部屋で一人涙をこらえていた。なにより苦しいのが……


「オラクル……」 


 彼と会えなくなることが、私にとってなによりも辛い。

 そんな折、ふと背後から「息子を呼びましたか?」と声がする。


 振り返れば、宰相のゴードンが部屋へ入って来ていた。


「まったく、気に入らないからと貴女に追放まがいの事をするとは。とはいえ見方を変えれば、これはジナイダ王女にとって好機となります」

「え……? あなたは、私を見限ったのでは……?」

「そのような事、あろうはずがございません。娘を頼むと貴女のお母様との約束ですから。この度も、貴女を想っての判断です」


 なんのことか分からずに聞き入っていると、ゴードンが咳払いをした。

 すると、オラクルが部屋の外から飛び込んできた。


「先ほどの話は、本当の事なのですか!?」


 酷く狼狽するオラクルへ、私は俯くばかり。しかし、ゴードンは淡々と現状を説明する。


「今回の一件だが、敢えて私は余計な口を挟むことなく進ませた。結果として、ジナイダ王女にはアライアンスへ行ってもらい、国を立て直してもらう事になった」

「そんな……! 父上は、ジナイダの味方ではなかったのですか!?」


 噛みつくようなオラクルに、ゴードンは臆することなく答える。


「味方だからこそ、今回の件を進ませたのだ。なに、私にかかれば戦争ばかりの王族など手のひらの上だからな。お陰で策を色々と用意できた……息子よ、少し耳を貸せ」


 言われ、オラクルはゴードンから何かを囁かれていた。途中で顔を真っ赤にしていたが、何かに納得したように頷いた。


 そうして、私と向き合う。


「今回の件、私もお供として付いて行くという条件が書類上で決定しているそうです」

「え……? でもそんなことしたら、オラクルは宰相になれなくなっちゃうよ?」

「立て直したら帰国命令も出るでしょうからお気になさらず。それに父上があれこれと用意したお陰で、準備は整っています。なにより……その、友として、ジナイダのためならこの程度のことなんてことないです」


 何があったのだろうか。私は首を傾げるばかりだが、オラクルは顔を赤くして私のためだと言ってくれた。


 私も頬を染める中、ゴードンが再び咳払いをすると、早速私にもアライアンスへ行く準備に取り掛かるよう急かした。




 ####




 馬車に揺られアライアンスへ着いた時、私は話が違うと困惑していた。


 まず、私を迎え入れるはずだった公爵家はゴードンが書類上で作り上げた存在しない家だったのだ。

 とはいえ、公爵の名に相応しい屋敷が用意されていた。最低限の使用人も用意されており、生活していく事は可能だ。


「遠方よりはるばるお越しいただき、ありがとうございます」


 アライアンスの王族たちも、属国だからか私へ頭を下げている。何か必要なものがあればすぐに用意するというが、私の心は晴れない。


 俯いている私の代わりに、オラクルがアライアンスにおける戦争前後の国の内情についてまとめた資料を要求していた。


 それらが届けられ、目を通したオラクルは呆れた顔をしていた。


「教育機関に回す金も、騎士団の配備も、商人連合が取り扱う品の輸出も輸入も、なにもかも適当じゃないですか。これでは負けて当然ですね」


 オラクルの語るアライアンスの内情を聞き、私は更に俯いてしまった。

 彼が一目見ただけで杜撰なところが三つも出てくる国に対し、私達だけでどうしろと言うのだ。


 しかしオラクルは書類をトントンまとめると、私へ視線を向けた。


「ジナイダ様と共になら、なんとかなるでしょう」

「……こんな状況だというのに、ずいぶん気楽なものですね。私はもう、疲れてしまいましたよ」


 生まれた時から疎まれ、母と死別し、兄弟たちから虐げられてきた。王族の一人として兄弟たちから押し付けられる国務を全て受けおってきた。


 こうやって嘆き、俯いてばかりの私へ、オラクルは溜息交じりに口にした。


「これからは仕事仲間なんですよ? シャキッとしてください」

「仕事仲間……?」

「貴女が王族という上司で、私は部下の宰相補佐という意味です。今までも似たような関係でしたが、ここでなら、御兄弟に悩まされることもないでしょうし。それに、」


 オラクルは一度言葉を区切ると、咳払いをして口にした。


「ここでなら二人きりです。邪魔は入りません。見せてやりましょうよ、私たちならどれだけやれるのか」


 そう言ったオラクルの頬は、またしても赤かった気がした。しかし、言われてみると確かにそうだ。


 虐げてくる兄弟たちはおらず、自分の仕事に集中できる。


 やるべきは、「ランゴノワールの王族による属国の管理」だ。これは私の仕事であり、オラクルの言うとおり邪魔は入らない。

 何よりもこの手の仕事は嫌と言うほどこなしてきた。支えてくれたオラクルもいる。


 私に与えられた得意な仕事を、長年手伝ってくれていたオラクルと共にやればいい。そう考えれば、心の奥底からやる気が湧いてきた。


 斜陽のこの国に相応しい、影役に徹していた王女の力を見せつけられるのだから。

 なにより、オラクルが隣にいるのだから。


「……ようし」


 小さく呟き、仕事に取り掛かる。やることは山積しているが、どうにもならないほどではない。


「共にやって見せましょう、オラクル」


 ほんの少し力を込めて言うと、オラクルはフッと微笑んで、「仰せのままに」と礼をした。




 ####




 アライアンスの内情を詳しく知り、私の疑問の一つが晴れた。 


 なぜこんなにも地力があるのに戦争に負けるどころか、属国へ成り下がったのか。


 それはまさしく、この国の金銭と人材をコントロールする人がいなかったからだ。


 私は、長年にわたって生まれた国に関する書類仕事をしてきた。国の外も中もコントロールしてきた。だからか、これだけ杜撰だと自然に手と口が動いていた。


「オラクルはこの書類の束を片付けてください。私はその間に商人連合の方々と会談をしてきますから」


 大勢の民を抱えているのだ。商人がしっかり動いてくれないと、食料の輸入が滞って国自体が機能しなくなる。まずはその問題の解決をした。


 お陰で安心して冬が越せそうだと、アライアンスの民が私たちの屋敷に詰めかけてきた。

 大したことはしていないし、まだまだこれからやることが沢山あると告げれば、「救世主様だ!」と誰かが声を上げた。


「救世主、ですか」

「ご不満でも?」


 影役に徹していたと思ったら、この国で少し仕事をしたら救世主扱いだ。こんな簡単に認められるのだと少し拍子抜けしてしまった。


 しかし仕事はまだまだある。食料の次は、この国を安全にすることだ。


「今日は騎士団の方々と話を詰めてきます」

「では、私は輸入した食料と冬を越すための薪を各店舗に回す仕事に取り掛かりますね」


 残っていた仕事をオラクルに任せ、騎士団へ。


 アライアンスの騎士団自体は屈強な男が揃っていた。しかし、配備がメチャクチャだ。これでは守り切れるわけがない。

 問題点をまとめた資料を持ち帰り、屋敷にて片付ける。


 それを届けてしばらくすると、今度は騎士たちが「やっとまともな人が指示をくれた!」と喜んでいた。それどころか、この屋敷自体の警備をすると言い出した。

 少数の使用人しかいないので、とてもありがたい話だった。


 残るは、子供たちのための教育機関だ。

 少々難問に思えたが、オラクルが騎士団関係で残ってる仕事を片付けてくれるというので、安心して出ていけた。


「ここが孤児院ですか……」


 アライアンスは私の国に負けず劣らず魔法の才能に溢れる子供たちが大勢いる。しかし、戦争のせいで孤児もまた大勢いるのだ。


 魔法学院は建造途中のままであり、子供たちは一つの孤児院に無理やり詰め込まれている状況だった。


 これでは、未来の国を守る魔法使いを生み出せない。魔法は苦手だが、あの王族の中で過ごしてきたのだ。多少は教えられるし、建造途中の魔法学院へも意見できる。


 今までの仕事のおかげで、私たちが使えるお金も潤沢になっている。


 孤児院の増設と、魔法学院の工事をまずは急がせた。


 それらが行われている間、教育機関へのメス入れに、私が教師を選んだ。給料も提示した。建造途中の魔法学院には、手の空いている騎士を向かわせて、更に急がせた。


 半年もかかってしまったが、魔法学院は完成し、増えた孤児院からは魔法の才能に溢れる子供たちが通っている。


 仕事を終えた私へ、子供たちが屈託のない笑顔を向けてくれると、少し目頭が熱くなった。


 このようにアライアンスを立て直しているのだが、流石に書類仕事が私とオラクルでは捌き切れなくなってきた。


 仕方なくアライアンスの王族を呼び出し、国務を今まで行ってきた者を屋敷にかき集めた。


 当然杜撰な国務を行ってきただけに、今のままでは役に立たない。


 だから、まずは私が一から仕事のやり方について教えていく。ついでに屋敷の空いている部屋を作業部屋とし、覚えの良い人から順に、書類仕事へ向かってもらう。


 そんな日々が一年ほど過ぎ去っていった。いつの間にか、屋敷には役人たちが仕事のために通うようになり、使用人も増えた。

 その中で、私とオラクルは、まるで背中を庇いあうように仕事をこなしていく。


 そんなある日の事だ。ようやくまともになってきたアライアンスで、とある噂が流れていると知ったのは。


 なんでも、私とオラクルが恋仲だというのだ。屋敷で使用人が話していたのを聞いた私は、顔を真っ赤にして声を出そうとしたが、つい縮こまってしまう。


 使用人がどうしたのか聞いてくると、私はただ、首を振った。


「その噂は、噂のまま立ち消えることでしょう。私は、オラクルとは結ばれないでしょうから」


 オラクルはアライアンスを立て直したら、きっとその功績を称えられるだろう。

 しかし私はどうだ? オラクルと共に帰っても、待っているのは今までと変わらない日々。


 属国を立て直し国力増加に多大なる功績を上げた宰相補佐と、いいように使われた影役の王女。


 今まで考えることから逃げていた現実だ。


 結局、私とオラクルが結ばれるなんてことはない。こんなことなら、せっかくアライアンスへ来たのだから、二人で暮らしていけるようにするのだった。


「……貴女は、それでいいのですか?」


 どこから聞いていたのか分からないが、オラクルが現れた。私はつい、視線をそらしてしまう。


「い、いいんですよ、この国を立て直すのは楽しかったですし、オラクルと二人で頑張る日々にも満足ですから」

「つまりは、私と過ごす日々は充実していたと?」


 そうに決まっている。邪魔な兄弟の手が入らず、オラクルと二人で得意の仕事に時間を費やす日々は楽しかった。


 けど、この分だと帰国命令が下るのも時間の問題だろう。だから私は、せめて笑顔で「ありがとう」と言おうとして、オラクルが先に口を開く。


「もしよかったら、この屋敷で正式に公爵夫妻となりませんか?」

「え……?」

「小さなころからずっと、私は宰相の息子に過ぎず、貴女は王族でした。ですがこの国では、もう身分差を気にすることもない」


 身分差。ずっと近くにいた私たちの間にあった唯一の壁だ。

 それがないのなら、私はオラクルと結ばれてもいいのだろうか。


「民もまた、噂にするほどに私たちの関係を良く見てくれている。アライアンスに永住してしまえば、貴女を苦しめる御兄弟とも会わなくて済みます」

「で、ですが! ……それはオラクルが私を愛してくれているのが前提でして……同情では、結婚しても上手くいきませんよ……」


 言うと、オラクルは非常に呆れた様子を見せた。

 やがてズンズンと詰め寄ってくる。


「同情ではありません! 私は子供の時からずっと貴女と過ごして、とっくに貴女の事を愛しているんですよ! 身分の違いから諦めていましたが、少しでもお傍に居たくて共に仕事をしてまいりました!」

「え……? で、では、オラクルは私の事を……」

「だから愛していると言っています! 何度も言わせないでください! それで、貴女の答えは……」


 オラクルが珍しく取り乱していると、私は無意識に泣いていた。私だって、身分差に悩まされてきたのだから。


 ですが、オラクルは私の事を愛していると言ってくれた。しかし……


「無理やり国へ帰されます。そうなっては、私は元の生活に戻るのです。ここに残ろうにも属国ですから。逆らう力はありません」


 俯いて、涙が床にポタポタと落ちていく。想いが通じ合ったというのに、どうしても私たちには壁がある。

 だが、オラクルは心配ないと言ってくれた。


「既に父上が手を回しております」

「ゴードンが……? いったい、何を?」

「この国を独立させる手筈ですよ」


 思わず言葉を失った。そんな私を知らずか、オラクルは続けて「そもそもアライアンスへ行くのが決まった日に、全て囁かれた」と言った。


「戦争しかしない国を父上は見限っているのですよ。王族の考えを変えようにも、いつになっても聞く耳をもない。もう父上どころか、民は愛想が尽きているのです。そんな時、貴女を追放する話が持ち上がり、父上は国土の広いアライアンスへ送るように仕向けたそうです」


 後は簡単だった。私とオラクルでアライアンスを立て直す間、ゴードンが戦争による逼迫だとか理由をつけて、民の避難を準備していたと。


 王族は受け入れる国がないと聞き流していたそうだが、私たちがアライアンスを立て直してしまったので、受け入れの準備は完璧に整ってしまった。


 ここまで地盤を固めたゴードンを、戦ってばかりの王族が止めることはできず、今も多くの民がこちらへ向かってきているらしい。


「父上も民も見切りをつけているというのに気づかなかったのは、魔力の高さに浮かれて戦争ばかりを推し進める王族だけでした。ですから、どこかで民と“唯一賢く優秀な王族”である貴女を連れて、国を出ようとしていたのです。ついでにこの国を立て直すことで、弱かった貴女を鍛え上げようともしていました」

「それが、叶ってしまったと?」


 そういうことになる。オラクルはどこまでも策士な父に呆れつつ、熱のこもった視線で私を見据えた。


「私への答えは、これから来る大勢の避難民の受け入れの仕事が終わってからで構いません。ですから、もう一仕事頑張りしましょう」


 結局、仕事をするのだな。なんて思いつつ、私は頬の涙を拭って「避難民の数は?」と問いかける。


 これが終われば、オラクルと二人で将来について考えよう。そう心に決めて、最後の大仕事に取り掛かった。

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