第4話 白米


「ええええええええ! ちょ、ぶ、ぶぶぶ部室の中でしたの!? 空き教室とかは聞いたことあるけど、ぶぶぶぶ部室!?」

「え、ちょ汚い。ここ出てもいい? て、てか、空き教室でしてる人いるの? ねえ。ちょ、雀野ちゃん。答えてよ。ねえ!」


 ビックリ仰天雀野の声が、部室天下に轟いた。ぞわっとした宵原は、雀野の体を全力で揺すっている。彼女たちを手で制し、俺は続けた。


「容疑者は学生会館が開いた直後! 未明に犯行に及んだようでねえ! ただそいつらにとって不幸だったのは! このサークルが大好きな堀江くんが! 実は一限の前に毎朝やってきて、部室を軽く掃除していたという事実を知らなかったことですよ! で、当時の現場はどんなのだったわけですか!? 堀江くん!?」


「う、うん。いつも通り机の周りを整理整頓したり、本をきちんと仕舞ったりしてたの。そしたら、ゴミ箱が溢れちゃいそうなくらい溜まってて。ちょっと押し込もうと思ったんだ。後で洗えばいいからそのまま手突っ込んだんだけど、そしたら奥から、なんかピンク色のがポロって、出てきてさ。なんだろうこれって思って、摘まんでさ……」


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 シャウトがあまりにも上手いバンギャ宵原は、自分の体験がまだまだ甘いものだったということに気づく。雀野の方はというとこの新たな『社会科見学』に大興奮しているのか、話の続きを急かしてウキウキだった。


「そういったモノに慣れない堀江くんはショックのあまり、私に電話を掛け、咽び泣きながら私に部室に来るよう懇願しました。三役にそれとなく共有した後、サイレントに犯人捜しが始まり、インスタグラムのアカウントの履歴から、有力な容疑者が二名浮かびました。幹事長と二年の女です。しかし話はここでは終わりません。その二名が浮上したことに、驚きを隠せなかった二年男子が四名」


「うわわわわわわわわわ! え、えぐー!」


「それでもう一曲書けちゃうじゃん。朝日くん。つか、堀江くん泣いちゃうんだ。可愛いね」


「ちょ、あ、朝日ー!」


「二年女子が五股した挙げ句、部室で性交に及びそれが発覚した、というのが我々の身に起きたことですよ。結果、サークルの主力とも言えるメンバーが全員去り、新二年の我々が三役になった、てわけ」

「…………参りました」


 ブリーチを何回もしたであろうにキューティクルさを保った宵原の髪が、頭を下げるのに合わせて、揺らめいている。


「幹事長の精液を処分し部室の窓を全開にして消毒清掃したのは、我々だったんですよ」


「あ、川端が処理したんだ。流石だね。まあ、私もラブホのバイトしてたことあるけど慣れだよねー」


「ちょ、雀野ちゃん!? そっち側なの!? 私を独りにしないで!」


「い、いやちょっと朝日と雀野さんと同じにしないでよ僕を! 僕本当に嫌だったんだからね! 怖くて! で、でも朝日は最初に見たとき笑いすぎてそこの廊下走ってたんだよ!」


「ガキみたいな報告をするな! 堀江!」


「で、でででででもお!」


「え、走るって何……? どゆこと、堀江くん」


「えっとね──わっ!」


 ガツン、と感情に任せて机を殴る音がした。


 宵原の白い手が、握りこぶしを作ってぷるぷると震えている。まさかの台パン。え、怖。


「…………ぁあああああ~! もぉぉぉおおおお! 私のさっきの気遣いなんだったわけ!? いやそんな話ぶっ込んでくるならさ、こっちもやり方があるっていうかさあ!」


 そもそもね、と宵原がまくし立てるように言う。


「あいつら知らないんだけど、あのピンボの女は新歓の段階の時点で、明らかに先輩に喰われてたっぽいのよ! それなのに浮気したされたとかで喧嘩始めたとき、今更だろって思って本当にムカついてさあ!」


「うっわ分かるわそれ! いや別にやっててもいいんだけど、巻き込むなバカヤロー! みたいなね!」


 俺と同じく、彼女は怒りが湧いてくるタイプの人らしい。


「そうそうそう! だからそういうことがもう起きないような場所を探してるわけ! なんか、大学ってやっぱり、高校のクラスとかとは違って、自分で選んでいける場所じゃん? だからこそ私は、本当に男女分け隔てなく仲の良い、そういうサークルを探してるんだけどさあ、もうどいつもこいつも私の見た目ばかり見て判断してくるっていうか、声かけてくるって言うかさあ……」


「まあ、宵原ちゃん可愛いからねー。あ、瑞規ちゃんって呼んでいい?」

「うん。いいよ。栄楽ちゃん。可愛い名前だねえ」


 盛り上がっていた自分の共感が、女子同士のやり取りで木っ端微塵に破壊される。


 女子にしか分からない苦しみを語り出しているところ申し訳ないけれど、彼女たちの容姿がぶっささり過ぎて、普通に外にいる男連中と俺は変わらない存在だと思った。ただ、能動的に、そちら側から部室に来てくれたというだけで、こんなにも印象が変わるものなのだろうか。


 男女分け隔てなく仲の良い場所、か。それが成立できずホームが崩壊した身としては、追求していきたいと思う。でも、男女の友情というのは性愛の前には無力で、実際俺自身も、簡単に彼女たちが持つその引力に、惹かれてしまう。どうしたら、この引力に抗えるのだろう。


 胸に視線を飛ばさないように気をつけているけれど、無意識のうちに彼女たちを消費しようとする俺の恋愛セックス脳が、悪さをしている。


 俺は、その精神に惹かれたい。過去と未来が作り出す、彼女を彼女たちたらしめる存在に惚れたいのだ。


 なのに動物的な自分ときたら、俺たち人間ときたら、すぐその肉体に囚われる。アニメ、漫画、ラノベ。それらに登場するラブコメのヒロインたちは、どこの部に所属しているだとか、髪型はどうとか、クール系だとか活発系だとか、そういった味付けがまず用意されている。それはご飯にとってのふりかけ程度の存在で、そういうテンプレ的なその属性を捨象していくと、基本おっぱいになってしまう。


 みんな、白米おっぱいは大好きだろう。


 やれあのキャラクターの胸の大きさは何カップだとか、そんな男には分かるはずのない話ばかり描写されている。Eカップだと言われているキャラクターは、Gくらいあるだろう。そう、アニメに向かってキレ気味にツッコミを入れている妹の姿を、俺は思い出した。


 もちろん、全部ファンタジーだし、それそのものに文句があるわけじゃない。ただ、俺は、ヒロインの精神性に欲情したいのだ。


 ユーオールフェイク。ファッキュー。


 堀江に目配せすると、彼はすぐにスイッチとテレビの電源を点けた。慣れた手つきで、コントローラーを操作し、ゲームを起動する。俺は今日の新歓活動を終了することをSNSで告知した。


「ま、仲良くなったことだし、桃鉄、やりますか」


「え、やるやる。やったことないけどできるかな?」


「もちろん。つか、最高に楽しい運ゲーだし。ま、結構時間掛かるけど、どう?」


 コントローラーを握り、笑った。


 堀江も星が瞬くみたいな笑みを浮かべて、彼女たちを見ている。


 雀野は無言で名前の入力を始め、宵原は、何故か口をきゅっと結びながら、それに続いた。


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