従姉の気持ち

 無言のまま時間が過ぎて、理彩の前にはハウスワインのグラスとマルゲリータピザが、悠の前にはハンバーグセットとドリアが運ばれてくる。

 くーっと白ワインを一気飲みしてすぐさまお替わりを注文し、マルゲリータを切り分けながら理彩は悠の目を真正面から見据えてきた。


「何に迷ってるの? まずあんた側の情報を全部開示してくれないと、アドバイスもできない」

「酒を飲む前に言って欲しかった……」

「大丈夫大丈夫! 普段だったらボトル飲み干せるから」


 確かに理彩が潰れているのを見たのは「連勤による寝不足」くらいだ。本家の正月でも酒で潰れているところは見た覚えがない。理彩の言葉を信じて、悠は迷いの理由を打ち明けた。


「俺の事情を脇にどかして考えると、社長と四本さんの言うことは理に適ってるんだ。低予算でCMが作れて、しかも食べている料理が美味しいんだと見ただけで分かる。会社にとっては四本さんの撮り溜めた動画を使うのが一番いい」

「そこで、会社側としての見方ができちゃうのがあんたの強みでもあり弱みでもあるわねえ……。アルバイトなんだから、義理立てしすぎる必要はないのよ。私が言っても説得力ないだろうけど」

「説得力はないな。理彩はどこでも社畜してる」

「うるさいなあ、もう。えい!」


 えい、と理彩のフォークが悠のハンバーグを1切れ奪っていく。

 その時の悠があまりに絶望に満ちた表情をしてしまったのか、理彩は笑いながら伝票をひらひらと振って見せた。


「足りなかったらもっと頼んでいいよ。私の奢りだからね。8歳も下の従弟に割り勘なんてさせないから」

「じゃあ、デザート盛り合わせとピリ辛チキン頼んでいいか」

「チキンふたつ頼んで。あと赤ワインをグラスで」

「まだ飲むのか!?」

「正月の実家の乱痴気騒ぎ知ってるでしょう!? ワイン3杯で酔っ払ってるようじゃ本家の娘は務まらないっつーの」


 正月の本家の有様を思い出して悠が納得していると、先に理彩が頼んだ白ワインが運ばれてきた。


「とにかく、私は社内の人間だけども、あんたにCMに出ろと強要はできないししたくもない。どっちかというと、桑鶴さんは既存の素材を使って安易にCMを作ろうとするんじゃなくて、そこでこそ頭絞って欲しいわね。

 会社側の立場なんて考えるのはやめなさい。その上で私の意見を言うけど、私は反対」


 新しいグラスを傾けてワインを一口飲んでから、理彩は薄い黄色の液体をゆらゆらと揺らしながら目を伏せる。


「だって、もしそれで悠にストーカーがついたり危ない目に遭ったりしたら、私、叔父さんたちに合わせる顔がないもん……」


 普段は合理的な行動を取ることが多い理彩だが、今回は従弟である悠絡みのせいか、かなりウェットな判断をしてきた。

 悠にとっては意外でもあったが、両親の立場ならば理彩と同じく「やめなさい」と言うだろうことも理解出来る。


「やっぱり、そう思うよな……そういえば、今日の会議はリリースCMなんて重大案件なのに、なんで理彩と高見沢さんは参加してなかったんだ?」


 今更だが疑問に感じたことを理彩に尋ねると、理彩まで首を傾げている有様だ。


「そういえば……クレインマジックって、部長3人じゃない? それ以外に社員がいないでしょ。だから、専門分野がそりゃもうきっちり分かれてるのよ。四本さんはプログラムのことは全然分からないし、私も料理はあんまりできない。高見沢はいろいろやってるけど、総務と人事と経理に関すること以外はやろうとしないのかできないのか。残業自体お断りで自分の仕事じゃないことは一切しないタイプよ」

「確かに、そんな感じはする」

「だから、管轄外の会議には誰も出ない訳。出ても的外れなことを言ったりしたら時間と労力の無駄だしね」

「なるほど、今回の会議はCM自体についてというより、四本さんが撮影した俺の動画を使ってもいいかの確認だったから、社長と四本さんしかいなかったのか」

「そうそう、多分そういうこと。今更かもしれないけど、うちの会社人が少ない分変だからね……」

「理彩がいたら流れが変わったかもしれないと思ったけど、そもそも会議メンバーになり得なかったんだな。やっとわかった」


 その後は微妙に重い空気をまとわりつかせたまま、ふたりは他愛もない会話をして食事を終えた。


「はー、美形の一族に生まれると悩みが多いわ」


 会計後の理彩の一言は、敢えて聞かなかったことにした。



 帰宅した悠は、結局悩みが何も解決していなかった。理彩が背中を押してくれるなら割り切りようもあるのだが、やはりリスクとメリットが均衡してしまっている気がする。


 仕方がないので、悠は思いつく限りの懸念事項を書き出してみることにした。

 まずは、自分的にはあまり考えたくないが「外見だけでファンが付くかもしれないこと」だ。

 ただファンとしてCMを見る度応援してくれるならいいが、一般人である悠は芸能人と違ってセキュリティも甘いし、「自分と同じ側だから」と大胆な行動に出る過激な人間が混じっている可能性もある。極端な話が、ストーカーだ。


 大学の中でも数少ない友人たちと穏やかに過ごすのが好きなのに、CMに出ることによって知名度が上がり、知らない人間から一方的に声を掛けられるような事態も容易に想像が付く。


 更には、悠の過去を掘り返して卒業アルバムを流出されたりすることも考えられるし、「CMに出たんだから金を持ってるんだろう」と勘違いした輩からゆすられる可能性もある。


 対してメリットは、「ボーナスが50万円入る」ことと、「会社にとっては手堅く安価にCMを作ることができる」ことしかない。


 いざ書き出してみると、あまりにもリスクの方が多すぎて悠もさすがに引いた。

 50万円のボーナスが出るといっても、これではほぼ「危険手当」と思った方がいいだろう。


 文を羅列したスマホのメモ帳を閉じると、どっと疲れた気がした。

 今日はシャワーを浴びたらさっさと寝ることにして、悠が考えた限りのリスクについては

明日桑鶴と高見沢に相談することにしようと決めた。おそらく、法律が絡むことに関しては高見沢の管轄になるだろう。

 今回、夏生は感情面のみを問題にしていて、リスクにはあまり絡んでいない。


 その上で、あのふたりが悠の納得できる対応策を考えられなければ、50万円が惜しくても断ろうと決意する。

 50万円は学生の悠にとっては大金だが、最悪それで命を落としたら洒落にならない。

 それに、自分の試食シーンだけでCMが完成するとは思えなかった。

 疲労で眠気が襲ってくる。その眠気に身を委ねながら、「何かが足りない」と悠は桑鶴の構想したCMについてぼんやりと考えていた。

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