第6話 決別する妻

「マリーさん、これはどこに置けばいいですか?」

「それは、倉庫に入れてください」

「分かりました!」



 ルーク様と離婚して1年後。

 私は現在、資金繰りで働いていた商会で幹部としてバリバリ働いていた。


 ――前世では早朝から深夜のブラック労働だったけど、今世は朝から夕方までの残業無しだから最高よね!



「お疲れ、マリー」

「お疲れ様です。商会長」



 後ろから名前を呼ばれて振り返ると、そこには商会長のロメル様がいた。


 ――オレンジ色の髪に緑色の瞳に整った顔立ち。話し上手で誰にでも優しいから商会員のみならず、お客様からの信頼も厚いよね。


 実は、ロメル様はゲームの攻略キャラの1人で前世の私の推しだった。

 なので、資金繰りを考えた時、彼の営む商会で働こうと決めたのだ。



「それにしても、マリーの考えた商品のお陰で、売り上げも大幅に上がったよ」

「ありがとうございます」



 それは、離婚してすぐの頃。

 前々からこの世界の美容関係の商品が前世に比べて種類が少ないことに気づいていた私は、前世で美容関係の仕事をしていた頃の知識を活かして試作品を作り、それを商会の皆様にプレゼン。

 その結果、私がプレゼンをした商品の数々は全て商会の主力商品となっていた。


 ――推しのためだったら前世の知識を活かすわよ!



「それでマリー、この後なんだけど……」

「お話中のところ失礼します」



 照れくさそうな顔をしたロメル様が何かを言おうとした時、接客をしていた商会員が声をかけてきた。



「何だ、今少しだけ忙しいのだが」

「す、すみません! ですが、マリーさんにお客様が来ていまして」

「私に?」

「はい。何でも、『ルーク・グラジオス』という方がマリーさんに会いと」

「っ!」



 ――今更会いに来るなんて……そもそも、どうしてこの場所が分かったの?


 困惑と怒りで震える手で拳を作った私は、大きく息を吐いて頭を冷やす。



「そんな方、存じ上げません。さっさとお帰りいただき……」

「マリー!」



 追い返すよう指示を出した瞬間、商会員達に止められながら店の奥に入ってきたルーク様が、私の手を握ると懇願するように跪いた。



「俺が悪かったから再婚してくれ!」

「は?」



 そこから、ルーク様がどうして私と結婚して離婚した経緯を話し始めた。

 王家主催のお茶会で他の令嬢と楽しそうに笑っていた私に一目惚れしたルーク様が、両家の両親に頭を下げて私を婚約者にしたそう。


 けれど、幼馴染のルーク様と結婚したかったハイドラは、彼との距離を縮めようと親戚の家令に無理を言って彼の専属メイドとして働いた。


 ルーク様に健気に尽くすハイドラに、感化された使用人達は彼女をルーク様の妻にしようと動き出す。


 その結果、私と距離は縮まらず、挙句の果てに結婚式後にハイドラから『彼女なら他の男と出て行きました』と嘘を吹き込まれ、それを信じたルーク様は白い結婚を貫いて離縁状にサインした。


 けど離婚後、ルーク様は幼馴染としか思っていない彼女と結婚しなかった。


 そこでハイドラは、『2人は結婚した』という噂を流して外堀を埋めようとしたが、噂を聞いて激高したルーク様に詰め寄られて口論になった。

 その中で、ルーク様は感情的になったハイドラから事の真相が聞いたのだ。


 ちなみに、グラジオス夫妻は『息子を幸せにしてくれるならどちらでも良い』とのこと。


 ――ゲームのエンディングでは、2人は結婚をしていた。けれど今、2人が結婚していないのは、私が悪役令嬢として果たしていなかったからよね。だからと言って、今更すぎるけど。


 懇願するルーク様から手を離した私は、一歩下がると深々と頭を下げた。



「申し訳ございませんが人違いです。お引き取りください」

「いや、確かにその髪にその瞳は間違いなくマリー……」



 その時、無表情のロメル様が私を庇うようにルーク様の前に立った。



「お引き取りください。さもなければ、憲兵隊に来てもらいますよ」

「あ、あなた様は……!」



 ロメル様から冷たい目を向けられ、顔を引き攣らせたルーク様は逃げるように商会を後にした。



「商会長、助かりました」

「良いよ。その代わり……この後、僕に時間をくれませんか?」

「えっ!?」



 私の手に唇を落としたロメル様が実はこの国の第3王子で、彼からプロポーズを受けることになるとは、この時の私は思いも寄らなかった。

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どうやら白い結婚でした 温故知新 @wenold-wisdomnew

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