今日から始まるパニックホラー

 あまりの驚きに足がすくみ、立っていることが出来ず思いきり尻餅を突いてしまう。


「なんだ、どうした!?」


 後ろからは咲嵐さんの声が聞こえた。

 恐怖が足先から頭へのぼり、涙が溢れる。

 心臓の鼓動が異様に早くなり、コントロールが効かない。


 なに? なんなのこれ!?

 

 どんな人が立っているのかと開けた扉の前に居たのは、人間ではなかった。

 異様に青白い肌。そして巨大な一つ目を有し、鋭い牙を剥きだしにした黒マントの怪物。扉が閉まらないように押さえ、じっとこちらを見つめている。

 妖怪? 悪魔? お化け?

 分からない。でも。ただただ恐ろしい。

 もう確実に今日が私の命日だ。私が今日から始まるパニックホラー1人目の犠牲者だ。


「……あれ? 和多と咲嵐じゃない」


 怪物はぬっと私の顔を覗き込むと、およそ怪物が発したとは思えない可愛らしい声でそう呟いた。


「おいももかん! 大丈夫か? まさか来夢じゃなくて変質者だったのか!?」

「春風ちゃん! 何があったの!?」


 リビングとトイレから、それぞれ咲嵐さんと和多さんが駆けつけてくれる。私は当然、まだ動くことも喋ることも出来ない。


「うぉ!」

「ひゃあ!」


 2人共同時に怪物の存在を認識し、驚愕する。


「どうも、地球侵略に来た生命体Xです」

「って、おい! 柄にもなくビビっちまったじゃねぇか! なんだそのクオリティは!」

「こら、来夢! 私達ならともかく、春風ちゃんめちゃくちゃ怖がってるじゃない! かわいそうに、まるで今日から始まるパニックホラー1人目の犠牲者みたいな怯え方して」


 和多さんが腰を落とし、恐怖に震える私を優しく抱きしめてくれる。惚れそう。


「いや、来夢もまさか初対面の子が出るとは思ってなかったから。せっかくなら引っ越し祝いに驚きをプレゼントしてやろうという粋な計らい」


 完全に玄関へ足を踏み入れた怪物はそう言うと、頭の方へ両手を持っていく。

 そして手をかけたかと思うと、スポっとその頭部が外れ、中から可愛らしい女の子が現れた。


「えっ!?」


 ツインテールをうさぎの髪留めでまとめた、前髪の長い女の子。まじまじ見ると身長が低く、私と同じくらいだ。顔立ちから年は私と同じかそれより下に見え、前髪から覗くなんだか気怠そうな表情が印象に残る。

 そこで、私の脳はようやく起こった現象を理解した。

 それにしても咲嵐さんの言う通り、クオリティが高過ぎる。夜中にこれが正面から歩いて来たら失神する自信しかない。


「こいつがさっき言ってたもう1人、雉村きじむら来夢らいむだ。17歳の高校2年生であり、コスプレイヤーであり、メイドであり、小説書きでもある」


 とんでもない量の情報を一気に詰め込まれた。やっと恐怖から解放されたばかりでまだ頭が上手く働いていないのに。

 ただその中の1つは、あの怪物の出来に頷けるものだった。


「まったく、そんな格好でインターホン押すなんてなに考えてんだ」

「ちょっとしたいたずら。はじめまして、よろしく」

「あ、あの、はい。桃野春風です、こちらこそよろしくお願いします。それと咲嵐さん、言いにくいんですが。咲嵐さんは来夢ちゃんのこと言えないと思います」

「いやいや、私は健全な魔法少女だったじゃん。一緒にされちゃ困るな」


 それを聞いて、今まで顛末を黙って見ていた和多さんがいよいよツッコミを入れた。


「咲嵐。他人の部屋のインターホンをコスプレで押す時点で健全ではないんだよ」

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