エッセイ「阪大のアイドル」

穴八真綿

某作家先生の証言「阪大のアイドルなんて知らない」

私は大学時代、本当に異常な体験をした。思い返せば短い間だったかもしれないが、その期間まるで芸能人のように騒がれてしまったのである。

 事件の発端はいつぐらいまで遡るのだろうか。幼稚園の時はキリストの生誕劇で天使の役をするくらいの可愛らしい容姿で、毎日違う男の子を家に連れて帰ってくることから、家族の間で「カルメン」と呼ばれていたこともあった。とはいえ、その後小学校の頃にはぷっくら太っており、賢い子とは言われるもののたいして可愛いとも言われず平凡で平和な学生生活を送っていたのだったが、それが高校3年生になってメガネからコンタクトに変えた途端なんだか周りの様子が変わってきた!こちらは大学受験のことで頭がいっぱいだというのに、ある日いきなり大阪教育大の学生という男の人から実家に電話が掛かってきたのだ!

「毎朝、通学の電車であなたのことを見ています。付き合って下さい!」

 どっひゃーん★私ってあなだの電車の中のマドンナ的存在なの??!これって嬉しい!!しかも私は中高6年間一貫の女子校の女子高校生だったのだ。

 一体どこで電話番号を調べたのかと少々気持ち悪く思いながら、

「私のどこが気にいったんですか?」

 と、言葉尻に喜びのニュアンスが出ることを必死で抑えながらも思い切って聞いてみた。

 ところが・・・・・・。


「自分なぁ、胸が大きいやろ。そこがすごくいいねん」

「・・・。」

 いやぁ、君。期待していた答えと全然違うぞ。しかも、こてこての大阪弁。これではやらしい中年のおじさんと全く変わらないではないか!!当時、私は花も恥じらう女子高生だったのだ。

 すぐさま受話器が置かれ、その教育大エロ学生とはそれっきりになったのは言うまでもないが、内心いつも電車の中で読書している横顔が素敵だとか、笑顔が好きだとか、もうちょっとマシなことを言ってくれていたら、会ってあげるくらい(えらく高飛車だが、世の中を知らない小娘だったと思って笑っておくれ)してもよかったかな、なんて思ったりもした。


 そうこうしているうちに、今度は朝の通学途中。大阪環状線の電車の中で、学ラン姿の男子高校生3人組のうちの一人が私を見て奇声をあげた!

「あの子むっちゃ可愛い!!」

 顔をあげたら、前のおじさんとばっちり目が合った。何か言いたげにじーっと私を見ていた。その男の子の3人組が更に声を張り上げた。

「制服が絵に描いたように似合っている!」


 その制服は別名「歩く墓石」と呼ばれるすごく地味なものだったので、本当にビミョーであった。

 その時私はよほどひきつった顔をしていたに違いない。その男子高校生に、

「でも、なんだか怖そう」と、一言言われて終わりだった。


 そんなことをしているうちに受験シーズンを迎え、私は阪大を受験することになった。

無事、受験を終えて帰ろうとしていると一人の学生らしい男性が近づいてきた。

「北千里の駅まで一緒に帰りませんか」

 と真面目に言うので承知した。

す ると、いきなり阪大に合格したらぜひ僕と付き合って欲しいと言うのだ!!

びっくりした!!が、たぶん不合格でしょうと言葉を濁して逃げたが、思えばこれらのことが前兆だったのかもしれない。


 私が電車に乗るとよその大学生の間で「阪大のアイドルだ!!」とあちこちで囁かれるようになったのは阪大の2回生になってすぐのことだった。

私は工学部だったので、2回生になると豊中キャンパスと吹田キャンパスの二つのキャンパスを行き来しないといけなかった。そして、吹田キャンパスの沿線には他にも関西大学やお嬢様大学の金蘭千里女子大や大阪外国語大学があった。

 そのたくさんの学生達が行き来するエリア内で、私はいつのまにか「阪大のアイドル」

と奇妙な命名をされるようになったようなのだ!

 当時、阪急電車の同じ車両に毎朝乗って一番早い時間帯の授業にもちゃんと出席していた私は関西大学の学生達の好奇な視線に晒され続けた。同時に、金蘭千里のお嬢様女子大生からはとにかく服装のチェックが厳しくて、私が海のイメージが大好きでマリンルックなんかしていようものなら(今、考えるとマリンルックもすごいが。お前はモーニング娘。か!?とにかく可愛い服装が好きだったのだ!)

「セーラーちゃん」なんて呼ばれて大変ショックを受けた。

 そのうち、阪大内でも図書館で本を読んでいるところを数人にグループに尾行されたりして、一度大学内を散々あっちこっち行ったり来たりで冒険心満々で散策していたら、

その尾行グループが「(尾行は)楽しいけれど、今日は(一緒に歩き回って)疲れたなぁ」

などど根をあげられることもあった。これもまじな話ね。

 そんなことが、どんどんエスカレートしてきて「阪大のアイドル」として認知されてきた私は、ある日大阪梅田の紀伊国屋書店で買い物をしていた。すると、

「おっ、阪大のアイドルだ! あの子、名古屋のやつと付き合ってるんだって」

 なんて声が聞こえてきた!!彼らが言う名古屋のやつとは私のクラスメートで、最初の自己紹介の時に一目惚れしてこちらから一方的に住所や電話番号を聞き出した、キムタクの初期のドラマ「あすなろ白書」の取手くんそっくりで、しかも声は織田裕二そっくりの男らしいところもあり少年の瞳を持ったナイスボーイだったのだが、実は私はその当時すごい奥手で住所を聞き出すも全然それ以上一歩も踏み出せない純情乙女だったのだ!

一体どこで、そんな情報が行き交っているのか!?とそこはかとなく不安になったのを覚えている。



それからしばらくして、豊中キャンパスからの帰り道。両肩にごついサポーターをした巨体の見るからにアメフト部と分かる二人連れがなにやらぶつぶつ言いながら、私の後をつけて来るのだ!

 話している内容に耳をすますと・・・・・・。

「あんなやつのどこがいいねん。あんなやつの!!」

 そのつぶやきは石橋駅に着くまで続けられ、はっきりいって怖かった!!

あんなごついアメフト部の学生二人がかりで来られたら・・・・ねぇ!!

 それにしても私が確かに当時大好きだったクラスメートをあんなやつとは一体なんだろうか!?まったく失礼なやつである。ちなみにそのクラスメートはその後、阪大サッカー部の主将になった。当時、私と付き合っていると噂を立てられてあちら側も相当苦労しただろうと思うと今でも頭が下がる思いだ。(ごめんねMくん。いまさらだけど)

 その他にも、今度は旭屋書店の前で私とすれ違うやいなや、猛スピードで私の後を追ってくる男がいた。よくよく見ると、私を阪大入試の日にナンパした学生だった!!

その時は怖くて旭屋の狭いエスカレーターを屋上まで逃げた。

さすがに途中までしか追ってこなかったが本当に怖かった!!

 そのうちに私を取り巻く状況は、ますますエスカレートしてきて、金蘭千里の女学生達が電車の中で「今のうちにサインをもらっておこうか」と言い出したかと思うと、

阪大のキャンパスを普通に歩いていると体育会系の女学生がしげしげと私を見た後で、

「やっぱり他の子とはどこか違うなぁ。オーラが出ているよ!」などど嬉しすぎることを言ってくれた挙句に私は完全にスポイルされ、それこそ舞い上がってしまった!

(さてこれからがすごい)

 大学のキャンパス内では「阪大のアイドル」と呼ばれて尾行される毎日。電車に乗っても、よその大学の学生から「阪大のアイドルだ!」と名指しされる現状。

もう私はすっかり芸能人気分だった。

TVを点けても前なら売れっ子俳優と自分を重ねることなど全くなかったが、もはや舞い上がってしまっている自分はどうしたら自分もTVに出てるようになるのだろう?

とそればかりが頭から離れなくなってしまった。

そんな時に、何気なく見た新聞に「あなたも明日のスターに!」 と大きく見出しの入った大学の通学途中にある、ある有名劇団の広告についつい引き込まれるように見入ってしまった後、こんなに私は「阪大のアイドル」として有名なんだもの。

劇団を受けてみよう!!とその時決意した!

早速、履歴書に運転免許を取り立ての若葉マークを両手に持った可愛い水色のストライプに同じ柄のリボンのついた服を着て、にっこり笑った、自分でもこれはいけるのでは!?と思った写真を貼付して送った!!

 その結果を待っている間の話だが、本当に大学ではひどい噂が急速に広がっていた。

話の発端は中学高校時代から一緒で、偶然大学も同じクラスになったKから、私が急に可愛くなった! みんなにモテモテで面白くないわ!! というばかりに、私が最近になって整形したんじゃないか!と言いだし途端に阪大のキャンパス中に「阪大のアイドル整形疑惑」というひどすぎる話をみんな半ば本気で信じ始めたのである!!信じらんない!!

それはさー、大学に入ったら少しはメイクもするし、可愛い服も着るし、コンタクトにもして、受験勉強に必死だった頃の私とは全然変わるんだよー!!

ただでさえ変な噂が飛び交っているのに、この上整形疑惑なんてかけられるの、ほんとに

うんざりだよー!!と本当に大きな声で叫びたかった!!

 それにしても、と思いまじまじと自分の顔を鏡で観察してみた。自分の最大の弱点だと思っていた目は大きく開けようと思えばけっこうもともと目が大きい子と同じくらい開けられることに気づいた!早速、授業中も目をぱっちり開いて自分が可愛いと思う顔をしていたら(これって実は全くといっていいほど授業が頭に入らないのだが!!)

当時大人気だった女優の斉藤由貴さんに似ているとトータル30人以上から言われるようになった!これは成功成功!!\(^0^)/

 さて、自信満々の履歴書を添付して送った有名劇団からは一次選考通知の知らせが届いた!さあ、行くぞ!!ここまで来ると、もう私を止めるものなど何もなかった!

 劇団のオーディションは、ほとんどが小さな子供を連れた親子連れでちょっと拍子抜けたが、気を取り直して劇団の先生の、「喜怒哀楽のそれぞれを、ありがとうという言葉で表現して下さい」という即興の課題を出された。

「ありがとう♪(喜)」「ありがとう!(怒)」 といった傍から客観的に見たら、おかしいんじゃないだろうかと思われかねない(笑)身振り手振りを加えた過剰な演技で、

わたしはどんどん勝ち抜いていった(何を勝ち抜いているのか・・・)

大きな声を出す項目では、先生も飛び上がるくらいの大声を上げて、「あっもう結構です、十分です」 と言われて周りの失笑を買ったりした(今思い出しても恥ずかしい・・・)

 さて、オーディションも終わって数日後、なんとうちの家に届いたのは 劇団の合格通知と一緒に目の飛び出るような入学金と授業料のお知らせだった!!

焦った私は、こんなはずではない!!阪大のアイドルと呼ばれている私は、当然授業料なんて免除のはずよ!となんとも高慢ちきな私をあざ笑うごとく、入学金20万、授業料月々3万円と書かれた書類に思わず泣きそうになった(><)

20万なんて出せない、しかも月々3万円・・・ここは頼みの親!とばかりに父にまず劇団の合格通知を見せることにした。

 すると、普段は安かったら何でも買うのか!! とごとくスーパーに見切り品には目がなく、時には腐った野菜なんかでも平気で買ってくる超が付くくらいドケチな父が、同じ入学通知でも阪大の時とは全然話が違うのがその時点では分からなかったのか、

「なんでも合格はめでたいな」 と相好を崩したのには、ここぞとばかりに飛び上がるほど喜んだ!!

 しかも父に言わせると、私が毎日のように大学で「阪大のアイドル」と呼ばれていると話するのを全部信用するわけじゃないが、つい先日、向こうから歩いてくるなんとも可愛らしい女学生がいるな、と思っていたら何と私だった。最近のお前は本当に可愛い。

お金もそのくらい出してやる!と完全に親ばかになった父は劇団の入学金20万をポンと出してくれたのである。

 よっしゃ、ラッキー!! もう私は気分的には月9のドラマのヒロインだからね!!


 この頃よく見た、妄想の入り交じった夢に面白いのがある。題して「ロングバケーション編」

 キムタクがドラマの最中に雑誌で見た可愛い子、すなわち私をドラマの相手役に申し込む。(ああっ・・すごい妄想☆お前は柴咲コウか!!)キムタクはドラマの最中も呼び寄せた私に夢中で、一生懸命アイコンタクトを取ろうとする!(やっぱりかっこいいわぁ間近で見るキムタク・・・)そこへ現れた必死の剣幕の山口智子(ああなつかしい)が「あなたがいるとキムタクがうまく演技できないのよ、彼が気が散るからどこかへ行って」

と涙ながらに私に訴えるのである。見るからに憔悴しきっている山口智子に私は非情にも「でも彼(キムタク)が私を指名したのですから、潔くヒロインの座を譲ってください」(大笑)などと真顔で言っているのである。

 現実逃避もここまで行くと末恐ろしい。こんな夢を見て、

「ああ今日もいい夢見たわぁ」などとまどろむ私がいた。

 さてさてこんな現実逃避のはなはだしい私の劇団生活が始まるのである!!


 こうして阪大に通いながら劇団に通うようになったのだが、最初から大きい役などもらえるわけもなく、(当たり前だ!)「アメンボ赤いなあいうえお」や「なめくじノロノロなにぬねの」や古典的台詞のいいまわしを学ぶ「外郎売り」などの発声練習やダンスのレッスン(ほんと疲れていやだった・・・) 日舞の練習(けっこう楽しかった、これって嫁入り修行になるのかな?)に明け暮れて、日々は刻々と過ぎていった。

 そのうちエキストラの役などを回してくれるようになったが何時間も待って背中が映ればよい方であった。悔しい!(><)

 そのエキストラの役の中でも比較的良かったのは、NHK朝の連続ドラマの「ぴあの」だった。童話作家を目指すヒロイン純名里沙が大竹まことの演じる大学の先生のところに会いに行き、童話についての蘊蓄を垂れるシーンなのだが、大竹まことが何度も同じセリフを忘れてNGを出し、横にいた純名里沙が「私の顔って目も鼻も口もみんな大きいって大竹まことさんが言うんですよ!」と白い歯で明るく笑っていたのが印象的だった。

 この時は、主役の純名里沙さんや大竹まことさんにも挨拶が出来た。純名里沙さんはエキストラの私にもきちんと挨拶をしてくださり、本当に礼儀正しくてさすが宝塚出身だと感心した。この収録の回は某女子大での図書館のシーンだったが、横顔が画面アップでばっちり映り、阪大の同級生にも電話で「私、TVに出るの。絶対見てね!」とちょっと自慢した(^^)

そして、これを見たどこかのテレビプロデューサーが劇団に私のことを問い合わせなど してくれないだろうかと、それはそれは甘い甘い夢を見ていたのだ。

 もちろんそんなことはなかったのだが、(当たり前だ!)次に劇団時代で私にとっては一番の大役が来た!大阪の阪急電車が主催するフジテレビの連続ドラマ、「紅雀達の週末」の主人公の女子高校生の同級生役だ。漫画原作のこのドラマは結構出ている側から見ても楽しかった。

 それにしても主役の女の子の肌の綺麗さにはビックリ仰天した!真っ白できめの細かい、シミ、ソバカスひとつないそのお肌には、そばかすの多かった私は当時、危険なジェラシーを感じたものである!(笑)

 という話はおいておいて、その「紅雀達の週末」のバレンタインを目前にした、ある神戸ロケで、その当時よく阪大にも着て行っていた母が買ってくれたちょっとロンドンっぽい緑のタータンチェックのキュロットとジャケットの私服で出演した。その時、現場のロケの撮影スタッフにけっこう気に入られたみたいで、(^^)何度も私を使ってくれたことにちょっと気をよくしていたら、そのドラマの放映後、予想もしないことが起こった!

当時家庭教師をしていた女の子の母親はすごい剣幕で隣りの部屋で話しているのが聞こえたのだ!

「あの家庭教師の先生、テレビに出ていた!」

「本当に?」

「うん、神戸の方のロケだったみたい」

「本当に阪大生か?」

「ええ、学生証をこの前見せてもらったから」

 この話を聞いていた私は冷や汗が出た。(><)この件は結局、人違いだろうということで決着して、その生徒の成績をビリから2番目のオール1からオール3まで上げた私は感謝され何も言われることはなかった。

 この件は他にも電車の中でどう見ても小学生にしか見えない男の子から、

「あのお姉ちゃんテレビに出てた!」と言われたくらいで(うー情けない、せめて高校生くらいの子に言われたかったものだ!それも何だな)

 この後、劇団が紹介してくれた関西電力のCMのオーディションにも落ちた私は、だんだん劇団に見切りをつけ、大学4年になり就職活動に突入した際に思い切って退団した。

 結局、芸能人になる夢は叶わなかったが、高級車の中で嘉門達夫の替え歌メドレーなどの楽しい音楽を聞かせてくれて実の妹のように可愛がってくれた劇団の綺麗なお姉さん、

槇原敬之そっくりだった面白い子、常盤貴子ちゃんに似ていた東京に行って夢を叶えると言っていたあの瞳がキラキラした子、みんな思い返すと本当に宝物のように愛おしい楽しい思い出だった。

 そんな私は今、小説家の夢に羽ばたこうとしている。

 何にせよいい思い出に変えていく、自分の中のポジティブなパワーを今は信じたい。

 人生悔いがないように生きられたら本望だ。


 阪大のアイドルのエッセイ ~終わり~

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 エッセイ「阪大のアイドル」 穴八真綿 @busukou-ai

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