赤いシミ
@oto_
赤いシミ
彼女と会う時はいつも赤ワインを頼む。大学で知り合った彼女との付き合いも、一緒にワインを飲むのもこれでかれこれ三年目。そんな彼女は決まって赤ワインを服にこぼす。
「あちゃ、またやっちゃった」
「もう、なんでいつも零すのに白い服着てくるの」
「次はちゃんと目立たない服で来るよ」
「しょうがない奴だな」
何回目だろうといういつものやり取り。多分次会う時には忘れて、また白い服を着てくるのだろう。しかし、そんなドジで忘れっぽい彼女のことが僕は好きだった。いつも会う度にずっと言おうと思っているこの気持ちを、忘れたわけでも、ドジで言うタイミングを逃したわけでもない僕の方が、よっぽどしょうがない奴だった。
店を出て、僕らは駅まで歩いた。飲みすぎたという彼女の足取りは少し揺れていて、僕は危ないよと彼女の手を引く。こんな毎日がずっと続けばいいのにと強く願う。けれど、それが言葉となって彼女に届くことはなかった。
「駅まで送ってくれてありがとね」
「うん。また飲み行こう。次はちゃんと白以外の服着てこいよ」
改札まで彼女を送り、最後にまたねと言葉を交わした。また、彼女に好きだといえなかった。
「まぁ、また今度言えばいいか」
そのすぐ後だった。さっき居た店の店長から電話がかかってきた。通い詰めていたこともあり、店長とは連絡先を交換するほど仲が良かった。忘れ物でもしたのかと思いでてみると、店長の言葉に僕は言葉を失った。
彼女が交通事故にあった。場所はさっきまで飲んでいた店のすぐ前。店長の電話によれば、携帯電話を忘れた彼女が店に戻ってきたのだという。彼女が携帯を受け取り出ていってすぐ、大きい音がして見てみると、彼女が倒れていたらしい。
僕は急いで店に向かうと、ちょうど救急車が到着して、彼女を運ぼうとしているところだった。
「彼女の知り合いなんです!」
救急隊員に言いながら、一目散に彼女に駆け寄った。彼女の白い服は、赤く染まっていた。
救急車に同乗し、彼女に声をかけた。かろうじて意識があった彼女は、震える唇を開いた。
「また、、、服、汚しちゃったね、、さすがに、このシミは落ちないかなぁ、、、」
彼女は少し笑っていった。
「けい、、たい、忘れちゃって、、、うっかり、、だったなぁ」
僕もいつものセリフを言う。
「本当に、お前は、、、ドジで、忘れっぽくて、しょうがないやつだなぁ」
でも、そんなお前のことが、、、。
その続きが声になって出ていたのかはあまりよく覚えていない。けれど、その時彼女が嬉しそうに笑ったのは今でも覚えている。
そんな彼女はまた、真っ白な服を身に纏っていた。彼女のために集まった、友人や親族。彼女の母は時折ハンカチで目を拭い、堅物そうな父も目の周りを赤くしていた。そんな彼女の手に僕は優しく触れた。
「えー、それでは。乾杯!」
今日は僕と彼女の結婚式。みなが各々に持ったグラスで、司会が乾杯を告げる。彼女のグラスには赤ワインが注がれていた。結婚式は普通シャンパンでしょという僕の言葉を無視し、彼女は赤ワインが好きなの!と乾杯の飲み物を変えてもらっていた。
「今日はこぼすなよ?」
イタズラに僕は言う。
「今日も白い服着てきちゃった」
冗談交じりに笑った彼女は、あっ、と手を滑らせた。グラスは宙を舞い、彼女が身に纏う真っ白なドレスには赤い染みがつく。一瞬僕らは顔を見合せ、あちゃーというお互いの顔に自然と笑いが込上げる。
君のそういうところが、昔から、そしてこの先も、ずっと好きだよ。
赤いシミ @oto_
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