第15話「辺境の村奪還作戦(2)」

 ──メリダ視点──




 戦況せんきょうは有利に進んでいた。


 敵の襲撃しゅうげきがあることは予想していた。

閃光の魂フラッシュ・スピリット』の兵士たちなら対抗できる。

 それにメリダが加われば、魔物の群れなど恐れる必要はない。


 魔術師メリダはミスラフィル王国に所属する『七剣』だ。

 序列じょれつは第7位。

 位が低いのは彼女の魔術が攻撃ではなく、防御と支援に特化しているからだ。

 そんな彼女につけられた異名は『聖域せいいきのメリダ』。


 ──メリダが防壁を張りめぐらせた領域に、敵は踏み込めない。

 ──メリダの領域に入った味方には、強力な支援魔術が与えられる。


 そんなことからつけられた異名だ。

 今も、メリダは魔術で領域を作り出している。


 彼女の前に展開されているのは高位の魔術防壁まじゅつぼうへき

閃光の魂フラッシュ・スピリット』の兵士たちには、防御魔術と支援魔術が与えられている。


「わたしが支援しえんします! 敵を食い止めてくださいませ!!」

「「「うぉおおおおおおおおっ!!」」」


『閃光の魂』たちは魔物の群れに突撃とつげきしていく。

 彼らは『オークメイジ』が放つ魔術をものともしない。

 メリダが与えた防御魔術が、敵の攻撃を防いでいるのだ。



「バルガス・カイトさまに勝利を!」

「我らの名を呼んでくださったバルガス・カイトさまのために!!」

「我らを見守ってくださる、バルガス・カイトさまのために!!」

「ああ! 今のバルガス・カイトさまのために!!」



「「「『』をつけるな馬鹿野郎ばかやろう!!」」」



『閃光の魂』の士気は高い。

 士気の高さは魔力に、ひいては戦闘力にも直結する。

 そんな彼らに、魔物たちの攻撃は通じない。


『閃光の魂』の戦士たちの武器は『ジャイアント・ウルフ』の軍団を切り裂き、たたき、り伏せていく。

 降り注ぐ魔術をものともせずに『閃光の魂』たちは突き進む。


 そして、次の瞬間しゅんかん──



「メリダ!! あの場所を!!」



 ──不意に、カイトの叫び声が聞こえた。


 メリダが振り返ると、鬼気迫ききせまる表情でこちらを見つめているカイトが見えた。

 彼の指が指し示すのは、舞い上がっている砂塵さじんの一角だ。



「『閃光の魂』の皆さん! 止まってください!!」



 メリダは拡声魔術で指示を出す。

 彼女は即座そくざに走り出し『閃光の魂』の前方に魔術防壁を展開する。



 ガガガガガガガガガガガガッ!!



 その直後、大量の石の槍が魔術防壁を打ちえた。


「この魔術は……魔物のものではありません!!」


 メリダは全力で魔力を注入し、防壁を強化する。

 間一髪かんいっぱつだった。


 防壁の展開が遅れていたら、『閃光の魂』は石の槍の直撃を受けていた。

 この威力いりょくだ。死者が出ていたかもしれない。



「これほどの魔術を操る者……まさか魔将軍ましょうぐんが!?」

「気づいたか。おろかなる人間よ」



 砂塵さじんが消えていく。

 その向こうに現れたのは──人間の倍近くの体躯たいくを持つ、巨大な戦士だった。


 よろいは紫色。

 かぶとにはねじれた角がついている。

 右手には長剣。左手には杖。


 かぶとにも、よろいにも、無数の眼球がついている。

 騎士が身動きするたび、まばたきをして、目を細める。

 まるで、笑っているかのように。


「貴様は……魔将軍パナケラス!?」


 あり得ない。

 国境の村を占拠せんきょしたのは、魔将軍ガイゼスのはずだ。


 魔将軍ガイゼスは獣人を中心とした部隊をあやつる。

 国境の村が陥落かんらくしたのは、奴らの素早い動きに対応できなかったからだ。


 魔将軍ガイゼスの部隊は現在、イングリッドたちと戦っているはずだ。

 その証拠しょうこに、村の上空に魔術で作られた光が浮かんでいる。

 みっつ並んだオレンジ色の光は、王国側が優位に戦いを進めている証拠だ。


 魔将軍同士が連携れんけいして戦うことは、ほとんどない。

 唯一ゆいいつの例外が魔将軍パナケラスだ。

 奴は戦闘に介入かいにゅうして、でたらめを吐き散らし、戦場を混乱にみちびく。

 そんなパナケラスは『虚言きょげんの魔将軍』と呼ばれているのだ。


 もちろん、戦闘力も高い。

 剣と魔術を同時に操る、強力な魔将軍だ。


「そのパナケラスが……ここに」


 メリダは死を覚悟かくごした。

 魔将軍と対等に戦えるのは勇者か剣聖けんせいくらいだ。

 それ以外の者は犠牲を承知で、数を頼りに戦うしかない。


 魔将軍を取り囲み、集団で攻撃する。

 仲間の死をかえりみず、ただ、魔将軍の首のみを狙う。

 魔将軍とは、そうまでしなければ倒せない相手なのだ。


「……ククク。人間どもよ。相も変わらずおろかなことだ」


 魔将軍パナケラスは、笑った。


「ここが死地しちであることも知らず、踏み込んでくるとはな!」

「聞いてはいけません!!」


 メリダは拡声魔術かくせいまじゅつで『閃光の魂フラッシュ・スピリット』に指示を出す。


「魔将軍パナケラスは『虚言きょげんの魔将軍』です。奴はデタラメを並べたてて、こちらの動揺どうようを誘います。耳を貸してはなりません!!」


 奴は魔王軍のトリックスターと呼ばれている。

 敵軍を──自軍さえも混乱させながら、戦いを楽しむ。

 それが『虚言の魔将軍』パナケラスのおそろしさだ。


「「「────おう!!」」」


 メリダの声に『閃光の魂』が答える。


「まどわされはしません!」

「我らはほこたかき『閃光の魂フラッシュ・スピリット』だ!」

「魔将軍の言葉にまどわされるものか!!」


「ククク……それでよいのかな、人間どもよ!」


 メリダの声をかき消すように、魔将軍は拡声魔術で声をひびかせる。


「キサマラは、自分がわなにかかったことに気づいていない」


 魔将軍は牙の生えた口をゆがめて、笑う。


「この地はすでに魔将軍パナケラスの支配下にある! 私はキサマラをむかつために、大量のわなをしかけた。触れれば爆発する魔法陣を100万以上、地にめてあるのだ!!」

「たわごとです!!」


 メリダは即座そくざに否定する。


「そんな数の魔法陣を仕掛しかけるなど不可能です!! それに、この地の魔力的な調査は済ませてあります!!」

「断言してよいノカ!?」

「…………う」

「本当によいノカ? 今、この瞬間しゅんかんにキサマラの仲間が吹き飛ぶかもしれぬのダゾ!!」


 魔将軍パナケラスがのどを反らして笑った瞬間しゅんかん──





 どおおおおおおおおおおぉんっ!!





 轟音ごうおんとともに、カイトのいた場所から、巨大な土煙つちけむりが上がった。



「カ……カイトさま!?」

「「「バルガス・カイトさま──────っ!!」」」

「エエエッ?」



 その光景を目の当たりにした者はひとりの例外もなく、驚きの声をあげたのだった。

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