第9話 やるしか…ないか…!

戦闘を終えた僕は、街を彷徨っていた。自分の姿を隠そうと、人気のない道を選び、なるべく街灯の少ない場所を歩く。戦闘服のまま人目につけば、奇異の目で見られるのは間違いない。いや、それどころか警察沙汰になる可能性だってある。


「どうすれば…戻れるんだ…」


ペンダントを握りしめ、何度も問いかけるが、返事なんてあるはずもない。銀色に輝くその装飾は、ただ冷たいだけだ。


家には帰れない。学校の友達に頼ることもできない。この姿では、僕が「山田陸」だと証明する方法がないからだ。どんなに声を張り上げても、今のこの見た目じゃ信用されない。


「仕方ない…とりあえず、休める場所を探さないと…」


疲労が全身に広がり、足が鉛のように重くなっていく。冷たい夜風が戦闘服越しに肌を刺す。戦う前は何も感じなかったが、今はただ寒さが身にしみた。


やがて目に入ったのは、街外れの小さな公園だった。人の気配はない。遊具も古びていて、手入れがされていないのがわかる。誰も来ない場所――今の僕にとっては、それがありがたかった。


「ひとまず、ここで…」


ベンチに腰を下ろす。リュックを足元に置き、深く息を吐いた。全身の力が抜けていくようだ。


「戻る方法を考えなきゃ…でも、どうすれば…」


ペンダントを再びじっくりと眺める。その表面には、戦闘の時に光った紋様が微かに残っているように見えた。しかし、どう操作すればいいのかさっぱりわからない。


「あのソフィアとかいう子に、ちゃんと聞いておけばよかった…」


呟く声は、静寂の中に吸い込まれていく。公園には誰もいない――そう思っていた。


突然、耳に届いたのは低い唸り声だった。金属を引きずるような不快な音が、静まり返った公園の空気を裂いた。


「何だ…?」


僕は反射的に立ち上がり、音のする方を見た。霧が薄く漂うその中に、何かがいる。人間ではない、明らかに異形の存在だ。体は黒い煙でできているように見え、手足の形すら曖昧だが、どこか鋭い光を放つ目だけがはっきりと見える。


「また…かよ…!」


戦闘での疲れが抜けきらない体を奮い立たせ、僕はリュックを蹴り出して視線を固定した。逃げるわけにはいかない。この公園を抜けるまで、やつをどうにかしなければならない。


怪物は低く唸りながら、僕の方に向かってゆっくりと近づいてきた。その動きは緩慢だが、かえってそれが不気味だった。じりじりと距離が縮まり、やがて僕は拳を構える。


「くそっ、こっちも疲れてるんだってのに…!」


手袋越しに拳を握り締めると、戦闘服の力が再び体に馴染んでいく感覚があった。これなら何とかやれる――そう信じるしかなかった。


怪物が低い唸り声を上げながら、黒い煙のような腕を振りかざしてきた。その動きは緩慢に見えたが、油断すれば間違いなく命取りになる。その爪のような腕が、鋭い音を立てて僕の顔に迫った。


「くっ!」


咄嗟に体をひねって避ける。爪が空を切り、僕のすぐ横の地面に突き刺さった。鈍い音とともに地面がひび割れ、その威力の凄まじさを物語る。


「こいつ…!」


胸の奥がざわざわとする。体が本能的に警鐘を鳴らしているのがわかる。それでも、僕の足はその場を離れない。逃げ場なんてない――戦うしかない。


「やるしか…ないか…!」


拳を握りしめると、手袋越しに不思議な感覚が広がった。手が熱くなるような、どこか体の奥から力が湧いてくるような感覚だ。それが何なのかはわからない。けれど、この力が頼りになることだけは確かだった。


怪物が再び体を揺らしながらこちらに向かってきた。その動きに合わせて、僕の足が自然と動く。右手を大きく振りかぶり、全力で拳を突き出した。


「うおおおっ!」


拳が怪物の胸部に直撃した瞬間、光が弾けた。紫色の光が拳から広がり、怪物の体を中心から崩していく。鈍い音とともに黒い煙のような体が四散し、その残骸は風に溶けるように消えていった。


「あ…終わった…?」


拳を振り下ろしたまま、しばらく動けなかった。胸の奥で荒い鼓動が鳴り響き、全身から汗が吹き出している。怪物が消えたことで、ようやく緊張が解けたようだ。


だが、その直後、体の中から力が抜けるような感覚が襲ってきた。


「っ…何だ…?」


手袋の光が徐々に薄れ、戦闘服を包む輝きが消えていく。僕の体を覆っていた銀と黒の装備が次第に崩れ、やがて見慣れた制服に戻っていった。


「戻った…?」


力を失ったようにその場に膝をつく。視線を落とすと、拳に嵌めていたはずの手袋は消え、ただの自分の手がそこにあった。元の姿に戻ったんだ。


「これで…やっと…」


安堵とともに疲労が全身を襲う。膝を抱えながら深く息を吐いた。戦いは終わった――だが、これが本当に終わりなのかはわからなかった。空には薄雲がかかり、静寂だけが広がっている。


僕は立ち上がると、ペンダントを握りしめながら、その場を後にした。。

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