「じゃあ漏らすぞ、いいんだな!?」

「ちょっとすまん、トイレ貸してくれ! この尿意でもう一度魔法少女を演じたら、漏らす自信しかない!」


 持っていたステッキを握ったまま股に両手を当て、もじもじと身をよじるお姉さん。

 かなりびっくりしたけど、たしかにそれは一大事だ。

 でもそれなら、隣にあるお友達の家でトイレを借りればいいのでは?


「その、さっきの自己紹介をとばしてお友達の家のトイレを借りた方が良くないですか?」

「いや、アレは絶対しなきゃダメだ! 実は競馬で勝ったから衝動買いしたこのコスプレ、1万円かかってる!」


 そ、そうなんだ。

 でも自己紹介の最中に魔法少女のコスプレをした美人が漏らすって、なんか一部には需要ありそうに思えなくもないけど。なんて、そんな邪な考えを巡らせている間にお姉さんの尿意が限界突破しちゃったらまずい。


「そういうことならどうぞ、トイレはそこの扉です」

「恩に着る!」


 お姉さんは恰好に到底似つかわしくない日本語を発すると、ピンク色の靴を乱雑に脱ぎ捨て、女児向けキャラクターの描かれた靴下を露出しながら大急ぎでトイレへ向かう。

 靴下までちゃんとこだわってるのすごいな。


「くそ、なんだこの服! 脱ぎ辛すぎて漏らしそうだ!」


 そしてトイレの中からは、とんでもない独り言が響いてきた。


「えぇ!? ちょ、ちょっと! 私も入居したばかりなんです、汚さないでくださいね!」

「善処する! 善処はするけど、本当に脱げん! ちょっと脱がしてくんねぇか!?」


 お姉さんはそう言うと、ロックを解除してトイレの扉を開いた。ばたばたともがいているお姉さんが現れる。


「無理です、無理ですよ! 初対面の女の人の服を脱がすなんて出来ません!」

「じゃあ漏らすぞ、いいんだな!?」

「絶対ダメです!」


 どうしてこの状況で脅迫されているのか全く理解が出来ない。

 私がお姉さんにしてることって、親切以外のなにものでもないよね?

 それでも本当に新居のトイレを汚されてはたまらないので、私は覚悟を決めた。

 トイレの中へ入りとりあえず手をかけてみたスカート部分は、よく見ると上半身と繋がってワンピースのようになっている。


「これ、着る時に上から通しませんでしたか?」

「そうだ、そうだった! すまん、引っ張ってくれ!」


 言われた通りに服を上から引っ張ると、綺麗にすぽん、と頭を抜けた。

当然私の視界に映るのは、下着姿になったお姉さん。そのまま下着を降ろそうとしたので、私は慌てて扉を閉める。


「あぶねー、ギリギリセーフ!」


 うん、本当に。2つの意味でね。

 ともあれなんとかお姉さんのお漏らしを回避出来たので、私はようやく胸をなでおろす。すると玄関から、再びインターホンが響いた。


「宅配便でーす」


 ばたばたし過ぎてもはや忘れかけてた。今度こそ電子レンジだろう。

 玄関の扉を開けると、立っていたのは制服姿の中年男性。やはり今回は本当に宅配便で違いなかった。

 荷物が重いので、配達員さんが降ろすのを手伝ってくれる。そしてタブレット端末に名前を記入し、手続きは終了した。

 お礼を言って配達員さんを見送ったあと、私は段ボールから説明書だけを取り出し部屋へ戻る。


「おう、おかえり。何が届いたんだ?」


 椅子に座ったお姉さんは身体を反らせ、顔をこちらに向けた。


「電子レンジです。冷蔵庫の上に置こうか、キッチン台の隅に置こうか迷ってるんですよ」

「私も一人暮らしだけど、冷蔵庫の上の方が使い勝手いいぞ。取り出した冷凍食品をそのまま加熱出来るからな」

「なるほど、たしかにそうですよね。じゃあちょっと冷蔵庫裏の配線見てきます」

「分かった。ところでこのパソコンに打ちかけの小説みたいなやつ、読んでてもいいか?」

「はい、どうぞ――って、ちょっと!」


 あまりにも態度が自然過ぎて、まるで同居している友人のように対応してしまった。


「なに普通に部屋でくつろいでるんですか! それと小説は絶対読んじゃダメです!」


 それにまさか自分以外の人間が部屋に入るなんて思っていなかったので、ノートパソコンを立ち上げたままだった。

 他人に自分の書いた小説を読まれなんてしたら恥ずかしさで死んでしまう。なんとしても阻止しようと、お姉さんの持つパソコンへ手を伸ばす。


「おっと。そこまで隠されると逆に気になるじゃん」


 長身のお姉さんがパソコンを高く持ち上げたので、小柄な私は手をかけることが出来ない。触れそうになってはまた位置をずらされる、そんなやりとりが続く。


「やめて! お願い読まないで!」

「ふふふ……そんなに可愛く抵抗されるとぞくぞくしちゃうじゃないか」


 お姉さんは私をからかうようにあしらい、ついにはパソコンを完全に奪われてしまった。

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