ようこそロジカルバニーへ!1番ダメージを与えられる料理はオムライスです!

「おかえりなさいませ、お嬢様方。夢と幸せの国、ロジカルバニーへようこそ!」


 店内へ足を踏み入れた私達を待っていたのは、ピンクを基調にした壁紙。そしてメガネをかけたうさぎを模したものが多い、メルヘンチックなインテリアやぬいぐるみの数々。

 サラリーマンや学生達が行き交う駅前からは、あまりにも剥離した世界。

 私はただただ、ポカンと店内を見つめている。

 うん、たしかに看板の中にあったよメイド喫茶。目を引くデザインだったからよく覚えている。それに咲嵐さんが来夢ちゃんを紹介してくれた時、かなり気が動転していたけどメイドという文言が入っていたような気もする。

 ただその、飲食店というか……まぁ、飲食店ではあるんだけど。ご飯を食べに行こうと言われてこういった場所を思いつく人は相当少ないんじゃないだろうか。

 というかここへ来るなら、咲嵐さんは私服よりいつかの魔法少女姿の方が溶け込めそうだ。なんてくだらないことを考えていると、スカートのすそを持ち上げた可愛らしい女の子達が次々と立ち上がり、深々とお辞儀を披露した。

 頭に付けたうさ耳のカチューシャが個性的で、メイド服にメガネをかけたうさぎがあしらわれている。看板にもインテリアにも同じものが描かれているので、おそらくここのイメージキャラクターなんだろう。

 そしてメイドさんの中に、見覚えのある顔が1人。


「ちっ!」


 笑顔こそ崩さないものの、明らかに小さく舌打ちをした。名札には、みらい、と書いてあるがどう見ても来夢ちゃんだ。


「おっ、来夢フリーじゃん。私達の席に着いてくれよ」

「店で本名呼ぶんじゃないわよ、馬鹿。まぁいいわ、あんたら相手なら適当でいいし」


 そのまま来夢ちゃんに案内されて、壁際の席に座る。

 私が奥で、キッチン側が咲嵐さんの2人席。来夢ちゃんを近くでよく見ると、いつも着けている髪留めのうさぎが店のキャラクターに変わっていた。可愛らしい容姿にメイド服が抜群に似合う。


「その、いきなり押しかけてごめんなさい来夢……いえ、みらいちゃん」

「もう面倒だから来夢でいいよ。それにどうせ、春風じゃなくて咲嵐が行きたいって言いだしたんでしょ」

「違うぞ、ももかんが来夢の職場を知りたいって言ったから」

「えっ!?」

「ふーん。じゃあ来夢の仕事を邪魔する蚊は、春風ってことなの? 来夢はどんなフォルムでも叩き潰すって宣言したはずだけど」


 やばい!

 来夢ちゃんの目が完全に据わっている!


「ち、ち、違いますよ! ちょっと咲嵐さん、訂正してください!」

「わはは! すまんすまん、お前のバイトが気になるって言ったのはももかんだけど、私が行こうって言い出したんだ」

「だろうね、冗談よ。で、何食べるの?」


 来夢ちゃんはラックからメニュー表を2枚取り出すと、手際良く私と咲嵐さんの前に置いた。

 開いてみると普通の飲食店のそれとは違い、あちこちにとてもメルヘンチックな手書きの文字やイラストが載っていた。飲み物それぞれに合った色で彩色されていたり、デコレーションした写真が貼られていたりとても可愛らしい。見ているだけで楽しい気分になってくる。


「私はコーラとカツカレーとカツサンドにするわ」

「そんなにカツ食う奴あんただけよ。で、春風は?」


 やば、咲嵐さん思った以上に決めるの早い。私こういうの結構迷っちゃうタイプなんだよな、でも早く決めなくちゃ。


「じゃあ、ストロベリーバニーソーダ? ってやつとオムライスをください」

「お、やるじゃねぇかももかん。オムライスは来夢に1番ダメージを与えられる料理だぜ」

「えっ!?」


 そう言われて来夢ちゃんの方に目をやると、お手本のようなジト目で私を睨んでいた。

 単純に好物だしメイド喫茶と言えばオムライスかなと思って頼んでみたんだけど、なにかまずいことをしてしまったかもしれない。


「ケチャップで文字とか絵を描くんだけどさ、こいつ信じられないくらい下手で一向に上達しねぇの。私が初めて来た時なんて、私の名前を漢字で書こうとして新品のケチャップ1本使い切ってたんだぜ。面白すぎるだろ」

「そ、それはあれじゃないですか? 咲嵐さんの名前ってちょっと珍しくて画数多いし」

「だとしても1本使い切るのはやべぇだろ。しかも結局ぐちゃぐちゃで誰もなんて書いてあるか判別出来ないのに、来夢はケチャップが足りないとかいってもう1本開けようとしてさ。笑い過ぎて死ぬかと思ったわ」

「……」

「!」


 え、やば!

 来夢ちゃんの目から完全に白色が抜けて真っ黒になってる!


「あの、私やっぱりクラブハウスサンドにしようかな~」

「……なんで? オムライスを頼むお客さんが一番多いし、咲嵐が知らないだけでとっくに上達してるから」

「は、はい。じゃあお願いします」


 そう言われてしまってはもう断れるわけがない。


「じゃあ注文を確認するから。コーラ、ストロベリーバニーソーダ、カツカレー、カツサンド、それと……オムライスでいいね?」


 間が少しだけ怖かったけど、注文内容は合っていたので深く頷いておいた。

 来夢ちゃんは注文内容を書いたメモを片手に、キッチンの奥へと去っていく。


「普通の飲食店だと思い込んでいたのでびっくりしましたよ。それにしても来夢ちゃんすごいですね。自分のことよく社会不適合者とか言ってるのに接客業、しかもメイド喫茶を選ぶなんて。今はコンセプトカフェとか呼ぶんでしたっけ?」

「あぁ、なんだかんだあいつは結構しっかりしてるよ。小説賞とかの締め切りも3日前にはよっぽど終わらせてるから。そしてここはな、来夢の姉ちゃんが経営してるんだ。雉村姉妹といえばメイド喫茶、コスプレ界隈じゃ少し有名らしいぜ。ほら、あの人だ。雉村きじむら愛栖あいす


 咲嵐さんがキッチンの方へ手を振ると、それに気付いた銀髪のメイドさんがピースサインを返してくれた。笑顔がとても素敵で、丸みを帯びたメガネが似合う。どちらかと言えばポーカーフェイスな来夢ちゃんとタイプが違うけど、たしかに少し似てるかも。


「そうなんだ、でも本当にすごいと思います。高校生でバイトの他にコスプレイヤーと小説の両立って」

「まぁ来夢自身はコスプレ衣装を作るのは好きだけど、自分がずっとコスプレイヤーとしてやっていくつもりはないらしい。やっぱり本当にやりたいのは小説なんだろ」

「なるほど、それでもやっぱりすごいです。やりたいことのために得意じゃないことにも挑戦してるわけですよね。私なんていくらお金をもらえようと、性格的に絶対人前でコスプレなんて出来ませんから」

「おいおい、あんまり私の前でそういうこと言わない方がいいぞ。メイドにしたくなってくるし、コスプレさせたくなってくるじゃないか」

「ひぃっ!」

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