ダンジョンにソロで来るやつにロクなのはいない

藤原くう

第1話

 コンクリートをくだくような勢いで、壁に押し付けられた。


 壁ドン。


 だけど、憧れのシチュエーションとは少し違う。


 僕は伊都峰いとみねさんに、メガネの奥からまれていた。


「誰にも言わないで」


 ――じゃないと殺すから。


 けたたましく笑う伊都峰さんを見ながら、僕はどうしてこうなったのかを思いだす。


 あれは、昨日のこと。


 ダンジョンでのことだ。







 突如として現れた迷宮ダンジョンは、人間社会に多大な影響を与えた。与えたんだけど、人間もたくましくて、その中にもぐるようになったのが、僕が生まれる少し前のこと。


 現在では日常的にダンジョン探索が行われており、そこで見つかったものが、社会に還元かんげんされたりされなかったりする。


 同時に、社会問題も生み出した。


 例えば、探索者をおそう強盗事件であったり、麻薬の製造・取引であったり。


 表ではできないことが、ダンジョンという複雑怪奇な場所で行われるようになったんだ。


 それを取りしまるためヴィジランテがつくられた。


 もちろん警察もいる。でも、ヴィジランテの偉い人いわく、警察は遅すぎる、らしい。


 そういうわけで、今日も今日とて見回りをするはめになってる。


 あ、名乗り遅れたけど、僕は竹束楯たけたばじゅん。ヴィジランテ第444支部のたった一人の職員だ。






 ダンジョンを歩きながらスマホを取りだし、情報に目を通す。


 近頃、無差別的通り魔の通報が警察に寄せられるようになった。その人物は、モンスター探索者関係なく襲いかかってくるらしい。


 性別は女性。ネコのお面をかぶり、緋鯉ひごいが泳ぐ白い浴衣を身にまとい、日本刀を振りまわしてくるとか。カランコロンと下駄の音が鳴ったら気をつけろ――ネット上ではミームとなりつつあるらしい。


 通称ネコ女。その正体はわかっていない。


 幸いなことに今のところ怪我人はいない。けど、日本刀を振りまわしてるんだから、重傷者が出てもおかしくない。


 ま、テキトーに見回って、それで終わりだ。


 そう思いながら、歩いていると。


 カランコロン。


 転がるような音が、薄暗いダンジョンにこだまする。


 影の向こうに目をらせば、少女がいた。


 ネコのお面をかぶった少女。


 その手には、ぎらりと輝く日本刀が一振り。


「ネコ女」


 日本刀を握ってない方の手で少女が口元を押さえる。


 どうやら笑ってるらしかった。


「同行してもらえますか」


 返事はない。


 少女が、体の中の何かを吐き出すようにもだえたかと思えば。


 お面の奥の目がギラリと輝いた。


 来る。


 僕は手にしていたシールドを構える。


 ライアットシールド――暴徒鎮圧ぼうとちんあつ用の透明な盾だ――を構えた瞬間、少女が駆けてくる。


 ザッ。


 振り下ろされた一撃を受け止める。


 華奢きゃしゃな見た目からは想像できないほど強い力に、ウッと声が出る。


 押し返そうとすれば、フッとかかっていた力が消えた。


 前のめりにツッコめば、目の前に少女はいない。


 背後から暴風。


 身をよじれば、シールドが吹き飛ばされそうなほどの衝撃が襲う。


 しびれる両手でシールドを持ち、なんとか押し返す。


 ギリギリと押しあってる最中にも、少女は笑っていた。


 クヒヒヒヒヒヒッ。


 言葉になっていない笑みが、かろうじて見える口元を獰猛どうもうにゆがませていた。


 少しでも力を抜いてしまえばやられる――額を汗が流れていく。


 ふいに、視線が僕を刺す。


「腰のはかざり?」


 突然やってきた言葉に、思わず体が固まった。


 確かに、腰には電磁警棒でんじけいぼうがぶら下がっている。


 ヴィジランテに入ったとき、配られたもの。


 一度も使ったことはない。


 握ろうとした手が、震えていた。


 ダメだ。シールドじゃなきゃ。


 僕はシールドを持つ手に力をこめなおす。


 狂ったような笑い声が一段と強まる。


 同時に、覆いかぶさるような力が強まった。


 まるで、められているといきどおっているかのように。


 こうなったら――。


 僕はシールドに隠れるように滑りこむ。


 なめらかなポリカーボネートの上を刃が滑って、黒板をかきむしったような音がほとばしる。


 つんのめった少女のからだがシールドの上に乗ったところで、シールドごと蹴っ飛ばす。


 吹き飛ばされた少女は、ダンジョンを転がって、動かなくなった。


 僕は立ち上がり、ほこりを払う。ちょっと荒っぽかったけど、しょうがない。


「ヴィジランテ規則第八条に従い、あなたを連行します」


 僕は近づきながら、ポケットから手帳を取り出す。ヴィジランテ版警察手帳だ。


 その手をつかもうとした途端、少女が急に動く。


「うわっ!?」


 ドンっと突き飛ばされ、ダンジョンを転がる。


 顔を上げれば、ちょうどその時、少女も立ち上がっている。


「あ……」


 その時、少女の仮面はなかった。さっきの衝撃で外れてしまったんだろう。


 いいや、そんなことはどうだっていい。


 その子は伊都峰エリ、その人だったんだ。メガネはかけてなかったけど、間違いない。


 少女も仮面がないことに気がついたのか、ネコ顔負けの速度でダンジョンの闇へと消えていった。

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