転生者の息子

耳折

第1話


──灰色の髪と瞳、と瓜二つの悪魔め。



 そう罵倒するのは全身黒鎧の男。

 歪な形の黒い大剣を持ち、剣からも殺意を感じられるのは異常だがでは日常茶飯事。


 仮面をつけ巨大な白城を守る様に立ち塞がる悪魔の子供は、悪魔とは程遠い中性的で可愛らしい声。


 黒鎧の男はその声で目の前の人物が自分より一回り若い十数歳程の少年だと気づいた。


 男にとっては敵の本拠地、その守護を1人で任されるのは自らと同い年程の経験を積んだ人物だと思い込んでいたのだ。


 一方、その少年はいつもと父親から自由に生きろと言われてきたがそれが叶っているかは今の状況から明らかだ。


「黙れ!我が主を操り、あの悪魔の妻に身を堕とした不憫な主を救うことこそ我が悲願、そしてあいつの息子である貴様も同罪!」


 男が何かを呟くと暗闇が立ち込め、漆黒の刺客が次々に現れる。


 その数は50以上。


「剣よ、こいつを殺せば俺の命を半分くれてやる!そして次は憎きあいつを殺せば全てだ!!」


(母さん達の惚れ具合が正気じゃないのは完全に同意だけど……)


 男の剣から黒い魔力が現れ天を貫く。

 身体も数倍に巨大化し只事ではないのは一目瞭然だが、城から誰かが出て来る様子は全く無い。



「死ネェェェェェェェェェェェェェ!」



 叫び声を上げ禍々しい闇の塊を少年に向かって放つと同時、刺客達も少年に襲いかかる。


「対話が無理なら、こうするしかないですね」


 少年が男に向かって行ったことは、それだけだった。


「ハッ、ソンナモノガ……」


 間違い無く適当、だがそれで十分だった。


 蹴りつけた石に触れるだけで男はゴルフボールの様に吹き飛ばされ、遥か遠くの山に衝突すると微動だにしなくなる。


 次に拾い上げたのは何の変哲もない木の棒。


「腐り死ね!」


 刺客が投擲した短剣には腐食透過魔術がかけられ視認は不可能。


 そして、少年の身体に短剣が突き刺さる。


「ふっ、口ほどにも無……いっ!?」


 いつの間にか短剣は避けられ投げ返され、刺客の両腕に突き刺さっていた。


 そして少年は次々に刺客達を木の棒を殴りつけて行く。

 刺客達はオリハルコン製の防具を身につけていたがそれは一撃で歪み昏倒していた。


 ただの石もその少年が蹴れば隕石にも匹敵する威力に、ただの木の棒は少年が持てば聖剣に匹敵する強さになっていた。


 その後何人もの刺客が襲いかかるが結末は同じ。

 ただそれが一撃か、一瞬かの違いだ。


「クッ、アレヲ使エ!」


 黒鎧が指示すると、年端も行かぬ虚な目の幼女が10人程。


 その身体には火薬の匂いのする小さな樽が2つ。


「妙ナ動ヲシタラ、ワカッテイルナ?」


 導火線には火がつけられ、魔法で寸前で爆発が止められていた。


「……わかりました」


 少年は両手を挙げる。


 その様子を見た黒鎧は瞬時に少年に近づき、そして一気に黒剣で少年の胸を貫く。


「ハ、ハハッ!ヤッタゾ!!悪魔ノ息子ヲオレガコノ手デ殺シテヤッタ!!」


 少年は倒れ、歓喜に身を震わせる男が振り向き仲間達に向け心臓を掲げる。


「ナンダ、一体ドコヲ見テ……」


 しかしその目線は少年に向いていた。


「心臓取られると血流遅くなって眠くなりますね……」


「ウワァァァァァ!?」


「他人の心臓放り投げないでください!」


 少年が自分の心臓をダイビングキャッチするとそれは自然と身体に戻って行く。



「何故……貴様……」



 その問いには答えず、代わりに取り出したのは柄も鍔もない黒い日本刀。


 それを一振りした瞬間、弦を弾く様な音と同時に導火線に付いた火が全て消え、黒鎧以外が全員気絶する。


「全テ一瞬デ!?ガッ!?」


 黒鎧を蹴り飛ばすと、その姿が元に戻って行く。


「悪魔の息子メ……今ニワカルゾ、コレがどれほどの愚行か……な……」


「僕を殺そうと寿命を縮める方が愚行ですし、その程度で父さんに勝つことなんて無理ですよ」


 男の懐を探ると、ある物が地面に落ちる。



『この者をSSS級冒険者と認定する』


(まただ……)


「あの、SSS級冒険者っていっぱいいるんですかね、って気絶してるし」


 冒険証を持つ少年の手に出来た胼胝たこ肉刺まめ5つの武器剣、槍、弓、盾、鉄糸の扱いを体に刷り込み出来たもの。


 少年は1歳の時に魔王に囚われ世界の破滅の為の生贄になりかけ仮死状態で3年。


 どうにか復活したら今度は暗殺帝に誘拐され洗脳から解放されるまでに5年。


 その後勇者に救われたが、その勇者は世界を救う役割を父親に奪われ逆恨みしており、少年の力を奪おうとした。


 何とか逃げ王国に保護された少年だったが、聖女もまた少年の力を使い国を再建しようとその身体を乗っ取ろうとしたetc


 原因は最強の父親のせいだったが、、無駄に問題に巻き込まれていたのだった。


 男と禍々しい剣を侍女メイド達に引き渡し、汗を流そうと仮面を外して大浴場に向かおうとするが人の気配を感じて振り向く。


「何で顔を隠してるの?綺麗な顔が勿体無い」


「心臓止まりそうになるので隠れるのはやめて下さいザラ母さん」


「心配だったから」


「家の敷地から出ないですし、それにザラ母さんより凶悪な冒険者なんていませんよ」


「面白い冗談」


「いや全然冗談じゃないんですけど」


 その女性がいつの間に背後に現れるのは慣れていたが、その天然さにはどうしようもなかった。


 蒼髪褐色、少年よりも一回りも二回りも小さな見た目10歳程の少女は少年の母親。


 そして、だ。



 魔王、リガル・グラウ

 勇者、アルス・レクシア

 暗殺帝、ザラ・ハイセル

 ベルトルト王国聖女、ウィーナ・べルトルト

 女神、ラシアタ


 魔王も、勇者も、聖女も、暗殺帝もそれだけではなく女神全員が少年の母親だったのだ。


 そして母親達の思惑と様々な災難に無駄に巻き込まれた……のだが、それはもう昔の話。


 心を入れ替え和解した母親達と少年はスキンシップは過激だったが、ごくありふれた親子の様に話すことが出来ていた。



「ラルト、今日は一緒にお風呂入ろ?身体洗ってあげる」


 ラルト、それが少年の名前だった。


 影のような朧げな雰囲気を醸し出しながら、全裸で抱きついてくるザラを引き剥がそうとするが、尋常ではない力で抵抗される。


「子供じゃないんで一緒に入りません!!」


 毎日風呂の時まで隠れて付いてくるザラには流石に不満が溜まる一方。


「でもラシアタとは一緒に寝ている、私だけ何もないのはおかしい、リガルもアルスもウィーナも」


「ラシアタ母さんは一緒に寝ないと異世界同士をぶつけてやるとか脅すから仕方ないと言うか……」


 それだけではないと説明を続ける。


 リガルも一緒に寝ないだけで世界滅亡の魔獣を召喚しようとし、アルスはラルトが鍛錬に付き合わなければSSS冒険者を代わりに鍛錬させ、そうなれば毎回必ず過労死者が出る。


 ウィーナは作った料理を食べないだけで泣き続け、信奉する国民の士気は下がり国を恐慌に陥れた。


「ザラ母さんが1番僕のことを理解してくれていると思っていたんだけど……」


「それを言うのは反則」


 結婚して十数年経った今でも夫婦仲は激甘々であり、母親達は父親の面影を残すラルトの言うことには素直に聞くのだった。


「行ったかな?本当子離れしてよ……」


 ザラが去ったことを確認して手早く風呂を済ませると目的地に向かう。


 そこは家の敷地内の一角、母親の1人が住む家だ。


「ラシアタ母さんいますか?少しお願いが」


「いいわよぉぉぉぉぉ!らぁちゃんのお願いなら世界の破滅でも叶えてあげるわぁぁぁぁぁ!!」


 1人で住むには広過ぎる豪邸の玄関の扉を開けた瞬間、ゆったりとした薄布の服からあまりにも豊満な胸がこぼれ落ちながら女性が抱きつく。


「ちょ!今日は真面目な頼みがあるんです、ラシアタ母さんにしか頼めないことなんです……って何で服脱いでるんですか!」


「えぇ!?らぁちゃんがわ、わわ、私にお願い!?それってあの、いやダメよ家族でそんな……でも、らぁちゃんが本気なら仕方ないわね……いいわ、まずは女性の服はこうやって破って」


 あからさまに動揺する残念美女だが、勘違いが限界突破していた。


「薄着は女神の務めとか言ってますけどそんなすぐ破れる服じゃ風邪ひきますよ?」


「らぁちゃんは本当優しいわね!本当ますます惚れちゃいそう!」


 再び抱きつこうとする女性のその薄着の服を引き裂かんばかりに引っ張り阻止する。


「あががががが、いいわよぉらぁちゃん!もう少しで生まれたままの姿を……」


「何度も何度も何度も何度も見せてきて見飽きました、嫌なら離れて下さい」


 少し残念そうに離れる残念美女は正真正銘の女神、ラシアタその当人だ。



「はぁはぁ……で、私にしか、!頼めないお願いってなにかしら!?」


 よほど頼まれ事をされたのが嬉しいのかラシアタは半裸のまま聞き返す。


「母さんは僕の言う事なら聞いてくれますか?」


「もっっっちろぉぉぉん!何?世界の破滅?まだ童貞よね?なら全世界の女性の隷属?なんでも聞いてあげるわ!らぁちゃんが私にお願いごとなんて夢みたい!何?早く言ってちょうだい!」


「…………」


 そして、意を決し口を開く。





「僕を、現実世界プレゼに転移させてください」





「いいわよ!現実世界プレゼに転移させるくらい朝飯前……ってえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇ!?」




 それはラシアタとしてはあり得ない、いや信じれない話。


 和解し、平和に過ごしていたはずの最愛の息子が急に世界出しようとしていたのだから。


「なな、ななんでぇぇぇえぇぇ?一体何があったのよぉ!やっぱり私達のことが嫌いなの!?」


「違います、そもそもシア母さんは関係ないですよね?」


「で、でもぉ、じゃあ何で……」


「……約束したからです」


 単純な理由、だがラルトにとっては単純ではなかった。

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