無敵の公女様(ビーナス)!

タツダノキイチ

第1章~伝説の始まり~

第1話 プロローグ

春の麗らかな日差しに照らされて、植え込みのバラが輝く。

どこかで軽やかに小鳥がさえずり、その輝きに華を添えてくれていた。

白いガーデンテーブルに並べられた色とりどりのお菓子に手を付ける。

「あら。このマカロン美味しいわね。料理長の新作?」

と側で給仕をしてくれている馴染みのメイド、シェリーにそう声を掛けると、

「……お恥ずかしながら、私の作でございます」

とシェリーは少し照れてはにかみながらそう答えてくれた。

「まぁ……。腕を上げたのね」

と驚きつつシェリーに微笑みかける。

するとシェリーはパッと花が咲いたように顔を綻ばせ、

「ミーナ様のお口に合ってよかったです!」

と嬉しそうに微笑んでくれた。

そんな美味しいマカロンで少し甘くなった口にジャスミンの香りがするお茶をほんの少し含む。

するとたちまち私の口の中に華やかで麗しい香りが広がった。

「……春ねぇ」

と長閑につぶやく。

そのつぶやきにシェリーも、

「春ですねぇ……」

と気さくにつぶやき返してきたので、二人で目を見合わせてくすくすと笑い合った。

優雅に時が過ぎていく。

私はそんな時間を過ごせる今を幸せに思いながら、

(私はこれから、この国の民全員がこんな幸せな時間を過ごせるよう努めていかなければならないのね……)

と思い、密かに気を引き締めた。


そこへ、

「や、やぁ。ミーナ。急に呼び立ててごめんね……」

と遠慮がちに声を掛けながら一人の男性が近づいてくる。

私はさっと立ち上がると、礼法の教科書通りに礼を取り、

「いいえ。王家のご命令とあればいつでも馳せ参じましてよ」

と冗談を返した。

そんな私にその声の主の男性、エリシオン殿下は少し引きつったような笑みを浮かべて、

「ははは……。相変わらず頼もしいね……」

と、いつも以上におどおどしながらそう言ってくる。

私はその様子を少し不思議に思いつつも、

「うふふ。婚約者なんですもの、遠慮など無用でしてよ?」

と、このどこか気弱な王子様をなるべく刺激しないよう、できるだけ優しく微笑みながらそう返した。


私ことミリスティアーナ・エル・ド・バンズウッド、バンズウッド公国公女と、このタリスカン王国の王子、エリシオン・ルイ・ド・フェルド・ジキタリシア殿下は幼い頃というよりも生まれる前から両家の間で約定された婚約者同士だ。

バンズウッド公国はタリスカン王国と古くからの縁戚関係にあり、現在はタリスカン王国を中心とした四か国連邦の一角を占めている。

その連邦の歴史は古く、今ではひとつの国家として機能していた。

その関係で代々タリスカン王家はバンズウッド公国を含めた三公国から順に妃を選ぶという習わしがある。

それは明文化されたものではなくいわゆる不文律のようなものだが、もう何百年もの間続いてきていた。

私はそんな慣習に少し疑問を持っていないわけではない。

しかし、私は、

(これも公国の姫に生まれてしまった者の務めよ。大丈夫、エリシオン殿下は気弱なところはあるけれど悪人ではないもの。きっと私がきちんと支えて差し上げれば良い王になってくれるはず)

と自分に言い聞かせ、その運命を受け入れて今ここにいる。

そんなことを考えながら、私はふと、

(ああ、そう言えば、ゲームのシナリオ通りならそろそろ王家に伝わる指輪を渡されて結婚を申し込まれてもおかしくない頃よね。ああ、それで殿下は緊張してらっしゃったのかしら? だったら心して受けないといけないわね)

と思い至り、密かに気合を入れてエリシオン殿下が次の言葉を発するのを待った。


そんな私に向かってエリシオン殿下が、

「あ、あの……」

と、さらに遠慮がちに声を掛けてくる。

私はそのたどたどしい問いかけを微笑みで受け止めつつ、自分も心の準備を整え始めた。

エリシオン殿下の顔がさらにこわばる。

私は、心の中で、

(頑張って)

と密かに殿下を応援しつつ今か今かとその言葉の続きを待った。

そして、ついにエリシオン殿下が言葉を発する。

「ぼ、僕との結婚は無かったことにしてください!」

とエリシオン殿下はとんでもないひと言を放ったが、私はそれまでの心の準備もあって、つい、

「はい。よろこんで」

と答えてしまった。

(……え? あ……)

と思うがもう遅い。

私は慌てて取り消しの言葉を発しようと思ったが、

「いいのっ!?」

と殿下は今まで私の前では見せたことのない満面の笑顔でそう言ってきた。

(え……?)

と思いつつ、エリシオン殿下を見つめる。

するとエリシオン殿下は、

「あ、あのね。ジュリーが僕のお嫁さんになりたいって言うし、その……」

と言ってもじもじとし始める。

(え? ジュリーってキリシア公国の妹の方? えっと、エリシオン殿下ってロリコンだったの?)

と変な思考が頭を駆け巡る。

そんな私に続けてエリシオン殿下は、

「そ、それに、ミーナって僕より強くて背が高くて、その……なんていうか、ちょっと怖いし……」

と、今更アホみたいなことを言ってきた。

私の魔力が一気に高まって暴発する。

辺りに一瞬の突風が吹き、緑の芝生や植え込みのバラにさっと霜が降りた。

私の後から、

「きゃっ!」

というシェリーの叫び声が聞こえる。

私はその声にハッとして、

「ご、ごめんなさい。大丈夫?」

と言いつつシェリーを介抱しに向かった。

突然のことに尻餅をついてしまったシェリーを抱き起して癒しの魔法をかける。

私の癒しの魔法はたいしたものではないが、風邪の時に少し体を楽にする程度の効果はあるはずだ。

そう思って、ありったけの優しさと魔力でシェリーを包み込むと、シェリーはどうにか落ち着いてくれたようで、

「し、失礼いたしました」

と言って起き上がってくれた。

「ごめんなさい。あまりにも突然変なことを言われたものだから……」

と、もう一度シェリーに謝って、

「大丈夫?」

と声を掛けながら、シェリーの顔を覗き込む。

するとシェリーはなぜか頬を染め、

「は、はい……」

と言ってうつむいてしまった。

そんなシェリーの髪を軽く撫でてやってからエリシオン殿下の方を振り返る。

するとそこには腰を抜かして、子犬のようにぶるぶると震えるエリシオン殿下の姿があった。

「殿下。ご自分が何を言ったのかお分かりですか?」

と努めて冷静にそう訊ねる。

その問いかけに殿下は無言でコクコクと首を縦に振って見せた。

そんなエリシオン殿下の態度に心の底から呆れつつ、

「殿下の発言は何百年と続いてきた国家間の関係に亀裂を生じさせるものかと思いますが、そのお覚悟もあってのことでございましょうね」

と、さらに問い詰め、暗に「取り消すなら今のうちですよ?」と目で訴えかけてみる。

しかし、エリシオン殿下はその意図を汲み取ることが出来なかったようで、

「だ、大丈夫ってサイズが言ってくれたから……」

とキリシア公国の公爵、サイズフィリア様が黒幕だということを正直に申し開きとして使ってきた。

(……バカなの?)

と呆れつつ、

「では、我がバンズウッドとの関係よりもキリシア公国との関係を重視すると宣言されたと捉えてもよろしいのですね?」

と私は言質を取りにいく。

そんな私に対してエリシオン殿下は、

「じゅ、ジュリーの方が優しいから……」

と言って少し照れたようにはにかんでみせた。

(……ロリコンかよっ!)

と確かジュリーことジュリエラ嬢はまだ中等学校に入ったばかりであることを思い出しながらそんなことを思ったが、すぐに、

(……いえ。これはきっとジャニスの策略ね)

と私の四つほど年上で執拗に権力の座を狙っていたキリシア公国第一公女の存在を思い出しながら、そんな裏の事情を汲み取った。

私はなんとも言えないやるせなさを感じつつ、どうしたものかと考える。

これまで必死に努力してきた結果がこれだ。

私の心の中からはため息しか出てこない。

そんな精神状態に一気に落とされてしまった私は、ついその場の勢いで、

「かしこまりました。正式な書状は後日お送りください。これからは好き勝手やらせていただきますので、そのおつもりで」

という捨て台詞を吐くと後であたふたしながら顔を青くしているシェリーに、

「今、殿下がおっしゃったこと、確かに聞いたわね?」

と出来る限り優しくそう問いかけた。

「……(コクコク)」

とシェリーが無言でうなずく。

そんなシェリーに私も軽くうなずき返し、

「大丈夫よ。いざとなったらうちにきなさい。シェリーだったらいつでも歓迎するわ」

という言葉を掛けながら、優しくその髪を撫でてやった。

もう一度まだ腰を抜かしているエリシオン殿下の方を振り返り、

「シェリーに何かあったらただではおきませんわよ」

と微笑みながらそう言って上空に向かって軽く手をかざす。

すると、エリシオン殿下のはるか頭上に大きな火の球ができ、辺りにそれなりの熱が伝わって来た。

みるみるうちに芝生やバラに付いた霜が溶けていく。

そして、それらはまるで朝露のような美しい水滴となって春の日差しにキラキラと輝き始めた。

ボッ!

と音を立てて火の玉が消える。

私は上空にかざしていた手をそっとおろすと、

「では、ごめんあそばせ」

と言って最上級の礼をとり、その美しい庭から颯爽と出て行った。

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