君色キャンディー
文月八千代
第1話
桜並高校二年三組は面倒くさがりの担任のおかげで、一年間席替えがなかった。クラスメイトの声は「ラッキー」と「残念」に分かれたけど、僕は前者だ。
水色と白のタイルが幾何学模様を作る中庭。それを見渡せる窓際に僕の席はあって、右側には川瀬の席がある。
川瀬――川瀬ななみは、僕にとって理想的な存在だった。
顎のラインで切り揃えられた黒髪が綺麗で、ひだまりのような雰囲気の笑顔も可愛い。それに深い緑色をしたチェックのスカートをひるがえす脚が、とても美しく見えた。
そんな川瀬と同じクラスになれただけでも嬉しかったのに、クラス替え直後のくじで隣の席を引き当てたのは、宝くじの一等を当てるより嬉しかった。宝くじなんて買ったこともなかったけども。
同じクラスになるまで、川瀬とは一言も喋ったことがない。クラスが違えば接点もないし、いきなり話しかけるのも怪しすぎる。
「よろしく、川瀬さん」
お互いに席に着いたあと、無難な挨拶をして笑ってみせた。すると川瀬も同じように微笑む。
「あ、うん。よろしくね、えっと……」
「宮田。宮田大輝」
僕が名前を名乗ると、川瀬は「宮田くん」と言って目を細めた。それがとても嬉しくて、僕はもういちど「よろしく」と笑った。
隣の席になって、川瀬について知ったことがある。
料理を作るのが好きで、得意料理はきのこのグラタン。嫌いなのは運動と大型犬。思いきり笑うと、左側だけにある八重歯がキラリと光ること。
僕らは不思議と意気投合して、休み時間のたびにいろんなことを話していた。
とくに盛り上がったのは、コンビニの新商品の話だ。「おにぎりはイマイチ」という話や、「あのチョコが美味しい」と熱く語ったりもした。
いろいろとお菓子の話題が出るなかで、川瀬はキャンディーに目がなかった。駅にある輸入雑貨店やコンビニで目新しいものを見つけては、学校へ持ってくる。そして僕に「食べる?」と味見をさせて、感想を訊いてくる。そういうすこし滑稽なところも、僕の理想像にピタリとはまった。
そんな川瀬が、いつになく楽しそうにキャンディーをくれたことがあった。
「宮田くん。これ、『恋の味、さくらんぼ』だって。恋の味!」
パッケージに丸いフォントで書かれたキャッチコピーを口にして。いつもよりトーン高めの声色は、嬉しいことがあったのでは? と伺わせる。
「恋の味、かぁ。予想だと甘酸っぱいだけど……なんかいいことあった?」
「んー? うん。はい、キャンディー」
「あ、サンキュ」
川瀬がガサガサと袋を鳴らして取り出した赤い包みが手渡される。
その瞬間。手のひらに指先が静かに触れた。ほんの一瞬、触れたのはミリ単位だ。それでもわかったぬくもりは、僕の胸をキュッと締め付け、頬を染めた。
おまけに顔がカッと熱くなったから、それをごまかすようにキャンディーを口に運んで、舌でコロコロ転がした。
「彼氏が、できたんだ」
もじもじした様子の川瀬が言う。それを聞いたら、僕はなんだか嬉しくなった。
「このキャンディーみたいに、甘いけどちょっと酸味のある恋になるといいね」
味の感想を混ぜたせいで、なにを言ってるのかわからなくなる。でも川瀬はクスクスと声を出し、「そうだね」と小さく笑った。
新学期気分がすっかり抜けた、初夏のことだった。
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