第3話 変身!!

「はっ!? こ、ここは……って、天丼にも程があるって……!!」


 またまたしばらくして、意識を取り戻した龍斗は飛び上がると共に三度目の台詞にちょっとうんざりとした感想を抱いた。

 今度は古びた小屋の中にいることに気が付いた彼はため息を吐いたのだが……すぐに体の違和感に気が付く。


「ん……? なんか、体の調子が変だぞ……?」


 変とは言ったが、悪い意味ではない。むしろその逆で、体の内側から力が湧いてくるような感覚がある。

 見た目には何も変わっていないよなと自分の体を確認した龍斗は、そこでダンがいないことに気が付いて周囲を見回した。


「ダンさん? どこにいるんですか?」


 自分が気を失ったのは草原だったはずだ。この小屋を見つけ、わざわざ自分を運んでくれたのは間違いなくダンだろう。

 そのことに対するお礼を言いたかったし、先ほどの行動の意味を教えてもらいたかった龍斗であったが、小屋の中に彼の姿はなかった。


 いったいダンはどこに行ってしまったんだろうか?

 そう考えた龍斗が小屋の外から物音はしないかと耳を澄ませた時だった。


「……けて」


「ん……? なんだ……?」


 微かだが、小さな声が聞こえたことに驚いた龍斗が感覚を研ぎ澄ます。

 目を閉じ、耳を澄ませた彼が意識を集中さえれば、今度ははっきりとした声が聞こえてきた。


「誰か、助けて!」


「っっ!?」


 どこかで、誰かが助けを求めている。そのことを理解した龍斗は思わず立ち上がり、小屋を飛び出した。

 声が聞こえてきた方向へと走る彼は、自分が信じられない速度で走っていることに気付き、息を飲む。


(何がどうなってる!? 俺の体はどうなっちまったんだ!?)


 体に湧き上がる力。鋭敏になった感覚。信じられない身体能力。

 少し意識を失っている間に、自分の様々な力が大きく向上していることに驚く龍斗であったが、今は助けを求める声に応えるのが先だ。


 聞こえてきた声は、子供のものだった。

 助けを求めているのはあの少年かもしれないし、そうでなかったとしても危機に瀕する子供を見捨ててはおけないと考えた龍斗は、懸命にその声が聞こえた方角へと走る。

 そして、辿り着いた先で異形の怪物に襲われる子供を見つけ、あっと息を飲んだ。


「なんだ、あの化物は……!?」


 赤褐色の肌に頭部から生えている蜘蛛の脚のような突起。額には無数の目を持ち、細く伸びた腕の先に鋭い爪のような器官を持つその怪物は、蜘蛛と人間が交じり合った異形の魔獣だ。

 あれが異世界に生息する魔物なのかと驚愕した龍斗であったが、今にも襲われそうになっている子供の存在に気が付くと、即座に彼を救うべく蜘蛛怪人へと挑みかかっていった。


「やめろっ! その子に手を出すなっ!!」


「グジュジュッ!?」


 叫び声に反応した蜘蛛怪人へと、勢いよくタックルを繰り出す龍斗。

 突然の乱入者に対応し切れなかった怪人はもろにその一撃を受け、大きく吹き飛ばされる。


「大丈夫か!? 安全な場所に隠れるんだ!!」


「う、うんっ!」


 蜘蛛怪人を少年から引き剥がした龍斗は、彼にそう叫ぶと共に再び化物へと向き直った。

 体勢を立て直し、龍斗を自分の邪魔をする敵と認識した蜘蛛怪人は、奇声を上げながら攻撃を仕掛け始める。


「ジュラギュラッッ!!」


「ぐっ!? うわっ!?」


 鋭い爪を振るっての攻撃を、咄嗟に飛び退いて回避する龍斗。

 何故か上がっている身体能力のおかげで無事に避けられたが、今の一撃を受けていたらただでは済まなかった。


 異世界に生息する魔物の恐ろしさを目の当たりにして息を飲む龍斗であったが、少年を守るために勇気を振り絞ると握り締めた拳を蜘蛛怪人へと叩き込む。

 しかし、不意を突けた先ほどのタックルの時とは違い、蜘蛛怪人は龍斗の攻撃をまるで意に介していない様子で反撃を仕掛けてきた。


「ジュラッ! ジュガッッ!!」


「うっっ!! ぐあぁっ! があっ!?」


 蜘蛛怪人のパンチを腹に叩き込まれた龍斗が鈍い痛みに呻く。

 首を掴み、崩れ落ちそうになる彼の体を無理やりに立たせた蜘蛛怪人は二撃、三撃と同じようにパンチを叩き込むと、無造作に龍斗を地面へと放り投げた。


「くそっ……! なんて強さだ……!!」


 腹部に走る激痛に苦悶の表情を浮かべながら、息も絶え絶えの状態で蜘蛛怪人を見上げる龍斗。

 自分が生きていることが不思議なほどの威力を誇るパンチを受けた彼は、蜘蛛怪人の強さを目の当たりにして、危機感を募らせていた。


「このままじゃやられる……! 俺も、あの子も、死ぬ……!!」


 驚異的な力を持つ蜘蛛怪人は、人間が太刀打ちできる相手ではない。

 このままでは自分は倒れ、少年もまたあの怪人に殺されてしまうだろう。


 それだけは絶対にダメだ。自分はついさっき、力なき人々のためにどんな困難も受け入れ、乗り越えてみせると誓ったばかりではないか。


(守るんだ、俺が……! あの子を、守るんだ!!)


 どれだけ強く恐ろしい敵だろうと負けるわけにはいかない。

 自分は力なき人々を守るのだと、ダンとの約束を思い出した龍斗が握り締めた拳を蜘蛛怪人へと叩き込んだ、その瞬間だった。


「グボオッ!? ゴボッ!? ギャオッ!?」


「お、俺の体が……変わった!?」


 無我夢中で繰り出した左ストレート。先ほどは全く効かなかったその一撃が、蜘蛛怪人をよろめかせるほどのダメージを与えた。

 同時に、叩き込んだ左拳から肩に至るまでの自分の体が白と黒で構成されたに変わったことを見て取った龍斗が、気合いを込めながら蜘蛛怪人へと連撃を叩き込んでいく。


「ふっ! はっ! うおりゃあっ!!」


「ガヴッ!? ゴッヴ!? ギジャアアッ!?」


 左、右のワンツーパンチ。腹部に対する前蹴り。顔面へと叩き込む渾身の右ストレート。

 その一撃一撃を打ち込んでいく度に、龍斗の体が人ではない何かに変化していく。


 黒いボディに白いプロテクターのようなものが取り付けられたようなその姿は、蜘蛛怪人と同じ化物のようで少し違う。

 目立つ真っ白く大きな目や小さいながらも立派に見える角が、怪物というより変身ヒーローのような雰囲気を生み出してくれている。


(これなら……行ける気がする!!)


 姿が変わった瞬間、湧き上がる力がさらに膨れ上がったことを感じた龍斗が希望を見出すと共に蜘蛛怪人を睨んだ。

 連撃を受けてよろめく怪人であったが、すぐに立ち直ると共に次なる攻撃を仕掛けてくる。


「ギョバアアアッ!!」


「なっ!? い、糸っ!? ぐあっ!!」


 口から吐いた太い糸で龍斗の体を絡め取り、腕を動かせなくした怪人が彼へと襲い掛かる。

 腕を広げられなくなったことで防御はおろか、バランスを取っての身動きも難しくなった龍斗は成す術なく攻撃を受けるも、不安そうに見つめる少年の姿を見て、自らを鼓舞しながら力を振り絞った。


(負けて堪るか! 絶対に、勝つ!!)


 両腕に渾身の力を込め、思い切り腕を広げる。

 少年を守るために負けられないという龍斗の想いに応えるように彼の中の熱が昂り、燃え上がる心に呼応するように力が高まっていく。


 蜘蛛怪人が鋭い爪を光らせながら突き攻撃を繰り出した瞬間、全ての力を解き放った龍斗が雄叫びを上げながら自分を拘束する糸を引き千切った。

 予想外の事態に驚き、動きが鈍くなった怪人の攻撃を片手で受け止めた彼は、もう片方の腕を思い切り振りかぶる。


「お返しだっ! 遠慮なく受け取りやがれっ!!」


「ジャガアアアッ!?」


 握り締めた拳に自身が持てる限りの力を込めた龍斗は、その拳を怪人の顔面へと叩き込んだ。

 全てを振り絞った彼が放った一撃は勝負を決定付けるに十分な威力を誇っており、顔面を陥没させた怪人が龍斗に殴り飛ばされ、二度、三度とバウンドした後で大爆発を起こす。


「終わった……? 勝てた、のか……?」


 爆発の余波が消え去った後、戦っていた蜘蛛怪人の姿が跡形もなくなっている様を目にした龍斗が、緊張感から解放されると共にその場に崩れ落ちる。

 地面に膝をついて深呼吸を繰り返していたところで、何者かに肩を叩かれて驚いた彼が顔を上げれば、そこにはダンの姿があった。


「よくやったぞ、龍斗。見事な戦いじゃった」


「だ、ダンさん……!!」


「ゆっくりと呼吸しろ。気持ちを落ち着かせるんじゃ」


 戦いを見守っていた師匠からの誉め言葉を受け、安堵のため息を吐きながら自分が勝利したことを実感する龍斗。

 深呼吸を繰り返していく内に元の人間の姿へと戻っていく彼の視線の先では、蜘蛛怪人に襲われていた少年が駆け付けた母親と抱き合っていた。


「リュカ! 良かった! 無事だったのね……!!」


「お母さ~ん!!」


「……本当によくやったな、龍斗。お主は、確かに力なき者を守り抜いてみせたな」


「……はい」


 無事を喜び、涙を流しながら抱き合う親子を見たダンの言葉に、龍斗が短く返事をする。

 自分が誰かを守れたことを龍斗が喜ぶ中、少年から事の顛末を聞いたであろう母親が二人に声をかけてきた。


「あなたが息子を助けてくださったんですね? 本当にありがとうございます。この御恩は一生忘れません……!」


「そんな、大袈裟ですよ。人として当然のことをしただけですから」


「本当に、あなたが近くにいてくれて良かった。あなたがあの怪物を倒してくださらなかったら、息子もただでは済まなかったでしょう」


「ふむ……ご婦人、少しよろしいでしょうか?」


 深々と頭を下げ、何度も感謝の言葉を述べてくる少年の母親へと、ダンが声をかける。

 顔を上げた彼女を見上げながら、ダンは簡単な自己紹介の後に踏み込んだ話をしていった。


「申し遅れました。私はダン、こちらは供の龍斗です。我々は旅の最中なのですが、この付近にはあのような恐ろしい怪物がよく出没するのでしょうか?」


「いえ……私は長年この近くの村に住んでいますが、あんな魔物を見るのは初めてです。どこから来たのかも全くわかりません。何の前触れもなく、突然現れたんです」


「何の前触れもなく、突然……? ダンさん、まさかこれって……!!」


「うむ。お主と同じ、異世界人が関係している可能性が高い。これは、もう少し事情を聞く必要がありそうじゃの」


 あの蜘蛛怪人は、龍斗と同じくこの近辺に転送された異世界人がガチャチケットで召喚したものかもしれない。

 理由は不明だが、この世界の人間を襲っている異世界人を放置しておくわけにはいかないと判断した龍斗は、真剣な表情を浮かべながら少年の母親へと言った。


「お願いします。俺たちを、あなたたちが住む村に案内していただけませんか?」

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