第16話 お兄ちゃん、なんかいつもより明るくない?

夕飯の時間、食卓にはいつも通りのメニューが並んでいた。母親の手料理でいっぱいのテーブルに、湯気が立ち上る。肉じゃが、味噌汁、焼き魚――家族みんなが大好きな定番のメニューだ。俺は空腹を感じながら箸を手に取り、まずは肉じゃがに手を伸ばす。


「いただきます!」


家族全員で声を合わせ、夕飯が始まった。妹がまずご飯を一口食べ、何かを思い出したように俺をじっと見た。


「お兄ちゃん、なんかいつもより明るくない?」


「えっ?そんなことないだろ。」


思わず箸を止めて、妹の顔を見返した。普段は適当に食べている俺だが、今日は確かに食欲も旺盛で、気分が軽かったのは事実だ。


「いやいや、絶対そうだって。なんかね、目がキラキラしてる気がするもん。」


妹の突拍子もない発言に、俺は少し顔が熱くなるのを感じた。


「目がキラキラって…大げさだろ。それより、ほら、肉じゃが食えよ。」


慌てて話題をそらそうとする俺に、母親が笑いながら口を挟む。


「でも、私もそう思うわよ。なんだか今日はいつもより元気そうね。何かいいことでもあったの?」


「えっ、いや、別に…普通に学校行ってただけだよ。」


あまりにあっさりした答えに、妹がすかさずツッコミを入れてきた。


「それが怪しいんだよね~。お兄ちゃん、何か隠してない?」


「隠してないって。」


俺がそう言うと、今度は父親が笑顔で口を開いた。


「まぁまぁ、いいじゃないか。明るいのは良いことだよな。今日は肉じゃがも特に美味しいし、気持ちが明るくなるのも分かるよ。」


父親はあまり口数が多い方ではないけど、こうして家族の会話を見守りながら、時折温かい言葉をかけてくれる。それがなんだか安心感を与えてくれるのだ。


「お父さんの言う通りだよ。肉じゃががうまいからだろ、きっと。」


俺は母親の料理にフォローを入れつつ、話題をそちらに向けた。家族みんながクスクスと笑い合い、和やかな雰囲気が広がった。



夕飯を終え、後片付けを母親と妹に任せた俺は、自分の部屋に行く前に風呂場へ向かった。湯船に浸かりながら、今日のことをぼんやりと振り返る。あの怪物を倒したこと、少年の笑顔、そして家族との団らん。


「悪くない一日だったかもな…」


独り言を呟きながら、温かい湯が全身に染み渡るのを感じる。ペンダントのことを思い出し、無意識に胸元に手を当てたが、今はポケットに仕舞われているだけだ。


「…これからどうなるんだろうな。」


深く考えるのはやめた。今はとにかく、この穏やかな時間を楽しむべきだ。



風呂から上がり、髪をタオルでざっと拭きながら自室に戻る。ドアを開けて電気をつけると、慣れ親しんだ部屋が目に入る。机の上には教科書やノートが積まれていて、その横には使いかけの消しゴムが転がっている。昨日までと何一つ変わらない、平凡な部屋だ。


「はぁ…疲れた…」


ベッドに腰を下ろし、ポケットにしまっていたペンダントを取り出した。戦いが終わった後も、これが静かに光っていたのが印象に残っている。今はその光も消え、ただのアクセサリーに戻ったように見える。


「…これ、なんなんだよ。」


ペンダントを手のひらで転がしながら、ぼんやりと考える。今日起こったことが頭の中を巡る。怪物、少年、戦闘、そして「魔法少女」としての自分。全部が現実離れしていて、どう受け止めていいかわからない。


「俺、ただ普通に生きたいだけだったんだけどな…」


軽くため息をつきながら、ペンダントを机の上に置く。これを使わなければ、普通の生活に戻れるのかもしれない。だが、その時ふと、今日助けた少年の顔が頭に浮かんだ。泣きじゃくりながらも、最後には笑顔で「ありがとう!」と言ってくれたあの瞬間――。


「あいつ、俺がいなかったらどうなってたんだろうな…」


考えるだけで背筋が寒くなる。もしあの時、俺が動かなかったら、少年は怪物の爪にかかっていただろう。それを思うと、胸の奥がチクリと痛んだ。


「俺なんかが…誰かの役に立つことがあるなんてな。」


自分で言って、自嘲気味に笑ってしまう。今まで、他人のために何かをするなんて考えたこともなかった。でも、今日の出来事は確かに自分の心を揺さぶった。自分の力が誰かを救えるなら――そんな可能性を初めて感じたのだ。


「…まぁ、できる範囲で頑張るか。」


誰にも言えない秘密だし、無理をしてもしょうがない。でも、この力が誰かの役に立つなら、完全に無視するのも違う気がする。そう思いながら、俺は机のペンダントを見つめた。


「無理しすぎない程度に、な。」


軽く自分に言い聞かせるように呟き、ベッドに横になる。布団を引き寄せ、目を閉じた。今日の戦いの疲れが全身に残っているけれど、不思議と気分は悪くない。


瞼の裏には少年の笑顔が浮かぶ。あの瞬間、俺がしたことは間違っていなかったと思える。


「よし…明日もやれる範囲でやるだけだ。」


そう決意を新たにしながら、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。

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