第3話 お前だけでも逃げろ!
空間が歪むような奇妙な感覚の後、俺たちはまったく知らない場所に立っていた。通学路の面影はどこにもなく、代わりに薄暗い灰色の霧が漂う広大な空間が広がっている。周囲を見渡しても建物らしきものは一切見当たらず、足元すら何か不安定なものを踏んでいるような感触があった。
「おい、陸…ここどこだよ?何が起きてるんだよ…」
田中の声は震えていた。普段は冗談ばかり言う陽気なやつなのに、その姿は完全に影を潜めている。正直言えば、俺も同じだ。こんな状況、どう受け止めればいいのかわからない。
「わかんねえよ…でも、やばいのは確かだな。」
俺の声も少し震えていたかもしれない。足元に漂う霧がまるで生き物のように動くのを感じるたび、背筋が冷たくなる。
その時だった。不意に耳をつんざくような金属音が響き渡り、俺たちは思わず立ち止まった。霧の中から、何かがゆっくりとこちらに近づいてくるのが見える。
「陸、あれ…人間か?」
田中が指差す先に目を凝らす。いや、人間じゃない。全身が黒い煙のようなものでできた異形の存在だった。輪郭がぼやけていて、形を正確に捉えることはできない。だが、その赤く光る目だけは異様な存在感を放っていた。
「わかんねえけど…走った方がよさそうだな。」
そう言いながら、俺は田中の腕を引っ張った。二人で来た道を戻ろうとしたが、黒い影はそれを見越したかのように一気に距離を詰めてきた。霧が巻き上がり、その中から伸びるムチのような腕が俺たちを狙ってくる。
「くそっ!」
反射的に体をよじった俺はなんとか避けることができたが、田中の方を見ると、その顔は完全に青ざめていた。
「田中!逃げろ!」
叫び声を上げると、田中はようやく足を動かし始めた。だが、その動きは緩慢で、完全にパニックに陥っているのがわかる。俺は後ろを振り返りながら、田中を先に行かせようと必死だった。
「俺が後ろを見てる!お前はとにかく前に行け!」
「でも、陸…」
「いいから行け!」
田中を振り返らせる余裕もなく、俺はもう一度黒い影に向き直る。奴はまるで俺たちを弄ぶかのようにじりじりと距離を詰めてきていた。その動きは緩慢だが、俺たちの逃げ道を完全に塞ごうとする意図が見え隠れする。
その時、どこからか声が聞こえた。
「握って…早く!」
それはどこか少女の声のように聞こえた。だが、周りに人影などあるはずもない。それでも、俺の手にはいつの間にか何か冷たいものが押し付けられていた。
ペンダントだ。銀色に輝く小さなペンダントで、中央には奇妙な紋章が刻まれている。それがどうやって俺の手に渡されたのか、全く見当がつかない。
「田中!お前だけでも逃げろ!」
振り返ると、田中は俺の声に反応して、もたつきながらも走り出した。その背中が霧の中に消えていくのを見届けると、俺は再びペンダントを見下ろした。
「頼む、何でもいいから助けてくれ…!」
心の中でそう叫ぶと、ペンダントが突然眩い光を放ち始めた。その光が俺の全身を包み込む瞬間、俺は目の前の黒い影を見据えた。
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