第32話 お兄ちゃん、すごいね

怪物が鋭い爪を振り上げ、妹に向かって一気に振り下ろした瞬間、僕は無意識に体を動かしていた。ペンダントの力で拳を振りかざし、その爪を真正面から弾き返す。衝撃が響き、怪物の腕が大きく後方に跳ね返る。


「お兄ちゃん……?」


妹の小さな声が背後から聞こえた。その声には驚きと混乱、そして一瞬の恐怖が入り混じっているのがはっきりと分かった。


僕は振り返らず、怪物をにらみつけたまま短く言った。


「説明は後だ!」


怪物が低い唸り声を上げながら、再び構え直す。その動きは荒々しく、けれど間違いなくこちらを敵として認識している。僕は拳を強く握りしめ、全身の力を集中させた。


「ここは僕がやる。妹には指一本触れさせない!」


怪物が再び突進してきた。さっきの攻撃を受けたことで警戒心を強めたのか、その動きは一層素早く、鋭くなっている。だけど、僕も慣れてきた。力の使い方、動き方、すべてが戦うために馴染んできている。


「来い!」


怪物の右腕が僕に向かって振り下ろされる。僕はその軌道を見切り、ギリギリのタイミングで横にステップしてかわす。その瞬間、反撃の拳を繰り出し、怪物の胴体に打ち込む。


「っらぁ!」


拳が命中し、怪物が後退する。鈍い衝撃音と共に黒い霧が弾け飛ぶ。だけど、まだ倒れない。その姿は一瞬崩れかけたが、すぐに再び形を取り戻した。


「しぶといな……。」


僕は一息つきながら、後ろにいる妹に声をかけた。


「離れてろ!ここは危ない!」


「え、でも……。」


「いいから!」


僕の叫びに、妹は迷いながらも数歩後ずさった。彼女を守るためには、早くこの怪物を倒さなければならない。


怪物は再び距離を詰め、巨大な腕を振り回して攻撃を仕掛けてくる。その攻撃を何度もかわし、時折反撃の拳を叩き込むが、決定打にはならない。


「このままじゃ、終わらない……!」


ペンダントが微かに震え、手元がわずかに熱を帯びる。その感覚が僕に新たな力を示唆しているのがわかった。視界の端で妹がこちらを心配そうに見つめている。


「見てろ。僕は負けない!」


拳をさらに強く握りしめ、全身の力を解放する感覚に身を委ねる。ペンダントが一層輝きを増し、拳の光が怪物を目がけて収束していく。


「これで終わりだ!」


全力を込めた拳が怪物の中心に突き刺さる。衝撃波が広がり、怪物の形が崩壊し始める。断末魔のような音を上げ、黒い霧は完全に消え去った。


戦いが終わり、僕は拳を下ろした。ペンダントの光が収まり、辺りに静けさが戻る。振り返ると、妹が目を見開いて僕を見ていた。


「お兄ちゃん……だよね?」


その声には困惑と疑念が混じっていたけど、僕はただ笑顔を作るだけだった。


「だから、説明は後だって言っただろ?」


そう言いながら、僕はそっと彼女の頭を撫でた。



公園に移動し、ベンチに腰を下ろした僕たちは、少しだけ息を整えた。さっきまでの戦闘の緊張がようやく解けたけど、隣にいる妹の視線が僕に突き刺さるように感じる。


「お兄ちゃん……さっきの、何?」


妹は不安そうな顔で僕を見つめている。その目には恐怖も、驚きも、そして少しの期待も混じっているようだった。


僕は頭を掻きながら、できるだけ簡単に説明することにした。


「うーん、どこから話せばいいのか……。実はさ、さっきの怪物みたいなの、あれが人の負の感情から生まれることに気づいたんだ。」


「負の感情……?」


「そう。ストレスとか怒りとか、そんな感情が溜まりすぎると、黒いモヤみたいなのが出て、それが怪物を作り出す。それで、その怪物を倒さないと、被害が広がるかもしれない。」


僕の話を聞いているうちに、妹の表情は少しずつ険しさを増していった。


「で、お兄ちゃんは、それを倒してるの?」


「ああ、そうだよ。でもただの人間じゃ無理だろ?だから、このペンダントが力をくれるんだ。変身して戦うためのね。」


「変身……って、さっきの……?」


妹が手を組みながら小さな声で聞いてくる。その言葉には、どこか戸惑いが隠せない様子があった。


「まぁ、そうだな。さっきのがその姿だよ。男なのに魔法少女みたいな格好だなんて、自分でも変な感じだけど、これがなきゃ戦えないからさ。」


僕は少し笑いながら言ったが、妹の顔は険しいままだった。


「そんな危ないこと、どうしてお兄ちゃんがやってるの?」


「やれる人が少ないからだよ。僕がやらなきゃ、誰かが犠牲になるかもしれない。今日だって、あの怪物は確実にお前を狙ってた。僕がここにいなかったら、どうなってたかわかるか?」


その言葉に、妹はハッとした表情を見せた。しばらくの間、黙り込んでいたけど、やがて小さく息を吐いて顔を上げた。


「……お兄ちゃん、すごいね。怖いけど、ちゃんと戦ってるなんて。」


その声には、少しの尊敬とたくましさを感じ取れる。


「でも、無理だけはしないでね。絶対に怪我しないでよ。」


「大丈夫だよ。ありがとうな。」


僕がそう言うと、妹は微かに微笑みを浮かべた。



帰り道、妹はいつもより少しだけ僕に寄り添って歩いていた。その姿を見て、何かが変わったことを感じ取る。


家に帰ると、僕と妹は自然とリビングで一緒にいる時間が増えた。母さんがそれを見て、「珍しいわねぇ」と笑顔を見せたし、父さんもいつになく和やかだった。


「最近、いい雰囲気だな。」


父さんがポツリと言ったその言葉に、妹が少し照れくさそうに笑った。僕はその光景を見ながら、戦う理由がまた一つ増えた気がした。


「家族のために、僕はこれからも頑張ろう。」


そう心に決めながら、その夜は久々に安らかな眠りについた。

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