うさうさ、ぴょんぴょん、うさうさぴょーん!
そのまま咲嵐さんと他愛もない会話をしていると、両手にトレイを持った来夢ちゃんが席に戻って来た。毎度飲食店のホールスタッフさんを見ると思うけど、すごいバランス感覚だ。
「お待たせしました、お嬢様方。コーラとストロベリーバニーソーダでございます」
いつもの来夢ちゃんと違い、しっかり抑揚の効いた声で飲み物を配膳してくれる。
営業スマイルだろうけど、この可愛らしい笑顔を見るために通うお客さんの気持ちが少し分かる気がした。どうやらここからはさっきまでと違い、本来の接客をしてくれるみたいだ。
続けて咲嵐さんのカツカレー、カツサンドの配膳が終わったところで、いよいよ私の前にオムライスが到着する。卵が乗っているだけで調味料はまだかかっていない。
「では、美味しくするためにおまじないをかけましょう。うさうさ、ぴょんぴょん、うさうさぴょん! さぁ、一緒にお願いします!」
来夢ちゃんは言い終える直前に、両手をうさぎ耳に見立てて頭の上で開く。
「あ、はい!」
「……ちょっと、咲嵐。春風がメイド喫茶初めてだって言うからちゃんと接客してるのに、あんたいい加減にしなさいよ」
横を見ると、咲嵐さんが必死で笑いを押し殺していた。
「咲嵐さん、いくらなんでも失礼過ぎますよ! やりましょう!」
「おう、すまんすまん。でも、何回見ても普段仏頂面で感情の機微に乏しい来夢のこれは笑うだろ」
この人本当に、いつか刺されるんじゃないかな。
来夢ちゃんと真逆で自分の感情に素直過ぎる。
「じゃあ行きますよ。せーのっ!」
「うさうさ、ぴょんぴょん、うさうさぴょーん!」
正直言って私もかなり恥ずかしかったけど、来夢ちゃんや咲嵐さんと一緒なのでなんとかやりきる事が出来た。
「よし、じゃあお待ちかねのオムライスに落書き。春風、何がいいの?」
「えっ!? あ、じゃあ。えーっと、なににしようかな」
しまった、普通になにも考えてなかった。
もちろん出来るだけ簡単な方がいいよね?
私の名前も割と画数は多いし、それなら平仮名で。いや、平仮名もケチャップで書こうと思ったら、る、とか難しい気もする。
じゃあ動物とかはどう?
――あ、うさぎ!
来夢ちゃん普段からアクセサリーとかグッズもうさぎモチーフが多いし、ここのマスコットキャラクターもうさぎだ。これなら簡単に書けるんじゃないかな。
「じゃあ、うさ――」
「ちょっと待った。来夢が書いた絵をももかんが当てるってのはどうだ? それでももかんが当てられたなら、来夢のケチャップさばきが上達したってことになるだろ?」
「なるほど、咲嵐にしてはいい案じゃない。ゲームとしても面白そうだし」
ちょっと、咲嵐さん! どうしてそんなとんでもなく余計な事を!
それに来夢ちゃんもどうして乗り気なの?
面白いって言ったけど、私が外したら絶対傷付いたり不機嫌になったりしそうだ。
「じゃあ書くね」
「あ、来夢。先に私にだけ答えを教えておいてくれよ」
「うん、分かった」
来夢ちゃんはそう返事をすると、咲嵐さんの耳元へ口を近づける。
チャンスだ。来夢ちゃんの口の動き、喋る長さ、漏れる声。何に換えても聞き逃すな。
「―――」
よし。手を仕切りにされたので口の動きや声こそ分からなかったが、長さ的におそらく3文字から5文字。
……って、そんなのほとんどの物や動物が該当するじゃない!
こんなヒントだけじゃ無理だ。もう単純に来夢ちゃんが上手く描くことを祈るしかない。
さっき言っていたようにオムライスを頼む人が多いというのは本当だろうし、それなら本当に実力が上がっていることも充分考えられる。
来夢ちゃんは一切迷うことなくケチャップを絞り始めた。これは本当に上達している可能性が高いんじゃないだろうか。
「はい、出来たよ。やった、思ったよりずっと上手く描けた! 見て見て春風」
……なんだ、これ?
丸い輪郭に、頭部から飛び出した数本の線。口らしき部分には歪な歯がぎっしりと生えており、目らしき部分は矢で射貫かれたように膨張して明後日を向いている。
駄目だ、B級ホラー映画に出てくるエイリアンにしか見えない。
少しでもヒントはないかと咲嵐さんの方を見ると、顔を伏せてプルプルと小刻みに震えている。
答えを知っているうえでのこの反応。ということは、きっとエイリアンじゃない。考えろ。絶対に外すな。
上手く描けたとこんなに喜んでいる来夢ちゃんを失望させたら、きっと私は来夢ちゃんにこういうフォルムの蚊だと認識される。叩き潰される。
おそらく生物ではあるんだけど、該当する生物が一切思い浮かばない。
「……春風? もしかして分からない?」
不安そうな顔と弱弱しい声で私を見つめる来夢ちゃん。
まずい、悩み過ぎてもいけないのか。もう直感の方を信じて覚悟を決めるしかない。
「エイリアン……ですよね? 上手く描けてる!」
「ぎゃははははは!」
私が発言した瞬間、咲嵐さんが笑い過ぎて椅子から転げ落ちた。それを足でげしげしと蹴りながら、来夢ちゃんが私の方を向く。
「……ライオンなのに」
「えっ!?」
「ぎゃはははははは!」
あまりにも衝撃的な解答。
まるで童謡を聞かされて、これがロックンロールだと言われたくらいの衝撃だ。悲しそうな来夢ちゃんが視界に入り心苦しい。
本当にごめんなさい。でも正直、ライオンのラの字すらも思い浮かばなかった。
「もういい。恥をかかされた元はとるから」
来夢ちゃんはそう言うと、咲嵐さんが頼んだカツサンドを両手に掴みばくばくと食べ始めた。
「あっ! こら来夢てめぇ! 仕事中に客の飯食っていいのかよ!」
カツサンドで頬を膨らませる来夢ちゃんの溜飲は、少しだけ下がったように見えた。
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