Dear best tomorrow,
@mottsunn
頭字
世界は完璧ではない。決して、全てが美しいわけではない。私たちにできることに、意味はない。いつかは消えてしまうから。永遠など存在しないから。
ならば、なぜ私たちは生きるのか。何を目指して、歩み続けるのか
――ふと、目が覚めた。この世界のように、真っ黒に塗りつぶされた空を眺める。
その瞳は虚で、思考能力はとうに失せていた。かろうじて残っているのは、呼吸という生命維持機能だけ。
両腕、両足は動くどころか、感覚すら曖昧だ。世界との境界戦がぼやけてしまって、よくわからない。
満点に輝く星々も、もう彼女の瞳には届かない。
永遠に沈んでしまいそうな、深い深い闇。終わりの見えない孤独な日々に、彼女は何を……
「これで……よしっと!」
昨日の嵐で飛ばされた木の柵を直し終えた俺は地面に腰掛け、一口水を飲んだ。
「流石にこの重労働だと水の消費が早いな。無くなる前に後で取りに行くか」
唯一の同居人――親父が死んでから4ヶ月経つ。それ以来人と喋ることなど二週間に一回あるかないかだが、あの頃より喋ること――ただの独り言だが――が増えた気がする。人間、ずっと1人でいるとおかしくなるそうだが、これも一つの防衛規制なのだろうか。
「もうそろそろ人のいる街を探しに行くべきかな」
この前、わざわざここまで来てくれる唯一の行商人から、ずっと東にある街の話を聞いた。そこ出身ではないそうだが、そこそこの規模の街だそうで、よく売買をしに行くらしい。
情報なしであてもなく旅をするのは流石に危険だが、彼女に言えば地図をくれるだろう。安全なルートさえわかれば長旅のリスクも、街での生活というリターンに見合う程度に落ち着くだろう。
もう200年も前、核戦争の勃発、様々な国の報復の繰り返し。電磁パルス攻撃などによるインフラの停止、今となってはその全貌を明らかにする記述は存在しないが、これらの終末戦争は世界をわずか2日で再生不可能なほどに滅ぼした。
俺の住む国――昔は日本と呼んだそうだが――でも、大都市圏はほぼ全壊。放射線により近づくことさえできなくなり、人里離れた僅かな土地のみが、生き物に許された
国外がどうなっているのか、奇跡的に被害が最小限に済み、施設と人材が十分あるような都市の人なら知っているかもしれないが、俺のような1人で細々と生きる人間には縁のない話だ。
そもそも、そのような都市があるのかさえもわからない。噂、というか彼女の話だとあるようだが、直接見た経験はない。
何はともあれ、この荒廃した終末世界で毎日何とか生きているのが俺、
「西側の小屋も...いや、もう使わないし放置でいいか?」
異常気象にはもう慣れっこだが、それにしても昨晩のは酷かった。
とりあえず生活していく上で必要な施設、設備は修理したが、それ以外はとても今日中では間に合わないだろう。
そもそも資源だって無限ではない。あのボロ小屋は親父がちょくちょく使っていたが、それだけで特に大切なわけではない。
親父が死んだ後にそこにあった工具などはすでに拝借しているので、いっそのこと壊し切って資材に変えるのも手だろう。
そんなことを考えながら、家の反対側へと向かっていく。見えてきたところで、
「これは……」
思わず声が出る。完全にペシャンコになってしまっている。
もともと古い建物であったし、使わないので放置していたから、かなり老朽化していたのだろう。俺のような素人ではどうしようもないほど崩壊してしまっている。
「流石になおせないな、コレは」
一応有用なものがないか、被害の確認がてら瓦礫の中に足を踏み入れる。放置していても、またこのような嵐が来て瓦礫が家方面に飛ばされては危険だ。なるべく早く片付けたほうがいいだろう。
「おっと」
足元がぐらつく。この小屋は清掃もろくにしてこなかったので、傷口からの感染リスクが高い。
ただの怪我なら余程でなければ問題ないが、病気はまずい。薬が手に入りづらいし、行動もとても制限される。1人で生きており、頼ることのできる相手がいない俺だと、病気は死に直結しかねない。
ゆっくりと、足元に気をつけて進んでいく。数箇所、瓦礫が山のように積み上がっている所もある。倒さないように、そっと周りを回って行く。
瓦礫やガラスの破片、材木、人の手、それらの上を、バランスが崩れないよう慎重に――
「うん?」
振り返る。砂利に塗れたゴミ山の中に、確かに人の手が僅かに出ている。
「……は?」
この小屋はもちろん、ここら辺に俺以外の人が住んでいないことはわかり切っている。つまりコレは、昨日の嵐のうちに来たと言うことだ。
恐る恐る近づく。見えている部分は色白で細い。手の大きさからして、まだ12歳ほどではないだろうか。昨日の嵐に、これだけ瓦礫の下敷きとなっていては死んでしまっているだろうが、それにしては妙に生気がある。
「…………」
しばらく悩んだが、放置していてもどうしようもないので助け出すことにする。腕は触ってもプランプランするだけで、意識があるとは思えない。
上から崩れないように、ゆっくりと瓦礫の山を片付ける。腕以外の部分が見えてきて、改めて驚く。簡素な衣服はズタズタだが、外傷はほとんど見られない。
もしやと思い、脈を測ってみる。が、やはり止まっている。胸の奥の方が少し痛むのを感じながら、瓦礫の撤去を再開する。
最後、上半身に覆い被さるように乗っていた瓦礫をどける。半身が見えてきたあたりから薄々気づいていたが、確実なものとなり、改めて少し動揺する。
遺体は少女のものであった。半身だけではない。全身、一切傷がない。あれだけ押しつぶされておきながら、何と言う奇跡だろうか。死因が怪我によるものでないなら、恐らくは低体温症か。ならば、俺がもっと早くここにきていれば、もしかしたらこの子は...
「……いや、やめだ。やめ」
たらればから思考を戻し、目の前の現実に目をやる。
幼さを残しながらも、端正で整った顔立ち。一点、この国では珍しい白髪であると言う点を除けば、一般的な少女である。この年齢の女性に会うのは初めてなので若干ドギマギするが、それより気になる点がある。
「こんな格好で治外区域に居たのか…?」
彼女が着ているのは、薄い布切れ一枚。今となってはボロボロだが、それ以前も何か特筆した機能を持っていたとは思えない。
ここで潰される以前は何かしら防衛機能を持った機器を装備していたかもしれないが、周辺にそのようなものは見られない。
そもそも、防護服は嵐程度で脱げない仕組みになっている。いくら昨日のものが酷かったとしても、着ていた形跡は残っているはずだ。
つまり、この子はほとんどまともな装備を持たず、放射線、獣、自立型兵器などが蔓延する外、すなわち治外区域にいたとなる。
何より問題なのは、どこから来たのかだ。
あの行商人の言うことが正しいならば、この家から一番近い街でも10日、このような少女なら2週間はここにくるまでにかかるはずだ。装備なしではどう考えても食料がもたない。
川自体はないことはないので、簡易検査キットが無くとも、運が良ければ汚染していない水を入手することもできる。
ただ、食べ物についてはそうはいかない。食べれるような実のなる草木などほとんど存在しないし、運良く見つけられてもそれだけではどう考えても足りない。
俺たちが見落としている集落が周辺にあると言えばそれまでだが、そのような街がないことはあの行商人と俺が充分わかっている。
ならば野生の生き物を狩ったということになるが、それもそれ相応の物品がなければ不可能だ。奇跡的にここに辿り着けたとしても、飢餓で限界のはず。にしては、妙に健康的――痩せてはいるが、充分一般的――な体つきをしている。
「……」
出身、白髪、ここまで来た方法、奇妙なことは様々ある。だが、今更考えたところで無駄だ。何も聞いても、この少女が何かを答えることはない。
「…ごめんな」
謝ったってどうしようもない。が、自然と口からこぼれた。できることと言えば、彼女を埋葬してあげることくらいだ。
とりあえず彼女を移動させようと思って、初めて自分が拳を固く握っていたことに気づいた。
爪が食い込み、僅かに血が滲む。痛い。親父の時もそうだった。非力なこの手が憎い。
少し深呼吸をして心を落ち着かせる。改めて彼女を持ち上げる。軽い。次の瞬間、左の腕に僅かに鼓動を感じた。
「えっ?」
あまりの驚きに一瞬落としそうになる。慌てて抱き直し、右手で脈を測る。
……動いている。胸と腹部を見ると、確かに呼吸もしている。そんな馬鹿な。先程まで呼吸はもちろん、脈も止まっていたはず。
まさか測れていなかった?確かに経験は少ないが、親父の時に幾度となくやったから間違えてるとも思えない。
いや、今はそんなことはどうでも良い。とにかくこの子を助けないと。何を?どうやって?体温も呼吸も普通。怪我もない。何をすれば良い?
あたふたしながら、とりあえず家に連れて行こうと思う。あそこならそこそこ検査もできるはずだ。
駆け出したその一歩は、未来に向けてか。はたまた、地獄に向けてか。
なんにせよ、全てはここから始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます