第15話 ありがとう!お姉ちゃん!!

怪物が低い唸り声を上げながら、巨大な腕を振りかざしてきた。その動きは鈍重に見えるが、間違いなく破壊力は桁違いだ。あの一撃を受ければ、俺も背後の少年も無事では済まない。


「くそっ…ここで下がるわけにはいかねぇ!」


俺は拳を固く握りしめ、グローブの甲が淡く光るのを感じた。背後には震えている少年がいる。俺には避ける選択肢なんて存在しない。全部受けて、全部叩き返してやる――それしかない。


怪物の腕が俺に向かって振り下ろされる。鋭い音とともに空気が裂けるような気配を感じた瞬間、俺の体は自然と反応していた。左手を突き出し、拳の甲を怪物の攻撃にぶつける。


「っ…!」


衝撃が全身に伝わる。怪物の攻撃は重い――それでも、この手袋が衝撃を吸収してくれるおかげで踏みとどまることができた。さらに、俺の拳が怪物の腕を弾き返す。その動きに、怪物が一瞬怯んだように見えた。


「どうした、もっと来いよ!」


そう叫びながら、次の攻撃に備える。怪物は再び腕を振り上げるが、俺は動じない。背後にいる少年を守るために、俺は一歩も引けないんだ。


「全部受け止めて、全部返す…!」


怪物が今度は横から振り払うように腕を振る。地面を削る音が耳に響き、風圧が俺の髪を揺らす。だが、俺は右拳を構え、その腕に向けて突き出した。


「行けぇぇぇっ!」


拳が怪物の攻撃と衝突する。その瞬間、手袋の甲が再び光を放ち、怪物の腕を大きく跳ね返した。俺の拳はただの拳じゃない。確実に何かが力を増幅してくれている。これなら勝てる――いや、勝たなければならない。


攻撃をすべて弾き返している間に、俺は隙を探していた。この怪物、攻撃の後にほんの一瞬動きが鈍る。そこを突ければ――。


「今だ…!」


怪物が腕を振り終わり、一瞬動きを止めたその瞬間、俺は全力で踏み込んだ。全身の力を拳に込め、手袋の甲に光が集まるのを感じる。これが、俺にできる最大の一撃だ。


「これで終わりだ…!」


拳を振り抜くと同時に、光が弾けるように広がった。その一撃は怪物の中心に直撃し、衝撃波が周囲の空気を震わせる。怪物の体が崩れるように後退し、そしてついに黒い霧となって消えていった。



拳を振り抜き、目の前の怪物が霧散した瞬間、ようやく全身の力が抜けた。全身が熱く、汗でベタついているけど、どこか気分が晴れやかだった。やれることをやり切った――そんな感覚が胸の奥に広がっていた。


「これで…終わった、かな?」


息を整えながら振り返ると、少年がじっとこちらを見ていた。まだ地面に座り込んだままだが、その目には恐怖ではなく、驚きと感謝の色が浮かんでいる。


「大丈夫だよ、怪物はもういない。」


俺は少し屈みながら、できるだけ優しい声でそう言った。少年はしばらく黙っていたが、やがてキラキラした目で笑顔を見せた。


「ありがとう!お姉ちゃん!!」


「えっ…お姉ちゃん…?」


思わず言葉に詰まる。この姿ならそう呼ばれるのは当然だけど、やっぱり慣れない。でも、そんなことを気にするよりも、少年の笑顔の方が気になった。ここまで安心した表情をされると、むしろちょっと嬉しくなる。


「えっと、まぁ、なんていうか…気にしないで。とにかく無事でよかったな。」


少年は「うん!」と元気よく頷き、照れくさそうに笑う。その無邪気な表情に、俺の中にじんわりとした達成感が広がっていく。


「あっ!」


少年が突然顔を上げる。遠くから聞こえる声に反応したらしい。


「――くん!どこにいるの!」


女性の声が響いてきた。少年はすぐにその声の方向を向き、嬉しそうに手を振った。


「ママだ!ママの声だ!!」


その瞬間、少年は勢いよく立ち上がり、俺に「ありがとう!」ともう一度大きな声で言うと、元気よく走り出していった。その小さな背中が遠ざかるのを、俺は微笑みながら見送る。


「よかったな。」


俺の手の中では、ペンダントがもう静かになっている。街の音が徐々に戻ってくる中で、俺はふと自分の手袋を見下ろした。手の甲に刻まれていた光の紋様も消え、今はただの黒い手袋のように見える。


「ふぅ、やればできるもんだな。」


思わず独り言を漏らしながら、ペンダントをポケットにしまう。背筋を伸ばし、空を見上げると、いつの間にか薄暗かった空が明るくなり始めていた。


「やっぱり悪くないかもな、こういうの。」


誰かを助けた達成感と、その後の少年の笑顔が、俺の心をじんわりと温めていた。悔しいけど、あのペンダントに感謝する日が来るかもしれない。少なくとも、今日の自分はちょっとだけ誇らしく思えた。


「さてと…」


俺は少し軽くなった足取りでその場を後にし、街の雑踏の中へと戻っていった。

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