第5話 摘発

 愛莉と別れた綾は、そのまま大久保公園西側の路地で、立ちんぼを始めた。

 愛莉は今頃、アルタ前でおぢと会っている頃だろう。


 立ちんぼを始めてすぐに、一人の男が近寄って来た。

 男は、大学生風の若者。

 交渉がまとまり、綾は若者とラブホテル街へと歩いて行く…




 若い男だからといって、綾の気分が上がる訳ではない。

 若者から股間を愛撫されていても、気分はうわの空。


 ところが意思に関わりなく、身体が勝手に反応してくれる。

 女性器をいじられたことへの、防御反応なのであろう。

 時折、感じているかのようなあえぎをしてやれば、単純な男どもは夢中になって、綾の裸体を撫で廻す…


 「――あ…」


 若者が、綾の体内に侵入して来た。

 綾の裸体の上で、素っ裸の若者が夢中になって、腰を前後に動かしている。


 若者から身体を揺さぶられている間、綾はずっと眼を閉じている。

 行為の最中も、綾は駆琉のことを想い、考えている…


 ★

 

 駆琉は、中学2年生の時に母親を亡くした。

 シングルマザーの手で育った駆琉には、頼れる親族はおらず、天涯てんがい孤独になるところだった。


 ところが母親の葬式当日に、一人の中年男性が焼香に訪れた。

 児童相談所によれば、駆琉を認知したという男性であるとのこと。

 話し合いの結果、その実の父親なる男が、駆琉の面倒をみることになった。

 駆琉が児童養護施設に入ることを、こばんだからだ。


 初めて見る父親の顔を、何も感じることなく無表情で見つめる駆琉…

 この時に駆琉は、自分が愛人の子供であることを初めて知った。




 父親である男性は、新宿区百人町にあるマンションの一室を駆琉に与えた。

 自分のもとでは、駆琉を引き取ることが出来ないからだ。

 月々の生活費も、十分過ぎるくらい与えてくれた。


 とはいえ、若干14歳の少年に独りで暮らすことを強いるのだから…

 駆琉も、いわゆる大人の都合の犠牲者なのだ。


 そんな駆琉が、トー横キッズになったのは必然といえるだろう。

 心のむなしさを抱える少年少女たちが、そこにはつどっている。

 互いに心を通わせ合うことが、彼らの虚しさを埋めてくれる…


 足しげく通ううちに、駆琉はグループのリーダー格になる。

 綾がトー横を初めて訪れたのは、そんな時だった…


 ★

 ★


 「――ハァ、ハァ、ハァ…」

 綾の上で懸命に腰を動かす、若者の息が上がってきた。


 ――どうせコイツは、親のスネかじって、不自由なく成長して…

 眼を閉じて顔をしかめ、感じているフリをしている綾。


 ――駆琉は独りぼっちでも、負けずに頑張って…

 ベットの上で結合した互いの裸体の揺れ動きが、激しさを増している。


 ――こんな奴より駆琉の方が、ゼンゼン立派…


 「うぅッ――…!!」

 うめき声とともに綾の上で、若者がイキ果てた…




 ――ゴムは、ちゃんと確認している…


 ゴソゴソと自分の後始末を終えた若者が、終わってくれて安堵あんどしている綾の股間を、ティッシュでぬぐってくれている。

 若者は優しげに振舞っているが、それは行為の間だけ…


 そもそも単なる性の捌け口としてしか、綾を見ていない。

 一人の人格がある少女として、綾を見ていないのだ。

 だから若者には身体をゆるせても、気持ちまでさらし出すことは到底できない。


 綾にとって、信頼出来て心から身体を許せる男性は、駆琉だけ…

 冷ややかに割り切った心情で、綾は若者の振る舞いを受け容れている。


 「シャワー、浴びてくるね」

 ベットで仰向けに寝たまま、綾が無言でうなづいている。


 ――ふうぅぅ~ッ…


 天井を向いて、大きなため息をついている綾。

 若者の汗で濡れた身体が冷えるので、ゴソゴソと布団にもぐっている…




 何のために、身体を売るのか?――


 綾は駆琉の、応援資金を稼ぐため。

 愛莉はホストから、一流の優しさでもてなしてもらうため。

 葉月はメンズコンセプトカフェの、お気に入り店員を応援するためだ。


 稼ぐためなら、高時給のバイトで働けばいいのに、わざわざリスクのある交縁行為やパパ活を選択している。

 効率よく、手早く、大金を得られるから?

 世間の単純な批評家たちは、お金を稼ぐため、悪いオトコにだまされて等々、無責任な批評をしている。


 しかし、そのためだけに年若き少女が、自分の身体を売るのだろうか?

 わざわざリスクを冒して、見ず知らずのオトコたちに、金と引き換えに差し出すのだろうか?


 冷静に考えれば、身の毛がよだつような真似まねであるというのに…


 ★


 若者には、中年男どもにあるような、ねちっこさが無かった。

 身体を売ることは疲れるが、相手次第で疲労感がゼンゼン違う。


 ――今日は、もう一人、イケるかな…


 若者と別れた綾は、再び大久保公園西側の路地で立ちんぼを始めた。




 始めてすぐに、一人の男が近寄って来た。

 綾と二言三言ふたことみこと話した男は、シブシブと立ち去って行く。

 条件が合わなかったのだ。


 すぐに次の男が、綾に近寄って来る。

 薄暗い路地で、美少女偏差値が高い綾の前には、男たちが鈴なりになる。

 しかし次の男も、立ち去って行く…


 ――セコイ奴ばっか…


 明日は土曜で高校の授業が無い綾は、出来れば朝まで稼ぎたい。

 それも、効率よく…

 でも、そう都合よくはいかない。




 もうすぐ、日付が変わる…

 そろそろ妥協しようかなと、スマホをいじりながら考え始めた綾の前に、男が立った。


 「ちょっとぉ、触んないでぇッ!」

 突然、綾から少し離れた左隣で、立ちんぼをしている女子が大声で叫ぶ。


 「ついてきゃいいんでしょぉ?!ついてきゃぁ!!」

 今度は右の方で、男性の手を振りほどこうと暴れる、立ちんぼ女子の怒声どせいが上がる。


 ――まさか、ケーサツ?!…


 前の男も――…と考え、うつむいたまま恐怖で立ちすくんでいる綾だが…




 「そのは?」

 私服警官らしいスーツ姿の中年男性が、綾の前に立つ男にいている。


 「私に任せて貰えますか?」

 「分かりました。お願いします」

 中年男性が、会釈をして立ち去って行く。


 綾は恐る恐る顔を上げて、男の顔を見る。

 ――こいつ…


 なんと、綾の前に立っているのは、小田急線の車内での痴漢を捕まえてくれた青年ではないか。

 微笑む青年に、動揺を隠せないでいる綾である…


 ★

 ★


 「お~ぃ、聞いてるのかぁ?」

 喫茶店のソファーに深々と座り、眠そうな上目遣いで綾が、対面の椅子に座る青年を見る。


 「――まぁ、黙んまり決めこまれんのは、慣れてるけどさぁ…」

 青年が綾を直視しながら、椅子に座る姿勢を直している。

 「俺の話は、ちゃんと聞いてくれよぉ」

 ソファーに上半身を埋もらせて、ダルそうな表情でいる綾…




 どういう訳なのか、綾は新宿区役所裏にある喫茶店へ、青年に連れて来られていた。

 自分は、少年少女を悪い大人から守る活動をしているとか等々、青年は自己紹介を諸々している。


 その合間に、ところでキミの名前は?住所は?などと、さりげなく綾に探りを入れている。

 しっかり心にガードをかけている綾が、自分のことを喋るはずもない。

 青年からの語り掛けを聞き流しているが、そうするだけでも結構ダルい…


 「もう、俺の名前、忘れたろ?」

 「――イガラシ…」

 「下は?」

 「サトシ…」

 五十嵐はふぅぅ~とため息をついて、椅子の背もたれに倒れ込む。


 突っ込んだつもりが、逆にやり込められてしまった。

 小賢こざかしい娘だ…


 「――あのさぁ…」

 「――なんで」

 気を取り直し、身を乗り出してきた五十嵐に、逆に訊いている綾である。




 深夜の喫茶店は、席がほぼ埋まっている。

 客層は終電を逃したサラリーマンやOL、水商売風の男女や学生、外国人等々、新宿歌舞伎町らしい種々雑多な人々だ。


 静かな音楽が流れている中、客たちは眠りこけたり談笑したりと、思い思いに時間を過ごしている。

 その一角で、静かににらみ合う綾と五十嵐…


 「なんで、あたしは連れてかれなかったの?」

 「俺は、値段交渉しなかったろ」

 「え?」

 「ほかの娘たちは、値段を言っちゃったってコトさ」

 話しながら五十嵐が、テーブルに置いてあるカップに手を伸ばす。


 「値段を言ったら、公衆の面前で売春を誘引した証拠になるからね」

 カップのコーヒーをすする五十嵐を、ジッと見ている綾…




 「――なんで…」

 「ん?」

 「あんた、警察じゃないじゃん。なんで――」

 「青少年保護の一環で、たまに一斉摘発に協力してるのさ」

 五十嵐はネイビーのジャケットの内ポケットから名刺入れを出し、一枚を前のテーブルに置く。


 【NPO法人マザーポート 代表理事 五十嵐聖志】


 「あの時の痴漢が騒いでいたから、まさかとは思ったけど、本当にいたとはね…」

 ソファーに深々と座り腕組みをして、しげしげと綾を見ている五十嵐。


 プイとソッポを向いたまま、綾は考えている。

 マザーポート…


 聞いたことがある名に、綾は記憶の糸を辿たどっている…――

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