第37話 僕にも意味があるんだ……!

怪物を倒した後の静けさは、いつも妙に現実感を伴う。破片も血もない。ただ、黒いモヤのようなものが消え、何事もなかったかのように世界が戻る。だが、僕の中では違う感覚が広がっていた。


「やっぱり、僕にもできるんだな……。」


拳を見つめながら呟く。変身している間だけど、この力が確かに誰かを守った。そう思える瞬間が、今の僕には何よりも大切に思えた。


以前の僕は、自分に何かを成し遂げる力があるなんて思っていなかった。学校では目立たない存在で、友人もごくわずか。それでも、今は違う。この拳で誰かを守れる。自分にも意味があると思える。それが、どれだけ自分を変え始めているのか、少しずつ実感し始めていた。


ペンダントが微かに振動をやめ、静かになる。それを感じ取ると、僕は変身を解除した。元の自分の姿に戻ると、体が少しだけ重く感じる。でも、それよりも心の中に芽生えた感情の方が重い気がした。


「次も、ちゃんと守れるよな……。」


ふとそんな不安がよぎるけど、すぐに頭を振って追い払った。もう逃げたくはない。次にペンダントが反応した時も、僕はこの拳で誰かを救うつもりだ。


街を歩きながら、自然と足が家とは違う方向へ向かっていた。どこに行きたいわけでもない。ただ、この気持ちを少しだけ整理したくて、静かな場所を探していた。偶然にも目に入ったのは、いつも通る小さな公園だった。


公園のベンチに腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げる。夕焼けのオレンジ色が空を染めていて、どこか心を落ち着ける。


「僕にも意味があるんだ……!」


小さな独り言。だけど、今までの僕にはなかった感情だ。達成感と自信。それがこんなに温かいものだとは知らなかった。


でも、同時に責任も感じる。この力を持つ以上、ただの日常には戻れないのかもしれない。けれど、それでも――


突然、ポケットの中のスマホが振動した。画面を覗くと、クラスのグループチャットでみんながワイワイ話しているのが見えた。


「山田くん、今日もお疲れさま!」

「次の段取り、また手伝ってくれると助かるな!」


そんなメッセージが送られてきている。ついこの間まで、僕がこんなふうに頼られるなんて思いもしなかった。でも、それも含めて今の僕には悪くない。


「よし……帰るか。」


立ち上がって、再び歩き出す。次はどんなことが待っているのか、それが少し楽しみになってきた。



翌朝、目が覚めると、なぜか昨日のことが頭に浮かんだ。怪物を倒した達成感、それに伴う自信。あの感覚がまだ残っている。鏡を見ながら、僕は深呼吸をしてみた。


「よし、今日も頑張るか。」


これまでは「とりあえず」過ごしていた日常だったけど、今は少し違う。自分の中で小さな変化が起きているのを感じる。気持ちが軽い。学校に行く準備をする手つきも、どことなく軽やかだ。


リビングに降りると、妹が新聞を広げながらパンをかじっていた。僕の姿を見て、少し驚いたように目を丸くする。


「なんか……いつもより早いじゃん。どうしたの?」


「そうか?たまにはいいだろ、早起きしてみるのも。」


自然な笑みを返すと、妹は「ふーん」と興味なさそうな態度を取ったけど、どこか嬉しそうな顔をしている。


母親も台所から顔を出してきた。


「今日はなんだか機嫌がいいわね。いいことでもあったの?」


「別にそういうわけじゃないけど、まあ、なんとなく。」


母の微笑みに照れくささを感じながらも、自然と食事の手伝いを始める。こんなやり取りも、今までなら考えられなかった。



学校に着くと、廊下で田中に声をかけられた。


「山田、おはよう!なんか最近調子良さそうだな。何かいいことでもあったか?」


「いや、特にないけどな。まあ、普通にやってるだけだよ。」


「そうか?でも、クラスの奴らもお前のこと褒めてたぜ。なんか頼りになるって。」


そんなこと言われると照れるけど、悪い気はしない。教室に入ると、みんながいつも通り騒いでいるけど、僕に向けられる視線がどことなく暖かい気がする。


授業中、隣の席の佐藤さんが小声で話しかけてきた。


「ねえ山田くん、昨日の話だけど、次の班活動でもリーダーお願いしていいかな?」


「え?俺が?まあ、みんながいいならやるけど……。」


「ありがとう!やっぱり山田くんがいると、まとまるんだよね。」


その言葉に、心の中で小さく拳を握る。自分でも分かる。少しずつだけど、自信が芽生えているのを。



放課後、いつものように家に帰ると、妹がソファに寝転びながらテレビを見ていた。僕が近づくと、ちらっとこちらを見る。


「なんか、最近兄ちゃん変わったよね。」


「そうか?別に変わってないと思うけど。」


「ううん、変わったよ。なんていうか、前より元気っていうか、楽しそう?」


妹の言葉に少し考え込む。でも、確かに自分の行動や気持ちが変わってきているのは自覚していた。


「そうかもな。でも、それが悪いってわけじゃないだろ?」


「まあね。悪くないよ。なんか、ちょっと兄ちゃんらしいって感じ。」


妹が小さく笑うのを見て、僕もつられて笑った。この力を得たことで、自分だけじゃなく、家族や周りの人との関係も変わっていく。それが悪いことではないと、少しずつ確信を持ち始めていた。

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