第30話 僕の妹に手を出すな!
家に向かう途中、ペンダントが静かに震え始めた。ポケット越しに伝わる感覚は弱いけれど、昨日と同じ警告を発しているようだった。周囲の喧騒が遠のき、嫌な胸騒ぎが頭を支配する。
「…またか。」
僕はペンダントを握りしめ、辺りを警戒しながら歩き出した。黒いモヤが現れるのは、もしかしたらどこかで誰かが負の感情に囚われているせいかもしれない。だけど、この近くには人がほとんどいないように見える。
その時、遠くから聞こえてきた声が耳を打った。
「もう!気をつけてよ!」
聞き覚えのある声だ。妹――あいつだ。この近くにいるのか?嫌な予感に駆られて声の方へ駆け寄った。
公園の入り口に差し掛かると、妹が誰かと何か揉めているのが見えた。普段からしっかり者で、思ったことをはっきり言う彼女らしい光景だが、今はそれどころじゃない。ペンダントの震えが一気に強まり、胸元がじんわりと熱を持ち始める。
「おい、早くそこから離れろ!」
僕の叫びが届くよりも先に、彼女の足元から黒い霧がゆっくりと広がり始めた。その霧は渦を巻きながら徐々に濃くなり、やがて怪物の形を取り始める。妹は状況が飲み込めないのか、ただ立ち尽くしていた。
「逃げろ!」
全速力で駆け寄り、妹と怪物の間に割り込む。その瞬間、ペンダントが眩しい光を放ち、僕の体を包み込んだ。視界が白一色になり、いつもの変身が始まる。全身が温かいような、電流が走るような奇妙な感覚に包まれ、装備が次々と体に装着されていく。
変身が終わり、黒と銀の戦闘服に身を包んだ僕は、拳を構えて怪物と向き合った。怪物は全身が鋭い棘で覆われており、その赤い目が僕と妹を交互に睨みつけている。まるで狙いを定めているようだった。
「こっちだ!」
僕は怪物の注意を引きつけるために叫びながら拳を振り上げた。その瞬間、怪物が鋭い腕を振り下ろしてきた。それを手袋の甲で弾き返し、すかさず間合いを詰める。
「僕の妹に手を出すな!」
怒りに任せて渾身の拳を叩き込むが、怪物は倒れない。それどころか、さらに勢いを増して反撃してくる。
「しぶとい…けど負けない!」
ペンダントがまた光り出し、新たな力が全身にみなぎるのを感じた。スピードが上がり、防御力が強化されている感覚がある。この力なら――いける!
僕は一気に踏み込み、怪物の動きをかわしながら致命的な隙を見つける。そして、全身の力を拳に込めて一撃を放った。
「これで終わりだ!」
拳が怪物の中心を貫いた瞬間、衝撃波が周囲に広がり、怪物は断末魔の叫びを上げながら霧となって消えた。
僕は拳を下ろし、息を整えながら振り返った。妹が目を丸くしてこちらを見つめている。何か言おうとしたが、僕は黙ってその場を離れることにした。
「…ありがとう!」
妹の声が背後から聞こえる。その言葉に少しだけ胸が温かくなるのを感じながら、僕は変身を解き、夜の街へと溶け込んでいった。
*
「…僕の妹?」
*
家に帰ると、妹がリビングでスマホをいじっていた。僕が靴を脱ぐ音に反応して顔を上げると、すぐに僕をじっと見つめてきた。妙に観察するようなその目が気になったが、気づかないふりをして鞄を置いた。
「ただいま。」
「おかえり。遅かったね。」
普段なら軽く流れる会話のはずが、今日の妹の声はどこか探るような響きを帯びていた。リビングのソファに腰掛けた妹が、スマホを机に置きながら、何気ない風を装って言葉を続ける。
「ねぇ、今日さ、公園で見たんだけど。」
「ああ、何かあったのか?」
自然に返したつもりだったが、妹の次の言葉にドキリとする。
「すっごく綺麗なお姉さんがいたの。黒い服で、すごく目立ってて、なんか強そうな雰囲気だったんだよね。」
「へぇ、それで?」
「それだけなんだけどさ…ちょっと不思議な感じがして。」
妹の視線が鋭く僕を追う。僕は冷静を装いつつ、水を飲むためキッチンに向かいながら軽く笑った。
「綺麗なお姉さんがいたくらいで、そんなに印象に残るのか?」
「うん、だってさ、そのお姉さん、なんか見た目はすごい綺麗なのに、雰囲気がどこか男っぽいっていうか…変わってたの。」
「ふーん。じゃあ、そのお姉さん、すごい強そうだったんだろ?あんまり近づかない方がいいんじゃないか?」
水を飲みながら適当に言葉を濁す。だけど、妹の疑念の目はまだ僕を捉えたままだ。
「ねぇ、お兄ちゃん、その人知らないよね?」
「知らないよ。公園に寄った覚えもないし、僕がそんな綺麗なお姉さんと関わる理由もないだろ?」
「まぁ、そうだよね。」
妹は一度頷きながらも、まだ腑に落ちない顔をしている。僕は家族を不安にさせないためにも、怪物や戦闘の話題を出すわけにはいかない。ここは慎重に切り抜けるしかない。
「でも、なんか気になるんだよね…あのお姉さんの後ろ姿、ちょっとだけ誰かに似てた気がして。」
「ほらほら、思い込みだろ?そんなこと言ったら、世の中には似た人なんてたくさんいるんだよ。」
笑いながら言い切ると、妹は少し考え込むような仕草を見せたが、追及はしてこなかった。
「うーん、まぁ、いいか。変なこと気にしても仕方ないしね。」
「そうそう、気にするな。」
妹が話を引き下げてくれたことで、僕はようやく緊張を緩めた。でも、完全に疑念が消えたわけじゃないのが伝わる。妹の視線がどこか探るようだったのが気にかかるが、これ以上突っ込まれる前に僕は話題を変えることにした。
「今日は疲れたし、ちょっと休むよ。」
「うん、そうして。」
妹の声を背中に聞きながら自室に戻り、ベッドに腰掛ける。ペンダントをそっとポケットから取り出して見つめた。
「綺麗なお姉さん、か…。いつまでこの秘密を隠し通せるんだろうな。」
ポツリと呟き、ペンダントを机の引き出しにしまい込むと、僕はひとつ息を吐いた。
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