絶叫!たこ焼きパーティー

 そのあと再び私が抵抗するイベントが発生したが、和多さんの期待を込めたまなざしを裏切るのが心苦しく、さらに咲嵐さんには見せたのにという罪悪感で結局折れた。

 相変わらず他人が自分の小説を読んでいるという環境は、そわそわして落ち着かない。


「なにこれ、面白い! ここからサスペンスに変わるんだ!」

「な、面白いだろ。これ絶対自分だけで満足せずに、賞レースかネットに投稿するべきだよな」

「うん。基本的に賛成できないことばかりだけど、今回は咲嵐の意見に賛成」

「一言多い」

「えっと、でもその。褒めてくれるのはとても嬉しいんですが、私本当に趣味で書いてるだけで、誰かに読んでもらおうとか考えたこともないんです」

「マジで? これだけ書けるのにもったいない。しかし、そろそろ腹減ったな。そうだ、ももかん。お前このあと暇か?」

「え? ももかんって、もしかして私ですか?」

「おう。桃野春風を略してももかん」

「えーっと。荷物も受け取ったし、今日はもう特に予定ないですが」

「それなら、私達と一緒に飯食わね?」


 いきなり過ぎる提案に、思わずきょとんとしてしまう。

 でも正直、魅力的だ。人見知りの私でも咲嵐さんと和多さんは喋りやすいし、なによりもっと小説の話をしてみたい。


「でも、お2人で食べる予定だったんじゃ? いいんですか?」

「もちろん。な、和多?」

「うん。春風ちゃんが良ければぜひ一緒に食べようよ。私の部屋でたこ焼きするんだけど、絶対多い方が楽しいから。ただ2人じゃなくて、実はあともう1人来る予定なんだけどいいかな?」

「えっ!? 私は全然大丈夫ですが、その方が迷惑じゃないですか?」

「あいつは変人だし性格ねじ曲がってるけど、そういうの気にするタイプじゃないだろ」

「咲嵐もあんまり人のこと言えないけどね」

「お前が真面目過ぎるんだよ和多。とりあえず来夢らいむはまだ時間かかるから、先に買い出しへ行こうぜ」

「うん、そうだね。行こう春風ちゃん」

「はい!」

「ところで咲嵐、あんたまさかその格好で行くの?」

「やべっ! 着替えるの忘れてた!」


*****


 テーブルにはたこ焼き用ホットプレートを中心に、和多さんが作ってくれたバジルサラダに肉炒め、チーズと生ハム、そしてチューハイとジュースの缶が並ぶ。

 和多さんはともかく咲嵐さんはバイクなので慌てたが、どうやら今日は和多さんの家に泊まっていく予定らしい。私はもちろんオレンジジュースで乾杯した。


「それで、私が見た咲嵐さんの登場シーン。お二人ならどんな小説に使いますか?」

「うーん。私は咲嵐を見慣れ過ぎてて、逆にイメージしにくいな」

「わはは! 普段からそんなに小説のこと考えてるのに、なんで人に作品見られるの嫌がるんだよ」

「だ、だって恥ずかしいじゃないですか」

「ふーん。ところでさ、ももかん。お前どうして小説書き始めたの?」


 咲嵐さんはそう言うと、缶に残っていたチューハイをぐいっとあおる。


「昔から人見知りで友達が出来なくて、小学校の時は本を読むことが唯一の楽しみだったんです。そこからだんだん、自分でも書いてみたいなって」

「なるほどね。じゃあ将来の夢は?」

「将来の夢ですか? とりあえずきちんと大学を卒業して、安定した仕事に就ければと思ってます」

「そうか。んで、小学校の時の将来の夢は?」

「……小説家です、けど」

「わはは!」


 大きな笑い声を上げたあと、にやにやしながら下へ向けた私の顔を覗き込む咲嵐さん。


「小説なんて読んでもらってなんぼだぞ。特にももかんの小説はめちゃくちゃ面白いし、試しに応募でもしてみたらどうだ?」


 うーん……。

 二人が私の小説を評価してくれたのは素直に嬉しい。人生で初めて書いた甲斐、というものを実感出来たし高揚感もあった。

 でもやっぱり知らない人に読まれて評価を下されるというのは、とても怖い気持ちがある。


「やめろ咲嵐、困ってるじゃないか。私もその方が良いとは思うけど、無理強いするものじゃない」

「かーっ、やっぱりもったいないって。もしかしたら受賞したりして、人生変わるかもしれないぜ?」

「そんな簡単なもんじゃないよ。本気で受賞を目指すなら、生活の多くを犠牲にして我慢して、お金も時間も精神も削って。それでも書いていかなきゃいけないこと、咲嵐が一番分かってるでしょ。春風ちゃんは大学まで進んでるんだから、落ち着いて勉強出来る環境が優先だよ」

「たしかに夢を追って夢中心の生活をしてると、大変な思いをすることの方が多い。でもな、ももかん。私はこう思う。人生はいばらの道の方が、刺激が多くて楽しいに決まってる!」

「春風ちゃん、無視していいからね。今の世の中じゃ大抵いばらの道を歩く通行料として支払うのが皆の求める安定だから。私も今は咲嵐達と同じ側にいるけど、正直言って安定した人生を送りたい気持ちも分かる。ってほら、もうたこ焼き出来るよ」

「あ、はい。私、取り分けますね」


 今のやりとり、咲嵐さんと和多さんの言葉。あれって、咲嵐さんと和多さんはプロを目指してるってことなのかな?

 だとしたらすごい。

 私だってもちろん興味がないわけではないけど、やっぱり自分の考えを落とし込んだ小説を不特定多数の人に見られるのは怖い。そしてもちろん和多さんが言っていたように、小説を生活の中心にして不安定な未来を歩く勇気なんてない。

 そんなことを考えながら、取り分けたたこ焼きに青のりをかけようとしていたら、和多さんの部屋のインターホンが鳴った。


来夢らいむだろ、そろそろ着くって言ってたし。よし、ももかん。お出迎えしてやってくれ」

「えっ!? 私が出るんですか!?」


 どうしてそうなるの?

 さっき人見知りだって話したばかりなのに。


「和多はトイレ行ったからな。それに知らない奴が出た方が面白いじゃん」

「面白いのは咲嵐さんだけですよ!」

「わはは! まぁまぁ、挨拶だと思って。ほら、あんまり待たせると悪いから」


 明らかに無茶ぶりなのに、なぜか最後だけ正論だ。

 もう、仕方ない。どうせ咲嵐さんは出る気がないんだろうし、招いてもらった手前先に挨拶しておきたいのも本当だし。

 私は深呼吸をすると、覚悟を決めて玄関先へ向かう。


「はい、どなたですか?」

「来夢だけど」


 うん、和多さんと咲嵐さんが言っていた名前だ。

 いったい向こう側にはどんな人が立っているんだろう。

 私は少しの期待と大きな不安を胸に、ドアノブへ手をかけた。そしてそれをゆっくりと押して、隔てているドアを開く。


 その直後。


「きゃあああああああああああっ!」


 反射的に上がってしまったのは、私の叫び声だった。

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