第2話 異世界転移、師匠との出会い

「いてて……どこだ、ここ……?」


 この短い間に二度も同じことを言っているなと自嘲気味に笑いながら、周囲を見回した龍斗が目を細める。

 先程までの殺風景な灰色の部屋が消えたかと思えば、広々とした草原と青い空の下に放り出された彼は、自分が異世界に転移したことをなんとなくではあるが悟った。


(本当に異世界に来ちまったんだな……さて、ここからどうするよ?)


 とりあえず、近くにあったいい感じの岩に腰掛けて息を吐いた龍斗は、状況を整理していく。

 天使に啖呵を切ったまでは良かったが、実際のところかなり厳しい状況なのは間違いない。


 彼女の言う通り、ガチャチケットを少年に渡してしまったからしもべを召喚できないし、それは即ち身を守る手段を持ちえないということだ。

 しかし、龍斗はその決断を後悔などしていない。あの子が無事に生き延びてくれたらそれでいいと、心の底から思っている。


 問題は少年をどうやって迎えに行くかだが……と、戦う力のない龍斗が頭を悩ませていたところで、スマホに着信が入った。


「なんだ? 誰からだ……?」


 驚きながらスマホを取り出し、通話ボタンを押す龍斗。

 そうすれば、画面からホログラムのように映像が浮かび上がり、あの天使が憎々しい声で話をし始める。


『は~い! 皆さん、こんにちは~! 無事に異世界に転移できたみたいですね~! まあ、中にはすっごく過酷な地域に転移されちゃった人もいるでしょうけど、そこは運が悪かったと思って諦めてくださ~い!』


 その言葉を聞いた龍斗は、自分は運が良かった方だろうと確信する。

 砂漠や火山、凍土といった過酷な地域に飛ばされていたら、間違いなく死んでいたと今さらながらその可能性に思い至った彼がぶるりと体を震わせる中、天使は話を続けていった。


『さて! そろそろ皆さんもガチャチケットを使って強力なしもべを召喚したと思います! 次のステップとして、そのしもべの強化方法をお教えしますね! というわけで、またしてもプレゼントです!』


「えっ? わっ!?」


 天使の言葉を合図に、スマホからチケットが飛び出してくる。

 それを手にした龍斗は驚きながらまじまじと新たなチケットを見つめ、再びホログラムの天使へと視線を向けた。


『今、皆さんにお配りしたのは【強化素材ガチャ】のチケットです! ソシャゲをやってる方々はなんとなく理解しているでしょうが、そちらを使えば皆さんが召喚したしもべを強化するための素材が手に入ります!』


「強化素材だって……? 待てよ、これなら……!!」


 天使の話と今しがた受け取ったチケットを手にした龍斗は、光明を見出して笑みを浮かべた。

 早速、そのガチャチケットを使おうと方法を確認しようとしたところで、チケットがひとりでに光り始める。


(頼む……! 武器でもキャラでも何でもいい。この状況を打開するための力をくれ……!!)


 高校生である龍斗は、もちろんソシャゲをプレイしたことがある。

 そういったゲームの中には強化素材をパーティのメンバーとして加えることができるものもあったし、装備を強化するための武器扱いにしているものもあった。


 ここでお金やただの素材が出てしまったら終わりかもしれないが……一緒に戦ってくれる仲間や装備できる武器が出てくれば希望が見える。

 必死に祈る龍斗の前でチケットが放つ光が銀色から金へ、金から虹色へと確定演出じみた変化を見せていき、その光が大きく弾け、そして……!!


「……ど、どうなった? 何が当たったんだ……?」


 光に目を焼かれた龍斗が呻きながら首を振り、まぶたを擦る。

 改めて前を見た彼は、そこに小柄な老人が立っていることに気付き、息を飲んだ。


「……わしを呼んだのは、お主か?」


「は、はい……っ!」


 その老人を一言で表すのなら、仙人だ。

 小柄ではあるが風格があり、伸びた髭を撫でながら話すその姿はカンフーの達人のような雰囲気がある。


 老人の問いかけに声を震わせながら頷いた龍斗へと、彼は静かに自己紹介をしてきた。


「わしの名はダン。千の技を極めた男として名を馳せておる。まあ、今は御覧の通りの老いぼれじゃがな」


「お、おおお……! おぉぉぉぉぉっ!!」


「お、おん? どうした、若者よ? なんで急に涙を……?」


「よ、良かった……! ありがとうございます。ありがとうございます……!」


 丁寧に挨拶をしてくれたダンと向かい合った龍斗が、その場に跪きながら彼の手を取る。

 安心感からボロボロと涙を流す彼の様子に驚いたダンが問いかける中、龍斗は感謝の言葉を繰り返し続けるのであった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「なるほど、そんな事情があったとはのぉ……」


 ダンの召喚からしばらくして、龍斗は彼にここに至るまでの全てを話した。

 自分がこことは別世界の人間であることから始まり、いきなり天使に選ばれて王様候補としてこの世界に飛ばされたこと、その寸前にあったやり取りなどを話した彼は、改めてダンに頭を下げて助力を請う。


「俺はこの馬鹿げたゲームに巻き込まれたみんなを助けて、元の世界に帰還したいんです。身勝手なお願いだとは思いますが、どうかダンさんのお力を貸していただけないでしょうか?」


 深々と頭を下げてダンへと頼み込む龍斗。

 そんな彼の姿を見ていたダンであったが、無念そうに首を振ると同時に口を開いた。


「顔を上げてくれ、龍斗よ。お主の願いはよくわかった。しかし、わしではお主の力にはなれん」


「えっ……?」


 ダンの返答に驚いた龍斗が顔を上げると共に彼を見つめる。

 そんな龍斗に対して、ダンは悲しさを滲ませた表情で語り始めた。


「わしもかつては武闘家として自らを鍛え、生物が持つ生命エネルギーの引き出し方やそのコントロール方法を発見し、と名付けたそれを用いて肉体を頑強にし、数々の技を習得した。しかし、寄る年波には勝てん。技の冴えこそそこまで衰えてはおらんが、今のわしには戦い続けるだけの体力が残っておらぬのじゃ」


「そう、なんですか……」


「今のわしは一日に一回、全力で技を繰り出すことが精一杯……あと十年、せめて五年若ければお主のために戦うことができたものを……本当にすまない、龍斗」


「いえ、謝らないでください。そのお気持ちだけで十分です」


 今のダンは、まともに戦うことができない。龍斗もどこか理解していたことではあった。

 彼は強化素材ガチャから召喚された存在だ。どのソシャゲでもそうだが、強化素材のキャラクターはパーティに組み込めこそするが戦闘能力は最底辺に設定されている。


 おそらくダンはスキル上げ素材ということなのだろう。他のキャラクターのスキルレベルを上げるために使われる存在なのだ。

 だから、戦闘力は元々高くないのだと……そう理解した龍斗は、改めてダンに頭を下げながら言う。


「こうして俺の話を聞いていただけて、ダンさんには感謝しています。これからも色々と相談させていただけたら嬉しいです」


「うむ、そのくらいしか役に立てんわしを許してくれ、龍斗よ……ん? いや、待てよ? あの方法ならば……!」


「えっ? な、何かいい方法を思い付いたんですか?」


 意味深なダンの言葉を聞いた龍斗が驚きながらそう問いかければ、彼は小さく頷いて肯定の意を示してみせた。

 そうした後、ダンは龍斗へと質問を投げかける。


「龍斗よ……これより先、今より過酷で困難な道を歩む覚悟はあるか? 力なき人々守るために、をどのような苦難でも受け入れられるか?」


「……もちろんです。俺は、あの子を絶対に元の世界に帰すって約束しました。その約束を守るためなら、どんな困難も乗り越えてみせます!」


 あの少年との約束を守るためならば、自分はどんな困難だって負けない。全てを乗り越え、元の世界に帰還してみせる。

 揺るがぬ覚悟を表す龍斗の宣言を聞き、表情を見たダンは静かに頷くと共に彼へと指示を出した。


「よし、ならばそこに立て。そして深呼吸をするのじゃ」


「はい、わかりました」


 言われた通りに立ち上がり、深く息を吸う。

 龍斗がその後、肺に溜まった空気を吐き出していく中、カッと目を見開いたダンは彼の下腹部目掛けて貫き手を繰り出した。


「ぐふっ!? がっ……!?」


 完全に脱力し切ったところに叩き込まれた貫き手は、内臓を突き破るのではないかと思うくらいに深くまで衝撃を響かせていた。

 しかし、同時に自分の中にある何かが刺激されている感覚を覚える龍斗の耳に、ダンの言葉が届く。


「安心しろ、痛みは一瞬じゃ。意識を失うとは思うが、じきに目が覚める」


「あ、あの、これで今日、三回目の失神なんです、けど……」


 とりあえず、何をするのかは言ってほしかった。それと、今日は意識を飛ばされることが多過ぎる。

 そんなツッコミを心の中で入れながら……龍斗は、ダンの言葉通りに意識を失い、その場に倒れ伏した。

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