第13話 ――変身!!

黒い影が不気味に揺れながら、こちらに向かってくる。昨日の怪物と同じような雰囲気だが、どこか違う。形がより不明瞭で、まるで生き物というより悪夢の塊のようだ。その存在だけで空気が重くなり、息を吸うのが辛くなる。


「またかよ…なんで俺がこんな目に…!」


ポケットの中のペンダントは相変わらず震え続けている。明らかにこの怪物に反応しているのだ。頭の中で「逃げろ」という声と「ここでやらないとダメだ」という声がぶつかり合っている。


「くそ…ここで戦うなんて、無理に決まってる…!」


僕は恐怖に駆られ、反射的に背を向けた。足を動かし、全力でその場を離れる。昨日の戦いの疲労が体に残っているのがわかる。それでも、この空間にいること自体が間違いだと本能が叫んでいた。


「逃げ切れる…はずだ!」


そう自分に言い聞かせながら走っていると、背後から聞こえたのは幼い声――切羽詰まった、助けを求める叫び声だった。


「誰か…助けて!!」


その声に足が止まる。振り返ると、怪物のすぐ近くに小さな子供がいた。泣きじゃくりながら、地面に座り込んでいる男の子だ。小学校低学年くらいの年齢だろうか。全身が震え、顔は涙と泥でぐちゃぐちゃだ。


「なんで…子供がこんなところに…?」


頭の中が真っ白になる。こんな異常な空間に、子供が迷い込んでいるなんてあり得るのか?いや、そんな疑問を考えている暇はない。


怪物がゆっくりと少年に近づく。爪のように尖った腕を振り上げ、襲いかかろうとしているのがはっきりとわかる。少年は動けず、ただ震えながら泣き声を上げているだけだった。


「やめろ…!」


思わず声が漏れた。けれど、僕の叫びが届くわけでもない。怪物の動きは止まらない。


「くそっ…!」


拳を握りしめる。自分の足が自然と前に進んでいるのがわかる。頭では逃げるべきだとわかっている。こんな危険な状況に自ら飛び込むなんて、ただのバカだ。


でも――目の前で泣いている少年を、見捨てるなんてできるはずがない。


「俺が…行くしかないのかよ…!」


胸の奥が締め付けられるような感覚と同時に、ポケットのペンダントがさらに強く震え始めた。握りしめた手のひらに熱が伝わる。ペンダントが、まるで「進め」と命じているようだ。


「やれってか…!?」


僕は歯を食いしばりながら少年と怪物の間に飛び出した。自分でもどうしてこんな行動をしているのかわからない。ただ、目の前で誰かが傷つくのを見ているなんて耐えられなかった。


「おい…俺が相手だ…!」


叫び声を上げた瞬間、怪物の赤い目がこちらを向く。その視線だけで全身に震えが走った。恐怖で膝がガクガクするのを抑えながら、僕はポケットからペンダントを取り出した。


「…これしかねぇよな…」


ペンダントを握りしめた手が熱を帯び、体の中に力が湧き上がる感覚が広がる。昨日の戦闘を思い出す。あの時も同じように、このペンダントが力を与えてくれた。そして僕はあの怪物を倒すことができた。


でも――その代償は、自分が「魔法少女」になることだった。


「くそっ…」


迷っている暇はない。少年が再び泣き声を上げる。怪物の爪が振り下ろされるのは、あと数秒のことだろう。


「仕方ねぇ…!」


僕はペンダントを高く掲げた。心の中で覚悟を決め、全身に力を込める。もう逃げられない。ここでやらなければ、僕も、少年も終わりだ。


叫び声とともに、僕は力強く宣言した。


「――変身!!」

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