NOぶれすおぶりーじゅ!~ワナビ女子達の生きざまに責任は伴わない~

タカサギ狸夜

新生活と魔法少女

「ん~!」


 昨夜は遅くまでパソコンに向かっていたので、まだ眠気が残る短い睡眠だった。アラームを止めた際にスマホの時計を見ると、午前11時7分を指している。

 当然まだまだ寝足りないけど、むりやり身体を起こす。今日は11時半以降に電子レンジが届く予定なので仕方ない。

 大きなあくびをしながらカーテンを開け放し、おもむろに窓の外をのぞく。

 すると、タイミング良く一台のバイクがアパートの前に停まった。

 黒いシンプルなデザインの車体に、細身のシルエットがまたがっている。メットを外すと素顔が露になり、若い女性が宙を見上げ小さなため息をこぼす。


「――綺麗」


 思わず口から出た言葉はそれだった。

 金髪の女性ライダーはとても端正な顔立ちをしていて、胸部を中心に羨ましくなるほど抜群のスタイルを保持している。

 まるで異世界に転移したあと、最初の困難に颯爽と現れたヒーローの登場シーンみたい。

 いや、違うかも。ずっと仮面を着けていて、正体不明のキャラが美少女だった時みたい、かな?

 私、桃野春風もものはるかは迷っていた。

 もし今見たこの場面を小説に落とし込むなら、異世界ファンタジーか異能バトル、どちらにするべきだろうかと。


「お荷物でーす!」


 そんなことを考えながら洗面所で歯磨きをしている最中、インターホンが鳴った。  そして私が受話器を取るより先に、玄関先から声が響く。

 あれ、もう届いたんだ。思ったより早かったな。

 私はくわえていた歯ブラシを戻すと、直接玄関へ向かう。そしてそのまま、ロックを解除してドアを開いた。


「すみません、お待たせしまし――」

「やっほー! 魔法少女咲嵐さくらちゃん、引っ越し祝いに華麗に参上! お届け物はもちろん、ア・タ・シだぞ!」


 ……え?

 ちょ、ちょっと待って。なにこれ、どういうこと?

 宅配業者さんが待っていると思った玄関先に居たのは、まったく面識のない女性だった。

 しかも女性は魔法少女的なステッキを持ち、魔法少女的な白とピンクのフリフリ衣装に身を包み、魔法少女を自称している。おまけにピースサインを額に付けて、笑顔でポーズを決めていた。

 突然の予期せぬ来訪者に、私は驚いて目を丸くすることしか出来ない。

 するとそんな私を見た女性が口を開く。


「……はぁ⁉ ちょっと待て、誰だよお前!」


 その口から出た言葉は、どう考えても私のセリフだった。


「いやいや、私が言いたいですよ! お姉さん、どう見ても電子レンジの宅配業者さんじゃないですよね?」

「当たり前だろ! どこの世界の魔法少女が宅配便で生計を立てるんだ!」

「えっと、魔女の宅急便は違うんです?」

「あー。でもあれ、魔法少女って感じではなくね?」

「たしかに。って、いやいや、そうじゃなくて!」


 そんなことよりも優先してまず知りたいのは、女性の正体に決まっている。

 現状私からすれば、勝手に自宅の呼び鈴を鳴らしたコスプレ不審者でしかない。しかしよく見ると、女性と面識はないけれど、見覚えはあることに気が付いた。


「あれ? お姉さん、もしかしてさっきアパート前にバイク停めてました?」


 セリフや衣装のインパクトが強すぎて分からなかった。この人、さっきバイクにまたがっていた美人のお姉さんじゃないか。


「え? あぁ、そうだけど。すれ違ったっけ?」

「いえ、窓の外を見てたら偶然目に入ったんです。それ私服ですか?」

「んなわけあるか! 来る途中にドンキで買ってさっき着替えたんだよ。それより、どうして203号室にお前が住んでるんだ? 203号室は昨日から猿丘さるおか和多わたが住んでるはずだぞ」


 きゅるりん魔法少女姿と、荒い言葉遣いのギャップがすごい。

 そして、なるほど。私はそれを聞いてようやく現状を理解することが出来た。


「あー、それはですね。おそらくここが202号室だからだと思います」


 そう真実を告げると、お姉さんの表情が徐々に強張っていく。そのあと視線を表札へ移し、どうやら自分の勘違いを物理的にも認識したようだ。


「げっ! マジか……うん、とりあえずごめん。部屋を間違えたらしい」

「はい、大丈夫ですよ」


 生まれて初めて魔法少女に謝罪された私は、素直にそれを受け入れた。

 そしてそのまま、隣の部屋に向かって行くお姉さんを見送ることに――なると思ったのだけど。

 お姉さんは私が閉じようとした玄関扉に、いきなりファンシーでメルヘンなつま先をねじ込んできた。


「きゃあぁあ! な、なにするんですか!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る