第4話
5.五月二七日(土)
五年前に殺害された十二人のうち、八人が都内に住む十四歳から十六歳までの少女だった。残りの四人も年齢は同様で、埼玉県が三人と神奈川が一人。いずれも東京周辺の少女たちだった。
そして、現在──。
山形の被害者の名前は、立花和美。年齢は二十歳。住所は、山形市の香澄町というところだ。
長野の被害者は、石井美津子。年齢は、二一歳。住所は、諏訪市になる。
被害者の年齢と住所を考慮した場合、五年前と共通点はない。殺害現場と殺害方法、刻印を見ていなければ、同じ犯人であるという仮説をたてることもなかっただろう。
もし同じ犯人だとして、これはどういう変化なのか?
女性たちの年齢が上がり、東京からも飛び出している。
それとも、もともと年齢は関係なく、東京にも、こだわりがあったわけではなかったのだろうか……。
無理やり意味をつけるとしたら、こういうことになるだろう。
年齢が上がったのは、犯人の年齢も上がったから。東京から飛び出したのは、犯人の行動範囲が広がったから。
以上のことから推理すると、犯人の年齢は、想像しているよりも低いことになる。
仮に犯人の年齢を当時三十歳としよう。
三十歳で少女を狙うというのは、いわゆるロリコンという性癖にあたる。女子中学生が対象では、病的とまではいかないだろうが、その嗜好は強い。それなのに、現在三五歳となり、成人した女性を狙うのは、少し不自然ではないか? 人間の性癖は、治そうと思って治せるものではない。
もし、犯人を十八歳と仮定したら……。
当時少女を狙ったのは、幼児趣味ということではなく、たんに恋愛対象として少女たちを見ていたから。現在、二三歳になり、年齢を重ねるとともに、女性の好みも自然に上がっていった。行動範囲が広がったのも、車を買ったり、ほかの交通機関を無理なく利用できる財力を得たから。
こういう猟奇的な犯罪をおこす者は、若い傾向にあるのは事実だ。未成年者が残虐事件を犯すことなど、もはや驚くものではなくなっている。しかし一連の生贄殺人の場合は、当てはまらないのではないか……。犯人には知性があり、狡猾さをかねそろえている。若ければ、性的衝動を素直に爆発させてしまうだろう。これまでに抱いていた犯人のプロファイルとはちがってしまう。それに、犯行の動機が性的倒錯とは断定できない。現に被害者は、だれ一人として性的暴行をうけていない。
桑島は、山形の被害者・立花和美が住んでいたアパートの部屋にいた。早朝、六時過ぎに東京を出て、こちらについたのが九時少し前。現在が九時半。
新幹線の山形駅から、すぐの場所だ。東京よりは安いのだろうが、立地を考慮すれば、それなりの家賃はかかるだろう。
一人暮らし。若い女性らしい室内。
彼女は、市内の大学に通う学生だった。
近くのスーパーでアルバイトもしていたようだ。
先月の二五日、大学で目撃されたのを最後に行方不明となっていた。そして三週間前、山中の廃屋で発見されたのだ。
ちょうど、長野の事件と似ている。あきらかにちがうのは、現場に凶器が残されていたということだ。いや、正確には凶器ではない。西洋の剣。犯行に使われていないことは検証されている。血液も付着していなかったし、そもそもが模造品だった。武器としての機能はもたない。それが、なにを意味するものかは不明のままだ。
立花和美には交際していた男性がいるのだが、その彼のアリバイは、山形県警によって確認されていた。ストーカー被害もないようだし、ほかに恨みをかう事実も浮かんでこない。これが生贄殺人でないとしたら、女子大生が事件に巻き込まれる可能性として考えられる、男女トラブル・ストーカー・出会い系、そのいずれも当てはまらない。
もちろん、通り魔的な犯行かもしれない。だが、立花和美の左手甲には、あの記号が刻印されていた。古代マヤ数字は、丸と線で表現するものだ。2は、丸が二つ。それを知らなければ、大きな黒子だと判断していたかもしれない。桑島は当時の資料で何度も眼にしているから、それが刻印だと確信できる。
外部には出ていない情報。
別々の事件で、特殊な事象が重なり合う偶然は、天文学的に低い確率だ。
ましてや、マヤ数字となると奇跡を通り越すほどになるだろう。むろん、それがマヤ数字だと断定もできない。が、なにかしらの意味はあるはずだ。
「ん?」
桑島は、部屋の壁にかかっていたカレンダーに眼が留まった。外国の美しい街並みが鮮やかに写されている。今月──五月は、パリ郊外の風景のようだった。
どこかに違和感をおぼえた。
(気のせいか……)
桑島は、部屋を出た。鍵をかけ、アパートの大家へそれを返しにいった。
「あ、終わりましたかね?」
大家は、六十歳ぐらいの男性だった。髪はすべて白髪で、人柄のよさそうな笑顔が浮いている。
「あの、立花さんのことで、なにか思い当たることはありませんでしたか?」
大家の顔から、笑みが消えてしまった。
「ほかの刑事さんにもお話したんだけど、とくにかわったことなんてなかったんだよ。あの子、とってもいいお嬢さんで、礼儀も正しいし、人から恨みをかうようには……」
心当たりはないようだった。
地元の警察さえ知らないのだから、もとより一般市民にも、今回の事件が『生贄殺人』かもしれないということは伏せられている。まだ同じ犯人であるという絶対的な証拠はないし、濃厚である、という段階で、いたずらに発表するわけにはいかない。
生贄殺人の可能性が高い、と告げたら、この大家は──いや、立花和美の関係者は、どう思うだろう。
桑島は、アパートをあとにした。
村山市に、立花和美の実家がある。
山間部にある集落の一件だ。家構えは大きく、納屋も備えている。
桑島がたずねると、両親はいやな顔一つせず、母屋へ通してくれた。連日、地元の捜査員がやって来ては、話を聞かれているはずだ。最愛の一人娘を亡くした悲しみも深いだろう。そんな疲れや落胆よりも、娘を奪った殺人者への怒りが勝っているのだ。
「東京の刑事さんなんですか?」
「そうです」
父親は、母親とともに、やつれている印象が強い。五十代ぐらいで、田舎のおやじさんといった雰囲気だ。
「あの……、犯人が見つかったんですか?」
そう問いかけたのは、母親だ。だが桑島の様子から、そういうことではないと悟っていたのか、声に力がない。
「あ、いえ……」
桑島が答えると、やはりそうか、という表情になった。
「刑事さん……いったい娘は、どんな犯罪に巻き込まれたんですか!? あんな、殺され方……あんな殺され方!」
父親は、たまらず口をついてしまったように、語気を荒らげた。
「お、お父さん!」
母親がたしなめても、父親の顔つきは険しいままだ。
「ここの警察は、なんにも教えちゃくれない! なんか異常なことがおこってんのとちがうか!?」
遺族に情報を隠しておくことは、もう限界に近いのかもしれない。
桑島は、判断に迷った。
「東京の刑事さんなんだから、ここの連中よりも偉いんだよな!?」
「そんなことはありません」
「あんた、階級はなんなんだ!?」
「警視です」
「それは、どれぐらい偉いんだ!? 警部と、どっちだ!?」
「階級では、一つ上です」
「やっぱり、偉いんじゃないか! うちに県警の警部がやって来たが、そいつよりも、あんたのほうがずっと若いし、優秀なんだろ!?」
「階級の上下が、そのまま能力の優劣というわけではありません」
正直に、桑島は答えた。
「じゃあ、あんたは……なんでここに来たんだ!?」
母親が、父親の肩に手を添えて、気を鎮めようと苦心していた。
「ぼくは、お嬢さんの事件をべつの角度から検証するために来ました。おつらいでしょうが、ぼくの質問に答えてくれませんか?」
桑島は、誠実にそう述べた。生贄殺人の話をするのは、適切でないと判断した。すくなくとも、いまはまだそのときではない。
父親は、まだ納得できないようだったが、母親が肩に添えた手を握ると落ち着いたようだ。桑島は、五年前の被害者の名をあげていった。そのなかに、知っている者、聞いたことのある名前があるかをたずねた。
──すべて、聞いたことはない。
「では、吉原ひより、という名は、どうですか?」
「知らない」
「石井美津子」
「……知らない」
即答ではなく、一瞬の間があいた。
「石井美津子さん、知っていますか?」
「知らない、知らないが……」
「どうしたんですか?」
「どこかで聞いたことがあるような……」
父親は記憶のどこかで覚えがあるようだ。
母親のほうは、そんな夫のことを見守っている。
「おまえ、知ってるか?」
「いえ、わたしは」
「あ、そんなに考え込まないでください」
「なにを言う! 娘を殺した犯人が捕まるんなら、なんでも協力するっ」
桑島は、自身のミスに気がついていた。
長野の被害者の名前は、ニュースでも報じられているはずだ。父親は、その名を記憶していたのかもしれない。五年前の被害者の名前も当時は報道されているが、身近な人間でないかぎり、覚えていることはないだろう。
思い出されてしまうと、長野の事件との関連性を説明しなければならない。
「そろそろ失礼します。また訪問させていただくかもしれませんが、そのときはよろしくお願いします」
少々、不自然ではあったが、桑島はそそくさと立花和美の実家を出た。
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