賞レースか投稿サイトか

 私は皆に意見をもらった末、本屋さんをアルバイト先に選んだ。

 大学生活と執筆時間の兼ね合いで週2回。まだ数日しか出勤していないけれど、今のところはなんとか働けている。

 そして今日、ようやく完成した。

 皆と出会った時に書きかけだったあの小説が。


「皆さん、ついに出来ました!」

「お、頑張ったじゃん。早速読ませてくれよ」


 私の部屋に居る3人に喜びを伝える。小説って書いてる時はものすごくしんどい時もあるけど、やっぱり出来上がった時の達成感と興奮はひとしおだな。


「来夢も読みたい」

「あ、もちろん私も!」


 咲嵐さんだけでなく、来夢ちゃんと和多さんも興味を示してくれる。少し前の私なら恥ずかしさで穴に入りたい状況だが、小説を発表していくと決めた今では素直に嬉しい。


「ありがとうございます、じゃあコンビニ行って3セット分コピーしてきますね」

「おいおいももかん、お前いつの時代の人間だよ。データで送ってくれれば読めるから、私達の小説読んだときもそうしたろ。というかその小説は賞レースに応募すんのか? それとも投稿サイトに載せるの?」


 あ、そっか。とりあえず完成させて発表するという目的で書いていただけなので、そこまで考えていなかった。

 小説を発表するには賞レースへ送る他に、今の時代は投稿サイトという選択肢もあるんだ。たしか前にも言ってたっけ。もちろん存在は知っているけど、昔から紙の本が大好きな私はそっちの知識に乏しい。


「それって、何が違うんですか?」

「あぁ。賞レースが大博打で、いわゆる宝くじみたいなもん。投稿サイトも博打だけど、小さなリターンがあるから競馬みたいなもんかな」

「咲嵐、その説明でこの場に居るあんた以外の誰が理解出来るの? ごめんね、私がきちんと説明するから」


 よかった。咲嵐さんの説明はよく分からなかったので、こういう時に和多さんが居てくれるのは心強い。


「まずは賞レースだね。こっちは咲嵐が宝くじと例えたように本当に倍率が高い。出版社にもよるけどだいたい何百、何千通の応募作からいくつかの選考を経て最終選考。最後に受賞作を決めるって流れで、確率だけでいえば何百、何千分の1。ただしそれだけ難しい分、ほとんどが受賞さえすれば商業出版してもらえる。出版社から本を出すことを小説家と定義するなら、一番分かりやすい道ではあるかな」


 なるほど、賞レースに関してはおおよそ私が思っていた通りだ。やっぱり小説家になるには圧倒的な実力と強い運が必要で、夢を叶えられるのはほんの一握り。


「聞いた話によるとごく稀に、受賞を逃しても編集が付いたりする場合もあるみたい。あとは現役編集者のコメントや評価がもらえるのも嬉しいよね。もちろんどっちも、ある程度まで選考を抜けられればの話だけど」

「ふるいにかけられて、最後の方まで残っていればいるほどチャンスがあるってことですね。分かりやすいです」

「うん、たしかに公平性は高いよね。あとは出版社によって欲しい作品の傾向が違うから、そこを見極めるのも必要な能力なんだと思う。次に投稿サイトについて話すね」

「はい、お願いします」

「やっぱり最大のメリットは書籍化していない作品でも読者に読んでもらえること。感想をもらえれば小説の改善点なんかも分かるし、なによりブックマークやいいねとか、自分の小説を読んでアクションを起こしてくれる人間がいるだけで強くモチベーションに繋がる。人気が出てくれば出版社から声がかかることもあるみたいだから、賞を獲っていなくてもデビュー出来る可能性があるし。まぁ結局どっちを選んでも相応の実力が必須だけど」


 へぇ、投稿サイトを利用するのはそういった利点もあるんだ。たしかに私も初めて小説を誉められた時はものすごく心躍ったし、あれを何度も味わえるなら是非利用してみたいと感じる。


「あとは作品を投稿してる人同士が交流したりも出来るし、意見交換の場として強い面もあるね」

「来夢と和多もそれで知り合った。ただ春風、賞レースと違って投稿サイトは明確なデメリットもあるよ」

「あぁ、たしかにそれも話しておいた方がいいか。やっぱり投稿サイトも人間同士が関わる場だから、誹謗中傷や作品批判の的になる場合もあるんだよ。批判されるのも覚悟の上って気持ちだとしても、理不尽な攻撃をされた時、なかなかすぐに納得出来る人間は少ないんじゃないかな。小説書きは繊細な子が多いし」

「私は全然気にしないけどな、むしろかかってこいって感じ。アンチも貴重なページビューには変わりないから」

「それは咲嵐だからだよ。普通は気にするし、嫌な気持ちになるものなの」


 たしかにそれは絶対に覚悟しておくべき事柄だ。

 でも、本気で小説家を目指すなら避けて通れない部分であるのも分かる。


「まぁ咲嵐の小説はギャンブルエッセイとか、批判が付きやすそうなジャンルなのもあるね」

「ちょっと思ったんですけど、同じ作品を平行することは出来ないんですか?」

「全然出来るよ、最近は投稿した作品にタグ付けすればそのまま選考してもらえるケースなんかもあるし。ただ賞レースの応募要項が完全未発表の作品に限ることもあるけどね。だから多いのは賞レースに落ちた作品を投稿サイトに載せてみて、読者の反応を伺うケース」

「なるほど、そうなんですね。じゃあ最初は賞レースに送ってみようかな。そのあと発表を待っている間に、別の作品で投稿サイトを利用してみたりとか」

「いいんじゃない? 賞レースの結果発表って数ヵ月かかるから。あ、そういえば私が送ろうとしている新人賞があるんだけど、月末が締め切りで春風ちゃんの作風に合うかも。推敲しても間に合うでしょ、良かったら同じ土俵で勝負してみる?」

「えっ!? そんな、いきなり和多さんと勝負なんて恐れ多いですよ」

「おいおいももかん。お前本気で小説家を目指すなら誰が相手であろうと叩き潰すくらいの気概でないと厳しいぞ。魂削って作品作ってるやつは、同じ立場のやつに負けても文句なんて言いやしねぇよ。それとその新人賞、実はちょうど私も間に合わせようと思ってたんだ」


 そう言って、にやりと笑う咲嵐さん。

 うそ、咲嵐さんまで?


「ふふ、面白そう。月末締め切りって凡凡社ぼんぼんしゃの新人賞でしょ? 来夢もちょうど1本ジャンルが合うストックあるし、たまには全員で真っ向勝負でもしてみる?」


 えっ!?

 まさかの来夢ちゃんまで!


「へぇ、望むところだね」


 普段はかなり温厚な和多さんも闘志をむき出しにしている。やっぱりこの3人の小説に対するプライドや意地は恰好良い。

 そうだ、そうだった。私はこれに憧れて小説を発表していくことを選んだんだ。

 咲嵐さんの言う通り、対戦相手が身内だからなんて関係ない。むしろこの人たちが魂を込めて作る作品と肩を並べて勝負出来る機会なんだ。


「じゃあ決まりだな。どうせなら1番成績悪いやつが1番成績良いやつになにか奢ろうぜ」

「いいね」

「もちろん焼肉でしょ」

「えっ!?」

「なんだよももかん、自信ないのか?」


 自分を鼓舞してみたものの、本当に自信があるのかと問われれば分からない。

 でもこの人達と戦ってみたいと思ったのは本当だし、少しずつだけど自分の作品に対する自信が生まれてきているのも確かだ。

 はっきり言えば、かなりわくわくしている。


「いえ、楽しみだなと思って」

「おっ、言うじゃねぇか! よし、じゃあ勝負の舞台は凡凡社新人賞。どうせなら全員で上位総ナメにしてやろうぜ!」

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