第5話 弟子はじめました

 蜘蛛怪人に襲われていた少年リュカを助けた龍斗は、ダンと共に彼が住む村を訪れていた。

 どこか慌ただしい雰囲気が漂っている村を進み、リュカの家へと案内された彼の前で、落ち着かない様子を見せていた男性が帰ってきた家族を抱き締めながら叫ぶ。


「おお、リュカ! リューネ! 無事だったんだな!! 帰りが遅いから、不安で不安で……」


「心配させてごめんなさい、あなた」


「いいんだ、お前たちが無事なら。実は、村の近くに見たこともない魔物が出現してな。男衆総出でどうにか撃退したんだが、近くに仲間がいたらお前たちが襲われるんじゃないかと不安に思っていたところだったんだ」


「そのことなんだけど、あなたに会わせたい人がいるの」


 そう言って、少年の母が龍斗とダンを夫に紹介する。

 丁寧に頭を下げた二人へと慌てて同じく礼をした彼は、困惑した様子で口を開いた。


「リューネ、こちらの方々は? 見たところ、随分と変わった出で立ちだが……?」


「実は、私たちもあなたが話した魔物に襲われたの。危ないところを救ってくださったのが、この人たちなのよ」


「なんだって!?」


 妻からの報告を受けた夫が、驚きに目を見開きながら叫ぶ。

 そうした後で龍斗へと向き直った彼は、その手を取ると感謝の言葉を口にした。


「本当にありがとうございます。あんな恐ろしい魔物から妻と子供を助けてくださっただなんて、なんとお礼を言えばいいか……!」


「いえ、気にしないでください。人として当然のことをしたまでです。それに、もしかしたらその蜘蛛の魔物が出現した原因に、俺も関わっているかもしれないですから……」


「えっ? それは、どういう……?」


「ご主人、申し訳ない。龍斗は複雑な事情を抱えているのです。代わりに、私が説明させていただきましょう」


 意味深な反応を示した男性に対して、ダンがそう述べる。

 ダンが龍斗を気遣って彼の身に起きた出来事を話せば、夫だけでなくその家族も大いに驚いた表情を浮かべ、困惑し始めた。


「まさか、そんな……!? つまりこの世界には今、別の世界から数多く人間がやって来ているということなのですか……?」


「はい……そして、この村の周辺に出現した魔物は、その中の誰かが操っているかもしれないんです」


 平和な村の近くに、今まで見たことも聞いたこともない魔物が突如出現した。

 普通に考えてあり得ないその現象には、龍斗と同じ異世界デスゲームに巻き込まれた誰かが関わっている可能性が高い。


 自分が何かをしたわけではないが、同じ世界出身の人間が異世界の人々の安全を脅かしている状況は、龍斗にとって見過ごせないものだった。


「こんなこと、絶対に許しちゃおけない。もしもこの件にデスゲームの参加者が関わっているなら、どうにかしてそいつを止めたいんです。お願いします。どうか俺を、この村の用心棒として置いてくれませんか!?」


「私からも、どうかお願い申し上げます。こやつの願いを聞いていただけないでしょうか?」


「………」


 龍斗とダン、二人に頭を下げられた男性が困ったような表情を浮かべる。

 ややあって、答えを決めた彼は二人へと声をかけた。


「顔を上げてください。あなた方の事情には驚きましたが、家族を助けてもらった恩がある。それに、今は我々も魔物の驚異に備える戦力が欲しかったところです」


「それじゃあ……!」


「お二人の力、頼りにさせていただきます。生活の面倒は私が見させていただきますので、どうぞこの村に留まり、お力を貸してください」


 用心棒として村に留まることを許可してくれた男性へと、歓喜の表情を浮かべた後で再度頭を下げる龍斗。

 そんな彼へと、苦笑を浮かべた男性が言う。


「申し遅れました。私の名前はカエル、この村で自警団のようなものをやっている男です」


 屈強な肉体を持つカエルへと、自分たちも自己紹介をする龍斗とダン。

 そうした後でダンは彼に一つの頼みごとをする。


「カエルさん、いきなりで申し訳ないのですが、龍斗と二人きりにさせていただいてよろしいでしょうか?」


「わかりました。リュカ、案内して差し上げなさい」


「うん! お兄ちゃん! おじいちゃん! こっちだよ!」


 父親から二人を案内するよう言われたリュカが声をかけると共に家の中を先導する。

 彼の後に続いて客間へと通された龍斗とダンは、一息つく間もなく話を始めた。


「ダンさん。俺のあの姿って……?」


「そのことについてじゃが、今からきちんと説明をさせてもらう。タイミングが遅れてしまったが、お主も心して聞いてほしい」


 ダンに腹を殴られてから自分の身に起きた変化について尋ねれば、彼も神妙な顔をして龍斗に向かい合ってくれた。

 いったい、ダンは何をしたのか? その答えを待つ龍斗へと、彼が説明を始める。


「何故、お主の肉体が急に頑健になり、感覚も鋭敏になった上にあのような姿に変化できるようになったのか……その答えは、わしがお主の中にあるを目覚めさせたからじゃ」


「気力を、目覚めさせた……?」


「そうじゃ。わしはあの時、深呼吸をして脱力したお主の丹田に己の気を送り込んだ。そうすることで、お主の中にある生命エネルギーを活性化させ、わしと同じように気力として扱えるようになると考えたからじゃ」


 気力、という聞き慣れていないようでそうでもなさそうな単語の登場に驚く龍斗。

 しかし、なんとなく意味は理解できた彼は、ダンへと質問を投げかける。


「じゃあ、さっきの俺の姿は生命エネルギーが活性化した影響ってことですか?」


「うむ。ちと予想外の結果じゃったがの。覚醒した気が肉体を変異させるまでの領域にまで達するとは、流石のわしも予想できんかった。どうやらお主は、気の扱いに関して相当な才覚を持っておるようじゃ」


 あの白い戦士の姿は自分の気力が覚醒した結果、変身できるようになったものだと……そう教えられた上でダンにとってもあの変身は予想外だったと聞かされた龍斗が大いに驚く。

 困惑しながらも、蜘蛛怪人に勝てたのは間違いなくダンが自分の気力を目覚めさせてくれたおかげだと考えた龍斗へと、彼が気力についての説明をしていった。


「先ほど少し話したが、気力とは生物が持つ生命のエネルギーのようなものじゃ。気力を高めて肉体を満たすことで全身を岩のように頑丈にできるし、拳に集中させれば鉄をも砕く一撃を放てる。肉体を治癒して毒や麻痺などを体内から浄化したり、変換することで炎や雷を生み出すことも可能じゃ」


「俺が、そんな力を……!?」


 自分が様々な能力を持つを操る力に覚醒したことに驚き、掌を見つめる龍斗。

 しかし、ダンはそんな彼を強めの口調で戒める。


「勘違いするでない。お主はまだ、気に目覚めただけに過ぎん。それを自由自在に操れるようになるまでまだまだ時間がかかる。だから……


「えっ……!?」


 ダンの言葉に驚いた龍斗が彼へと視線を向ければ、こちらを見つめ返すダンがゆっくりと頷いてみせた。


「わしには戦う力はほとんど残ってない。じゃが、身に付けた技をお主に伝えることならできる。龍斗よ、お主はこれよりこのダンの弟子となれ。そして、気力の使い方をはじめとした千の技を受け継ぎ、困難に立ち向かうだけの強さを得て、己の道を切り開くのじゃ」


「……!!」


 ダンの下で強くなり、その力を以て自分の進むべき道を切り開く。

 その言葉は、龍斗の心に強い希望を与えてくれた。


 心を磨き、技を身に付け、体を鍛える……そうやって自分自身を成長させられるのは、人間が持つ強さの一つだ。

 自らの可能性を信じて鍛え続ける人の心の光を以て、自分が信じる道を駆け上がることが、あの天使に人間はただ醜いだけの存在じゃあないと証明する方法になると……そう考えた龍斗はその場に膝をつくと共にダンへと頭を下げる。


「わかりました……! 未熟者の俺ですが、全力で修行についていきます! よろしくお願いします、ダンさん!」


「うむ! では、これよりわしのことは師匠と呼べ! お主を一人前の戦士として鍛え上げてやるぞ、龍斗!」


「はい! よろしくお願いします、師匠!!」


「……いや~、師匠か~! なんか、ええのう! 年甲斐もなく胸が躍ってきたわい!」


 感動の弟子入りシーン……になるはずが、不意に嬉し恥ずかしそうにそんなことを言ったダンのせいで若干締まらない場面になってしまった。

 しかし、お茶目な一面を持つダンが真面目に自分を鍛えようとしてくれていることを感じ取っている龍斗は、彼のことを強く信頼している。


「師匠! 俺は何をすればいいんですか? 指示をください!」


「ふむ、そうじゃな……お主はまだ気に目覚めたてじゃし、気力のコントロールについて教えるとするかの」


 やる気満々といった様子の龍斗に請われ、ダンが最初の修行を決める。

 そうした後、師として手本を見せるように、弟子に対して気のコントロール方法を教えていった。

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