私、お父様の娘じゃなかったの?

弥生いつか

私、お父様の娘じゃなかったの?


昔あるところに、心優しい夫婦がおりました。2人は愛し合い寄り添っていましたが、なかなか子宝に恵まれませんでした。


周囲は離縁するか妾を取って子を成す様に募りますが、夫婦はお互い以外は考えられません。そこで夫婦は唯一神を祭る神殿に出向き、強く願いました。


「アルテール神様、どうか私達の元に子供を授けて下さい。産まれた子供は必ず幸せにすると約束致します」

「アルテール神様、例えどんな子供が産まれてこようとも大切に育てると約束します。どうか私に子供を身籠もらせて下さい」


『その願い叶えよう』


2人の脳内に神々しい声が響き渡ります。


『そなた達の日頃の行いは見ておった、類い稀なる優しく純粋な精神を持つ者達よ。そんなに子を願うのなら私の子供を産み育てよ』

「何と!アルテール神様の子供を!?人間の私達になんて身に余る光栄な…」

『自身の子供として必ず幸せに育てよ。もしその約束を違えた時は、神罰を心せよ』

「はい!必ず!必ず幸せにしてみせます!!」


頭を垂れる2人に天から光の粒が降り注ぎ、妻の体が仄かに光ります。夫婦は直ぐさま病院に診察に行くと、何と妻が懐妊している事が分かりました。


夫婦は神の奇跡だと涙し、神殿で一部始終を見ていた貴族や村の人々達から国中に噂は流れ、噂を聞いた国の王様は神の子を一族に迎え入れようと思いました。


しかし、数年後には悲劇は起こってしまうのです。




×××



17年後、王都学園卒業式、パーティー会場。


「アクリエル!その穢らわしき血筋を我が王家に迎え入れる訳にはいかん!この場を持って貴様との婚約破棄させて貰う!!そして聖女マリアと婚約する!」


学園の卒業パーティーには卒業生を初めとする学園中の貴族達が集まっており、特に今年は国の第一王子の卒業式とあって、卒業生の家族だけでなく隣国の留学生や王家も集まり、式は大きく盛り上がっていた。

しかしその賑わいはその第一王子のガリバーの怒号で静まり返ってしまう。更にガリバーの傍らに聖女と呼ばれるマリアが、ガリバーの腕にしな垂れかかりながら立っていた。


「…あの、ガリバー様?理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


その静寂を破ったのは怒鳴り付けられた公爵令嬢、アクリエル・ロアンだった。16歳の彼女は在校生として卒業生を見送る為にパーティーに参加していたのだが、まさかの事態に目を白黒させていた。


「理由だと?多くの者は誤魔化せても、私は貴様の卑しい生まれは分かっているのだぞ!!」

「卑しい生まれ?一体何の事を言ってるんですか!?」

「わざわざ説明せねばわからんのか?ロアン家の者は両家とも代々黒髪黒目、それに対し貴様は老婆の様な白髪と肌、それに黄色い目と両親共に似ていないだろ!」


ガリバーが言うようにアクリエルは両親とは似ても似つかぬ容姿をしていた。しかしその髪はガリバーの説明とは異なり銀髪に輝き瞳は金色に輝き満月の様、その肌は日に焼けた事が1度も無いかのように白くきめ細やかな肌をしていた。


「確かに両親とは似ていません。しかしお父様が私は曾祖父からの隔世遺伝だと言われておりました」

「そんな嘘も見抜けんとはとんだ目出度い頭をしているな。そんなお前を王太子夫人として迎えようと、父は何を考えているのやら…聖女マリアの方が余程聡明だ」

「一体何を…っ」

「そんなものお前の母が種無しの夫を見限り、愛人を作って出来た不義の子に決まっているだろう!」

「え…」

「現に16年前遠くの異国からお前と同様の、白髪の黄色い目をした異国人が、大勢ロアン邸の屋敷を出入りしていたという証言を私の耳には届いている!どう考えてもその異国人の誰かがお前の愛人であり父親だろう!!」


「何を仰っているのです!ガリバー様!」


その言葉を遮ったのは王都学園の教師であった。ガリバーの起こした騒動を聞き付けて、教師陣でお祝いをしていた席を外し慌てて飛んできたのだ。


「白銀の髪と金色の瞳、それに白い肌の者達は神々からの使者!人間ではございませぬ!16年前はアルテール神様の御子が産まれる事から祝言を承りに来ただけでございます!!それを愛人などと罰当たりにも程がありますぞ!」

「お前ら年寄り共は神々の使者などと、何故存在が不明確なモノを信じているんだ?現に同じ容姿をしているアクリエルは人間ではないか!」

「だからアクリエル様はアルテール様の御息女なのです!神の血を引いた気高き存在!それを穢らわしい等と何と無礼な!!」

「無礼はどっちだ!王太子に向かって何だその口の聞き方は!!それにどの道不義の子に違いないではないか!!」

「他の生徒と分け隔てなく教育せよと、国王からの命でございます!!それに不義ではなく奇跡の子供にございます!」

「ま…待って、私、お父様の娘じゃなかったの?」


目の前で行われている言い争いに、衝撃を受けている者が1人…アクリエルは、自分が愛する父親の娘でない事に動揺していた。だが母が幼少期に死に、後妻を娶り妹が産まれてから、何処か自分に余所余所しくなった父親の姿が脳裏を過る。


「そうだ!お前は特殊な外見で産まれた事で周囲に持て囃され、家も男爵から公爵まで上り詰めた詐欺師一家だ!!そんな穢らわしい血を我が王家に迎え入れる訳にはいかん!!しかも魔法の1つも使えんとは聖女マリアの方が神の子と言われた方が納得出来る!」

「聖女と神の子とは訳が違います!それにアクリエル様は産まれながらに奇跡を…っ」

「兎も角この婚約は破棄だ!!分かったらその不気味な面を2度と私の前に見せるんじゃない!」

「ガリバー様!貴方は何て事を…!」


『それがこの国の選択か?』


突然パーティー会場に神々しい声が響き、夜だというのに窓から朝日の様な眩しい光が天から降り注いだ。人々は何事かと急いで門から庭に出て行くと、夜空から一筋の光の道が降り立ち、そこから無数の白銀の髪と肌、そして金色の瞳をした者達が背中から翼を生やし降り立ってきた。


その非現実的で美しい光景に貴族達は、声を発する事も忘れ息を飲んだ。やがて神々の使者が地に降り立つと、真っ直ぐとアクリエルの前に並び次々と、しかしゆっくりとその頭を垂れ始める。


「え?」

『お迎えに上がりましたアクリエル様』

「お迎え?」

『ロアン夫妻は「アルテール神様、どうか私達の元に子供を授けて下さい。産まれた子供は必ず幸せにすると約束致します」「アルテール神様、例えどんな子供が産まれてこようとも大切に育てると約束します。どうか私に子供を身籠もらせて下さい」と約束を取り付けました』

『しかしその約束は破られました。母君は病で亡くなられましたが、夫は後妻を迎え自分の子供が産まれるとあなた様の存在を疎ましく思いました』


「やっぱり…お父様はお父様じゃないし、私の事が嫌いだったのね」




神々の使者からの言葉に、思わずアクリエルの頬を涙がこぼれ落ちる。やはり父の愛はとうに失せていたのだと。




『しかしこの国の国王があなた様を国母に迎え入れ、幸せにするつもりだったので様子を見ていました』


『でも婚約者であった第一王子が婚約破棄をし、更に唯一神を罵る不届き者でありました』


『故に地上にはもうアクリエル様の幸せは無いと判断し、こうしてお迎えに伺った次第でございます』


「…分かりました、私のためにわざわざご足労頂きありがとうございますっ」


「アクリエル様!」




神々の使者に礼を言うアクリエルに、教師陣は止めようとするが、即座に使者達に阻まれてしまう。すると遠くの方から焦ったような大声が聞こえてくる。




「待てアクリエル!お前は俺の婚約者だろ!婚約者を置いて何処に行くつもりだ!!」


「ガリバー様!?婚約者は私になったのでしょう!今更何を言ってるんですか!」


「煩い!本当に神の子だと思わなかったんだ!!それを勝手に婚約破棄したなんて父上に知られたら叱られてしまう!」


「…ガリバー様!」


「アクリエル!」




アクリエルが大声を張り上げガリバーの名を呼ぶ、その声を聞いてガリバーは助かったと歓喜の表情をするが、ガリバーの視界にはカテーシーをするアクリエルの姿が映った。




「婚約破棄承ります、例え第一王子だろうと家族を悪く言う方は此方からお断りさせて頂きます!それではさようなら」


「なっ!お前巫山戯んな!戻ってこい!!…ぐあっ!!」




そんなアクリエルに向かって怒声を浴びせ貴族と、使者達を掻き分けアクリエルの元へ向かおうとするが、そんなガリバーの元へ1人の使者が近寄り持っていた杖で股間を強く打ち付ける。ガリバーは勿論股間の強打に泡を吹いて崩れ落ち、それを見ていた男性貴族は思わず股間を抑えつけた。




『あなたには〝断種の呪い〟を掛けました。穢らわしき血が王家に取り込まれないようにとの、アルテール神様の意思でございます』


『この場に居る人間達よ。これからアクリエル様が地上に降り立った際の奇跡は無くなりますが、浄化水晶は残ります』


『これからは汗水を垂らし、浄化された水を飲む喜びを知りなさい』


『これが神の子を大切にしなかった罰です。国王とアクリエルの義父にお伝えなさい』




それだけ言うとアクリエルと神々の使者は、光の道を昇っていき天へと帰っていく。そして最後の使者が光に吸い込まれると、夜空は再び星と月だけが光る暗闇へと姿を変えた。




それからは大騒ぎだった。若き貴族達は神々の使者を目撃した奇跡に興奮し騒ぎ立て、教師陣は大慌てで城に居る国王と


、妹の卒業パーティーに参加していたロアン公爵に事の顛末を伝えに行った。




×××




城の玉座の間では怒りと悲しみが満たされていた。




「アクリエル…私はっ私はっ済まないアクリエル…っうぅ」


「このっ大馬鹿息子がぁっ!何てことをしてくれたのだっ!!」


「ぐふぅ!」




ロアン公爵はその場に座り込み噎び泣きながら、アクリエルに許しを請い。国王はガリバーの頬を力の限りぶん殴っていた。




「お前のせいで水の帝国と呼ばれるこの国は終いだ!アクリエルが産まれてから、何の労力も無くこの16年間純粋な水を飲めていたと言うのに!この罰当たりめが!!」


「み、水が綺麗なんて当たり前じゃないですか!アクリエルが居なくなっただけで水が濁るなんてそんな…」


「17年前まではな!鉱山で浄化水晶を発掘して水に入れて初めて綺麗な水を飲んでいたのだ!!その労力分を他の事に回したり、他国に売り捌いた事で我が国家は潤っていたのだ!!聖女のたかが数人の怪我を治せる聖なる力と一国の水を浄化する奇跡は格が違うわ馬鹿者!」


「そっそんな…」


「それにお前はもう子を成せぬ種無しの呪いを掛けられてるそうじゃないか!王太子は第二王子が継ぐ!お前は身分を剥奪し鉱山で浄化水晶を発掘する作業に生涯を捧げることを命ずる」


「そんな父上!どうかお考え直しを!」


「もう良い!この馬鹿を連れて行け!逃げられぬ様に鉄球を付ける事を忘れるな!!」


「そんな!そんな!嫌だぁ父上!!どうかご慈悲を~っ!!」




兵達に連れて行かれガリバーの叫び声が木霊する。そんな情けない姿の息子に王は情けないと深い溜息を漏らした。




「罪人の様に足の健を切らぬだけ温情だと思わぬか、馬鹿者め…」


「王よ…私も悪かったのですっ私がっ私が産まれてきた実の娘の可愛さにアクリエルを蔑ろにして…」


「…ロアン公爵よ、そなただけが悪いのでは無い。私があの馬鹿の頭の出来を良く考えずに年が近いからと婚約者にしてしまった…歳が下とはいえ、聡明な第二王子を婚約者にしておれば結末は変わっておったのだ」


「しかしっ私は…確かに色は違えど容姿は今は亡き妻に瓜二つの、あの娘を直視するのが辛かったんですっ…それに後妻が簡単に妊娠したからっ子供が出来なかったのは私のせいじゃなかったと安堵してしまって…ううう~っ!アクリエルっ済まなかった~っ!!」


「…分かった、そなたへの罰として数年間、国1つ分の浄化水晶の管理を命ずる。それをアクリエルを大切にしなかった贖罪とせよ」


「畏まりました、王よ…ぐすっぐすっ…ううっ」


「誰か水を1杯持ってこい!あの娘が居た奇跡、その1杯を無駄にせずに飲み干して明日からはそなたには頑張って貰う」


「ありがとうございますっありがとうございます!」












遠くに居るあなた、もう会うことは出来ませんが私はあなたの幸せを願っております。


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