あやしげなアルバイト
アルバイトをする気はないか、と
「いずれするつもりはあった。だが、授業のハード具合とかを確かめた後じゃないと決められない」
別にぶっきらぼうにするつもりはないのだが、聞く相手によっては「嫌がっている」とも取りかねない低音の声が悠の喉から出た。
幸い理彩は従姉で、悠の愛想のなさはよく知っている。
「確かにそうよね。うちは時間に融通の利く職場だから、普通のアルバイトよりはやりやすいと思うわよ」
うち、という
父方の従姉である
普段は目鼻立ちがはっきりとしたそこそこの美人だが、目は半眼だったし、やつれようは化粧で隠しきれる範囲を超えていた。
しかも今年の元旦にそんな状態だったのだ。「新年の挨拶だけは顔を出さないと親戚に殺されると言って抜けてきた……」と言い訳のように呟いて、そのまま彼女は座布団を枕に広間の隅で寝入ってしまった。
親戚連中がどれだけ酒盛りで騒ごうが全く起きる気配がなかったので、悠はその時にこいつのようにだけはなるまい、と心に決めたのだった。
その理彩が、時間に融通の利く職場に勤めているとは思えない。
「断る」
きっぱりと告げると、電話越しに理彩の動揺が伝わってきた。
「少しは話を聞こうという気はないの!? 仕事内容も時給も何も話してないじゃない!」
「年末13連勤の後に、元旦だけ実家で潰れてたような奴の職場で働く気はない」
「ああ、そっか。まだ言ってなかったもんね。あの後転職したの。立ち上げたばかりのベンチャー企業からオファーが来て、さっさとそっちに移ったって訳」
「……立ち上げたばかりのベンチャー企業なんて、いつ潰れるかわからない会社で働きたくない」
自分としてはごく当たり前の事実を言っただけなのだが、悠がそう言った途端に従姉のヒステリックな声が電話からキンキンと響いてきた。
「ちょっとあんた、私への信頼の無さは何なの!? 私がそんな先行き怪しいところで働く訳がないでしょう。あんたにとっては、高時給で時間の融通が利く、割のいいバイトよ? しかも、バイトのうちなら万が一会社が潰れてもそんなに痛手はないし」
バイトの内なら万が一会社が潰れても。
理彩の言葉は不吉だったが、それは確かにそうだろう。
しばらく悠は無言で考え込んだ。その会社が潰れたとしても、潰れるまでの間バイト代がきちんと払われれば問題ないのだ。
――バイト代の支払いが滞ったら即逃げよう。
そう心に決めてから、電話越しの理彩に向かって悠は頷いてみせる。
「それもそうだな。俺としてはめちゃくちゃなことをさせられないで、まともにバイト代が出ればいい」
「めちゃくちゃなことはさせられないと思うわよ。仕事内容は制作アシスタント……と言う名目の雑務ね。私の手伝いもしてもらうことになる」
「理彩の、手伝い?」
またもや悠は首を傾げた。理彩はプログラマーだったはずだ。自分は確かに情報工学科の学生ではあるけども、まだスキルはゼロに等しい。そんな自分でアシスタントが務まるのだろうか、いや、そもそもそこは何をしている会社なのか。
「アプリ開発と運営をしている会社よ。まあ、まだリリースしていないんだけどね。開発言語も学べるし、悪い条件じゃないわよ。それに、一部特殊な特徴がある人員を探しててね」
悠の疑問を見透かしたように理彩が説明をする。しかし最後の言葉が不穏だ。自分に特殊な特徴などないはずだと身構えながらも、悠は理彩の言葉を待った。
「料理が、できない人を探してるの」
「は?」
理彩の声は悠の思っても見なかった言葉を紡ぎ、それに反射的に答えてしまった自分の声は随分と滑稽に響く。
「目玉焼きもまともに焼けないような、料理経験ゼロの人間が必要なの。それでいて、その他のことはある程度こなせることが望ましい。プログラムも弄ってもらうから、そういうものに耐性があると尚良い。――もう私は、悠のことにしか思えなくて。心当たりがあると社長に伝えてあるし、一度見学に来ない?」
「おい、まだ俺が了承してないのに、既に社長に話が行ってるのか?」
「社長があんたの話を聞いて喜んでね、時給は1800円出すそうよ。破格よ、破格。この内容なら本当に破格!」
「わかった。とりあえず一度見学に行く」
時給につられて手のひらを返した悠は、即座に理彩にそう答えていた。
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