第28話 こいつ…あの人から生まれたのか?
夕方の街を歩いていると、一人の女性が目に入った。白いブラウスにジーンズというごく普通の服装だが、その動きが妙に引っかかる。足取りがふらついている上、周囲を気にするように何度も立ち止まったり、何かを呟いているように見える。
「何してるんだ…?」
思わず足を止め、その様子を見つめてしまった。普通なら気にせず通り過ぎるところだが、その女性には何か得体の知れない違和感があった。
彼女はしばらくの間、足元を見つめていたが、やがて顔を上げて歩き始めた。僕は気になってその後をつけることにした。距離を保ちながら彼女の動きを追うと、どうやら目的地があるわけでもなさそうだった。
大通りを抜けた先、彼女は静かな住宅街へと入っていった。夕暮れの街灯がほんのり明るさを放つ中、彼女のふらふらとした動きが目立つ。周囲に他の人の気配はほとんどない。僕は距離を取りながら、静かに足音を消して後を追い続けた。
彼女はやがて、さらに人気のない狭い路地に足を踏み入れた。人通りもほとんどなく、建物の影が長く伸びている。僕の胸には一層の警戒心が湧き上がる。ここまで来ると、彼女の不安定な動きがますます異常に思えてきた。
突然、彼女が立ち止まり、頭を抱えるような仕草をした。
「…大丈夫か…?」
小さく呟いたが、声をかけるわけにはいかない。彼女はそのまま背を丸めるようにして、微かに体を震わせている。そして――異様な現象が目の前で起きた。
彼女の背中から黒いモヤのようなものがふわりと立ち上がった。そのモヤは渦を巻くように彼女の周りを漂い、次第に形を変え始める。僕は思わず息を呑む。
「これ…何だ?」
目の前でその黒いモヤが人型の輪郭を作り出し、やがてそれが怪物へと変わる。全身が黒く、鋭い爪を持つ怪物が、その場に静かに立ち上がった。その瞬間、女性が力なく崩れ落ちる。
——ペンダントが震え、熱を帯びる。
僕は反射的に女性に駆け寄ろうとしたが、怪物が低い唸り声を上げてこちらを見た。鋭い赤い目が僕を捉えた瞬間、全身に緊張が走る。女性はその場で気を失っているようだった。顔色は青白く、まるで何かを吸い取られたかのようだ。
「こいつ…あの人から生まれたのか?」
怪物はゆっくりと動き出し、鋭い爪を見せつけるように構える。僕は変身の準備を整えながら、その動きを見逃さないように集中する。
怪物が唸り声を上げ、一歩踏み出した瞬間、僕はペンダントを握り締め、変身の光を身に纏った。
「――変身!」
ペンダントが強烈な光を放ち、僕を包み込むと同時に、怪物が動き出した。僕はその光の中で拳を握りしめながら、目の前の状況を冷静に把握しようとした。気を失った女性を背後に、怪物の赤い目がじっとこちらを睨んでいる。
女性から発生した黒いモヤが怪物の正体だとしたら、この現象は一体何なのか?これまでの怪物はどこからともなく現れるだけだったのに、目の前で「生まれる」瞬間を見てしまったことに、頭が混乱する。
「今は考えるな。まずは目の前のこいつを何とかしなきゃ。」
僕は拳を構え、一歩踏み込んだ。怪物はその動きを見て、鋭い爪を振り上げる。だけど、僕はその攻撃を読んでいた。足を軽く動かしてその爪をかわし、間合いを詰める。
「そいつは甘い!」
拳を振り下ろすと、手袋の甲に刻まれた紋様が強く輝き、怪物の胴体に衝撃を与えた。怪物の黒い体が揺らぎ、ひびが入るのが見えた。だけど、まだ倒れない。唸り声を上げ、さらに激しく動き出す。
「しつこいな…!」
僕は間合いを取り直し、冷静に次の手を考える。女性が近くで倒れている以上、下手に怪物の攻撃を誘発するわけにはいかない。この狭い路地で戦うには、正確な一撃が必要だ。
怪物が再び突進してくる。その動きに合わせて僕は反射的に左へステップを踏み、拳を振り抜いた。その一撃が怪物の頭部に直撃し、ついに怪物が霧散する。
黒い霧となって消え去る怪物を見届けると、僕は肩で息をしながら変身を解いた。倒れた女性に駆け寄り、その様子を確認する。まだ意識は戻らないが、ゆっくりと呼吸している。命に別状はなさそうだ。
「でも…何が起きたんだ、さっきの。」
女性が怪物を生み出した――その事実が頭を離れない。怪物が増えている理由が、これまで以上に謎めいて見えた。僕は女性の無事を確認しながら、この出来事の意味を考え続けた。
「ペンダント…お前は、これを知ってたのか?」
ポケットの中で冷たく静かなペンダントに問いかけても、もちろん返事なんてない。僕は一つ息をつき、女性が倒れているようだと、警察に電話をかけた。
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