第17話 偏執 12

 大尉との会食という名のフードファイトに付き合い腹いっぱい食べた所で、俺は一度家に戻る事にした。


 まだまだ顔を出さないとならない所はあるが、そろそろ戻っておかないと、置いてきたお姫様が機嫌を悪くしそうだと思ったからだ。


 とはいえ、アイツが上手くやってるだろう。


「ノワール」


「ああ」


 イザベルの声に答えてやりながら、バックミラーで後ろを見る。


 大宮のパーキングを出てからずっと着いてくる1台のハイエース。


 家に帰るのなら中山道か17号を走れば良い。


 その中で俺は何度か無駄な道を走った。


 それでもそのハイエースはすぐ後ろに着いてくる。


 見失わない様にというのは理解出来るが、尾行対象に気付かれては意味が無いだろう。


 それも素人相手に言うには酷なことか。


 少し考えればわかりそうなものだが、そこまで頭が回らないのか、或いはそこまで要求する能力がないからバレてでもついて行けという指示があるのかは判らないが。


「掴まっとけ」


「ええ」


 アクセルを踏み込んで車を加速させる。


 だがスバル360の最高時速は83km/h。


 現代の車相手では勝負にならない。


 ただこのスバル360はとても小さくコンパクトな車だ。


 逃げ道に関してこちらは多くの選択肢を選ぶことが出来る。


 国道から逸れて選ぶ無駄な道は産業道路方面。


 遠回りだが、後ろのやつを家まで連れ込む気はない。


 住宅地の中を走って土地勘を無くさせる。


 向こうがこっちの道に詳しいだとか、スマホやカーナビで地図を見ていたら効果は薄いが、やらないよりはマシだ。


 伊奈町方面へ抜けてさらに右折で新幹線の方へ向かう。


 そのまま菖蒲方面へ向かうが、バックミラーで見るとハイエースの運転手と助手席の人間は互いに幾度か顔を向き合ってなにやら話している。


 何処まで俺の情報が漏れてるかは判らないが、寝床の名義は俺の本名で取っている。


 ノワール・フォンティーヌ名義ではないからネット上で探すことは出来ない。


 つまり俺の寝床の正確な位置がまだ知れていないのだろう。


 だから今、それを掴もうと尾行してきたというわけだろうが、そう簡単に尻尾を出すと思うなよ。


 まぁ、菖蒲のモラージュまで引っ張ってくれば充分だろう。


 駐車場に入って車を停める。


 俺たちをけて来たハイエースも近くに車を停めた。


 そしてまた俺は車を出すと、ハイエースは着いてくる。


 もう黒で確定だな。


 アクセルを思いっ切り踏み込みながらハンドルを切る。


 後輪がスピンして車体が回転する。


 180度反転すると同時にバックギアに入れてバックすれば、俺のスバルとハイエースは対面して走る形になる。


 そして窓を開けたイザベルが身を乗り出して手にしたモーゼルを2発撃ち込む。


 その弾丸はハイエースの前輪を同時に撃ち抜き、バーストしたタイヤが絡んで突っ張りになり、さらにバーストしたタイヤからゴムが無くなった分、前に車体が傾いたのと同時に突っ張りが出来ればどうなるのか?


 車体の後ろが浮いてそのままの勢いでハイエースは一回転してひっくり返った。


 またハンドルを切ってギアを入れ直して、なに食わぬ顔で俺は車を走らせた。


 シートにイザベルが座り直したところでバックミラーを確認すると、ハイエースを避けてこちらを追ってくるのはスズキのエブリィ。


 ハイエースの影に隠れて追ってきてた奴だ。


 向こうはハイエースを影にして付かず離れずの距離で走って来てたが、それでもここまで走り回して着いてきていればこっちも黒だ。


 こっちもどうにかしたいところだ。


 取り敢えず車を走らせて白岡菖蒲ICで圏央道に乗り、桶川方面に向かう。


 ETCを積んでいるから楽に通れるが、向こうはどうやら発券機のようで、それで少し離すことが出来た。


 さらにアクセルを踏み込んで80kmまで加速させる。


 平日の夕方とあって、下りは多いが上りは少ない。


 後ろから離されてトヨタのエブリィが追って来た。


 あちらはスピードが出るからすぐに追いついてくる。


 まぁ、高速道路で撒けるとは思っちゃいねぇ。


 桶川から下道に戻ると、川田谷を突っ切るルートを選ぶ。


 田舎道で田んぼ道。


 土地勘がなければ少し迷子になれる程度には入り組んでいる。


 左折に右折を繰り返し、同じ道に戻ったりをしてとにかく方向感覚を狂わせる。


「どうだ?」


「助手席の方はスマホとにらめっこね」


 今どこを走っているのか確認しているのだろうか。


 とすると、これ以上やっても無意味か。


 まったく、昔はこの手で楽に撒けたんだがなぁ。


 世の中便利になるのも考えもんだぜ。


「ノワール!」


 珍しくイザベルが声を張り上げるもんだからサイドミラーで見てみると、エブリィのサイドドアが開いて、中からRPG-7を構えた奴が出て来た。


「おいおい。なんてもん持ってんだ」


 俺はサイドブレーキを引いてハンドルを切り、また車を180度回転させてバックギアに入れる。


 すると同時にRPGが発射されたが、その弾頭を俺はマテバで撃ち抜いてやった。


 ちょうど助手席の真横で炸裂したRPGはその爆風でエブリィを横倒しにした。


 馬鹿みたいな爆音がするわけで、こんな田舎道だからさらに響く爆音に住人が出てくる前に現場からはドロンだ。


「AKMにRPGか…。ったく、大尉の奴。水漏れがひでーぞ」


 とは言え敢えて水漏れを放置するのが大尉だが、さすがに表の人間にRPGまで持ち出されたとなると、大尉でも腰を据えて対処する案件だろう。


 武器商人は武器が売れればOKの死の商人ではあっても、裏社会であるから良いのであって、それが表の人間に渡ったり触れたりするのは嫌う。


 なにしろそこから当局に手を入れられるのを嫌うからだ。


 裏社会には裏社会のルールと秩序と理と仁義があるが、表の人間はそんなこと知ったこっちゃない。


 だからオモチャを平気でぶっ放せるのさ。


 取り敢えず追跡者はあれだけだったようだ。


 尾行を撒くのに少し時間を使わされた。


 あとは真っ直ぐ家に帰るが、それでも田舎道を走って保険は掛けておく。


 ただのモデルのストーカー連中にしちゃあ金持ってんなーっと思いつつ、どうやら今回のヤマは色々と面倒な事になりそうだと、憂鬱な気分だった。


 


 

 

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