類はお隣さんを呼ぶ
「おい、ちょっと!」
「はい!」
「なんだこの小説は!」
まずい。
この反応はきっと酷評される。
ましてや今回書いている小説はいきなり人が殺される展開だから、危ないやつだと思われたかもしれない。
「――まだ序盤しか出来てないのに、すんげぇおもしろいじゃん!」
「えっ!?」
「最初は能力モノのローファンタジーなのかと思ったけど、実際はサスペンスか。よくこんな伏線思いついたな」
お姉さんの感想は意外だった。まさか普通に褒められるとは。
やばい、なんだこれ。
胸が熱くなるくらい嬉しい。今まで他人に褒めてもらったことなんてほとんどなかったからだろうか。
「あ、ありがとうございます。その、お姉さん小説詳しいんですね」
それに知識が深い。モラルがかなりぶっとんではいるものの、明るい性格、整った容姿、抜群のスタイル。勝手な先入観だが、ローファンタジーなんて用語を知っているような人種には見えない。人種で言うなら、ギャルという言葉の方が数倍しっくりくる。
「あぁ、私も小説書くから」
「えっ!?」
「わはは、その『えっ!?』ってやつ口癖なの? さっきから使ってるけど、あんまりリアルで聞かないぞ――っと、すまん。電話だ」
すごい、自分以外に小説書く人なんて初めて出会った。
いや。今までも会ってはいたのかもしれないけど、多分公表する人が少ない。もちろん私だって誰にも言ったことなんてないし。
いつから書いているんですか?
どんなジャンルを書くんですか?
お姉さんの小説も読ませてくれませんか?
頭に浮かんだ質問をどれから聞こうか悩んでいる最中に、お姉さんのスマホが鳴った。受話音量が大きいのと相手側が声を荒げていることで、そのまま会話が聞こえてくる。
「こら、
「あー、すまん
「なんだその抽象的な表現。それならインターホン鳴らしてよ」
「インターホンはもう鳴らした」
「ん? 私が気付かなかった?」
「うーん、どう説明したらいいのやら。とりあえず今は隣の202号室に居るよ」
「……はぁ? どういうこと?」
それから咲嵐と呼ばれたお姉さんがおおまかな経緯を説明すると、すぐに右隣りの壁側からばたばたと音が聞こえた。
そして1分と経たずに、本日3度目のインターホンが響く。
「すみません! 友達がご迷惑をおかけしてしまって!」
現れたのは黒髪ボブで身長が高く、ジーパンが似合う少しボーイッシュなお姉さん。出会いがしらに深く頭を下げた彼女は、咲嵐さんが通話していた相手。つまり203号室の住人で間違いないだろう。
「あはは、いえいえ。全然大丈夫ですよ」
本当は漏らされそうになったり、部屋に入られたり、小説を読まれたり。全然大丈夫じゃないけど、お隣さんへの社交辞令も含めて大丈夫なフリをする。
「咲嵐! あんたはまた人に迷惑かけて!」
「おいおい、人聞き悪いって和多。ちょっと部屋を間違えちまって、トイレを借りて、そのあとついでに小説を読ませてもらってただけだよな?」
「えぇっと、その、はい」
だけ?
だけって言葉の使い方って、これで合ってるっけ?
あまりにも堂々とした言い分に、もしかして私の器が狭いんじゃないかとつい考えてしまう。
「嘘つけ、なんだかとても困ったような表情をしてるじゃないか。初対面の人様の家に上がり込んで小説を読むなんて、充分迷惑行為に該当するよ」
よかった、どうやら私の感覚はまともみたいだ。そして和多さんが魔法少女姿には一切突っ込まないあたり、咲嵐さんは普段からこういうことをしそうな人なんだろう。
「それなんだけどさ、めちゃくちゃ面白いんだぜ。この子が書いた小説」
えっ!?
うわぁあ!
触れられてなかったのに、どうして余計な文言を!
「へぇ。てっきり置いてある小説を読んでたと思ったんだけど、あなたが書いた小説なんだ」
「あ……。うぅ、えっと、はい。ただ本当に趣味で書くだけで、他人に見せるつもりは全くなくて」
「そうなんだ。じゃあやっぱり咲嵐が勝手に読んだんでしょ、おもいっきり迷惑かけてるね。本当にごめん」
「いえ、でも他人の感想を聞けたのなんて初めてだったし、そんなに嫌じゃなかったかもです」
「それなら良かった。実はさ、私も咲嵐も小説書くんだ。なんだか嬉しいな、引っ越してきた先のお隣さんも物書きだなんて」
え、すごい。咲嵐さんだけじゃなくて、和多さんも小説書くんだ。
「あの、私も嬉しいです。今日まで小説書いてることなんて誰にも話さなかったし、まさか同じ趣味の人と1日に2人も出会えるなんて」
「はは、出会えたというか当たり屋に当てられたみたいな感じでしょ。うん、よろしくね。ところで、そろそろ自己紹介させてもらってもいいかな? 私は
「ちぇ、この格好のままインターホン鳴らす予定だったんだけどな。年齢は私がぴちぴち21歳で、和多がぎりぎり25歳」
「ちょっと、なによぎりぎりって。たしかに今月が誕生日だけど」
「私は桃野春風です、18歳。私も最近引っ越してきたばかりで、もうすぐ近くの
「そうなんだ、失礼かもだけどもう少し幼く見えたよ。じゃあこれからお隣さんだね、よろしく。ところで春風ちゃん、実はさっきからずっと気になってたことがあるんだけど」
「よろしくお願いします。はい? なんでしょう」
和多さんはなにかを我慢出来ずにうずうずしているといった表情で、じっとこちらを見つめていた。
「単刀直入に言うね。私にも小説読ませてもらっていい?」
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