幼いルディアが引き摺って来た物

幼いルディアが引き摺って来たもの

 「ねぇぇぇぇぇ。チュン太郎、欲しいぃぃぃぃぃぃぃ」

 「やかましいぞ、ルディア。いい加減にせんか」

 「いやぁぁぁぁぁ。チュン太郎、欲しいぃぃぃぃぃ」

 「何度言えば分かるんじゃ、ここは遊び場では無い。今直ぐ帰るんじゃ」

 「チュン太郎くれなきゃ、帰らないぃぃぃぃぃ」



 ここは、マルス・ドメスティカ王国、北の辺境伯領

 西の国との国境、戦地で幼いルディアが、父親の乗り物を強請りに来ていた。


 「チュン太郎はペットじゃないぞ、儂の乗り物ドラゴンじゃ」

 「ドラゴンを乗り物扱いしている親父さんも、どうかと思いますぜ」

 「ワハハハ」と、暢気な笑い声が響いているが、ここは戦地である。

 

 「父様は、お人形さんに乗ればいいのぉぉぉぉぉ」

 「ゴーレムは、お人形さんでは無い。何度言えば分かるんじゃ」


 「戦地に子供同伴とは、我らも舐められたものだな。北の辺境伯の首、貰い受ける!」


 「うるしゃ~~~~~い!うるしゃい、うるしゃい、うるしゃい、うるしゃ~…」

 ゴンッっと、大きな音がひとつ。

 涙目で頭を押さえるルディアは、父親を見上げた。

 「五月蠅いのは、お前じゃ。見てみよ、戦地が穴だらけになってしもうたわ。魔力を暴走させるなと、何度も言っておるじゃろ」


 先程辺境伯の首を取りに来た敵兵は、ルディアが掘った奈落の底に落ちて行った。

 「だってぇぇぇ…」ウルっと涙目のルディアは、大きく深呼吸をした。

 そして、ドラゴンの咆哮のような声を出して、泣きじゃくった。


 これには、敵味方関係無く、耳を抑えるしか無い。

 ほぼ毎日、父親のドラゴンを強請りに来る娘に、辺境伯は疲れ切っていた。

 「分かったから、もう泣くでない」

 「チュン太郎…」

 「やらん」

 「うっ…」

 「そんなに欲しいなら、自分で見つけて来れば良いじゃろ」

 「う………ん?どこで?」

 「永久凍土に、沢山おるわい」

 嘘である。


 娘を騙すのは心が痛むが、これ以上戦地に居座られては、仕事に集中出来なかったのだ。

 「分かった~」

 ルディアは嬉しくなって走り出したが、皆がホッとしたのも束の間、又戻って来た。

 「父様、どっちに行けばいいの?」

 「あっちじゃ」

 「分かった~」

 「許せ、ルディア」父の言葉など、娘の耳には届いていなかった。


 今度こそ、永久凍土に向かって走り出したルディアは、実は方向音痴であった。

 では何故、迷わず戦地に居る父親を、見つける事が出来るのか?

 それは感知能力が超人だった為、会いたい者の気配を辿っていたに過ぎなかった。


 しかし、どんなに感知能力が優れていようとも、所詮は子供。

 永久凍土に行った所で、早々簡単に見つけられる訳が無いのだと…誰もが思っていた。


 個体数の少ないドラゴンは警戒心が強く、人の前には滅多に姿を現さない。

 巣を作る事もなく、縄張りを持つ事も無い。

 その為、ドラゴンが何処に居るのか等、誰にも分からないのである。

 辺境伯が乗り物代わりにしているチュン太郎ドラゴンは、偶々遭遇しただけであった。


 永久凍土の更に北へ北上すると、最果てが無いと言われているブリザードが吹き荒れているだけの場所がある。

 その中へ興味本位で入った若かりし頃の辺境伯が、羽休めをしていた所を見つけて、従えたのだった。



 「フンフンフン♪チュンチュンチュン、チュン太郎はか~わいいね~♪」

 幼い子供とは思えぬ身のこなしで、一気に森を抜け山を登って行く。

 ルディアは、感知能力だけではなく、身体能力も超人だった。

 しかし、魔力コントロールは壊滅的だった。

 才能が、極端に傾く子供なのである。


 「小鳥さ~ん、ど~こ~?いないの~?おっかしいなぁ、父様はこっちだって言ってたのに…」

 ルディアは気付いていなかったが、既に迷子になっていた。

 只ひたすらに、チュン太郎に似た気配を探して、歩いているだけだったが…

 その驚異的な感知能力によって、数える程しか居ないとされるドラゴンへと、確実に近付いていた。


「みぃ~つけたっ」

 真っ白い鱗に身を包んだ、美しい姿のドラゴンが、幼いルディアに鋭い眼光を向けた。

「か~わい~いねっ。私と一緒に帰る……よ。あれ?チュン太郎とは色が違うけど、まぁいっか。私と同じ色の、可愛いお目目、今日から…」


 子供を鬱陶しく思ったドラゴンの咆哮が、幼いルディアに直撃した。

 大きな黒煙が広がって行く。

 ドラゴンは、目をつむり、眠ろうとしたが…

 「いった~い。何するの?アラクネのお洋服が、破れちゃったじゃない。悪い子は、お仕置きよ」


 ※アラクネとは、正式名称をアラクネ・パンメガスと言う。

 体高が5mもある巨大な蜘蛛科の魔獣で、雌しか存在しないのだが、体内に精巣を持っている為一個体で産卵が可能だ。

 卵を産み付けた時に出来る繭は、耐久性が高く、驚くほどに固くなるが…

 産卵直後の繭は、柔らかく糸にすると加工し易い事もあり、鎧等に使われている。

 当然だが、アラクネ・パンメガスの糸で普段着を仕立てる子供は、居ない。


 ルディアは、素手でドラゴンに立ち向かって行った。

 ドラゴンは起き上がりもせずに、長い尻尾で砂埃をあげながら小さなルディアを、払おうとした。

 しかし、短い腕で抱え込まれ、尻尾の動きは途中で止まってしまった。


 抱え込んだ尻尾が引っ張られると、そのまま円を描く様に投げ飛ばされる。

 驚いたドラゴンは翼をはためかせ、空中停止しながら再び咆哮を放つが、ルディアには当たらなかった。


 代わりに小さな石が飛んで来たので、翼で弾き返したが、思いの他ダメージが大きくバランスを崩してしまった。

 「落ちた~」

 いや、落ちてはいない、少し地面に近くなっただけだが…


 ルディアは勢いを付けて走り込み、両足に力を入れて、思い切り大地を蹴り飛ばす。

 天高く飛び上がると、空中にいるドラゴンの脚に飛びついた。

 その勢いで、再び円を描く様に、地面へと叩き付ける。


 頭から勢いよく地面に叩き付けられたドラゴンは、態勢を整えようとしたが、上から降って来たルディアの頭突きによって内臓が損傷した。

 翼を広げ飛び立とうとしたが、今度は尻尾を掴まれて、大岩へと叩き付けられた。


 流石にダメージが大きく、クラクラした頭で何とか氷魔術を放ったが、ルディアには効かず、次は地面に叩き付けられた。

 これを何度も繰り返されたドラゴンは、頭から大量の血を流し、気絶した。


 ルディアは、手加減を知らなかった。

 本来なら兄や弟と仲良く遊びながら学習する筈なのだが、規格外過ぎる身体能力の為、遊んで貰えなかったのだ。


 「あれ~?寝ちゃった~?ねぇぇぇぇ起きてよぉぉぉぉぉねぇってば。お~き~て~。も~う、お寝坊さんなんだからぁ」

 ルディアはドラゴンの尻尾を掴むと、引き摺りながら父の元へと帰る事にした。

 「フンフンフン♪チュンチュンチュン、チュン太郎はかわいいね~♪………ん~?小鳥さんのお名前、何にしよ~かな~」


 足取りも軽く来た道ではなく、気配を探しながら戻った為、最短で戦地に辿り着いた。

 「父様み~つけた」

 当たり前だが、戦地は混乱した。

 幼い娘が気絶したドラゴンの尻尾を掴み、引き摺りながら戻って来たのだから…


 「ルディア、それは…なんじゃ」

 最早白なのか、紫なのか、赤なのか…元の色が何か分からなくなっていた。

 「小鳥さんみつけたのぉ。か~わい~よ~。ちょっと悪い子だったから~お仕置きしたら~寝ちゃったのぉ」


 子供の甲高い声は、戦地によく響いた。

 自分の身体より、遥かに大きなドラゴンを小鳥と言い、お仕置きと言って瀕死にしたのだ。

 敵兵は、こぞって逃げ出した。

 屈強と言われる辺境伯軍の騎士達も、流石にこれは無いと、ドラゴンに同情した。


 「ねぇ、父様。小鳥さん起こしてぇ~、遊んで欲しいのぉ」

 「ルディア、それは…」

 死に掛けているとは、言えなかった。


 直ぐにチュン太郎に乗せて、隣のオルテンシア伯爵領へと連れて来た。

 「すまんがのう、ドラゴンの治療を頼みたいのじゃが…」

 「ドラゴン…なのですか?可哀想に、直ぐに準備致します」

 医術師がドラゴンだと認識出来ない程、変わり果てた姿になっていたのだ。


 オルテンシア伯爵領は、医術や薬術が発達している為、時々重症患者を連れて来ていたが…

 流石にドラゴンの治療は無理だろうと、半分諦めていた。

 しかし、思っていたよりも簡単に、治してもらえたのだった。



 一週間後、意識を取り戻したドラゴンは、目の前で瞳を輝かせている幼子を見つめた。

 「やった~起きた~一緒にあそぼ~」

 正直嫌だと思ったが、逆らえばが待っている。

 ドラゴンは諦めた。


 長い人生だ、人の子の命が尽きる迄、付き合ってみるのも悪くはないだろうと…

 思ったのが間違いだった。

 「き~めたっ。今日からピーちゃんだ、か~わいい~ね~ピ~ちゃん。良かったね~お名前決まって、良かったねぇ~」


 何がピーちゃんだ、俺はオスだ!と、思ったが…

 人の子に、ドラゴンの性別等、分かる筈も無く。

 若いオスのドラゴンは、あの日ルディアに出会ったのが運の尽きだと、諦めた。


 そして辺境伯領では「小鳥さん見つけた~」と…

 尻尾を引き摺り連れて来たのが、ドラゴンだったと言う話が、おとぎ話の様に語り継がれる事になったのだ。

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