第4話 ドラゴンのヒーロー登場

「な……なんだこれはっ!?」


 鱗に覆われた自分の腕に驚いて思わず声を上げる。


 これは本当に自分の腕か?


 そう思って触れてみると、確かに感覚があった。


「ど、どういうことだ? なんで俺の腕が鱗に……って」


 よく全身を見回してみたら腕だけではない。

 胴体も足も、すべてが黒い鱗に覆われている。まるでトカゲのようであった。



 ――えっ? なに? おっさんがトカゲの怪物になった?


 ――おっさんも怪人だったのか?


 ――マジかよ……



 トカゲの怪物……。

 顔はわからないが、身体だけ見ると確かにトカゲの怪物であった。


「な、なんでこんなことに……」


 わけが分からず俺は困惑した。


「……やはり改造手術だけは終わっていたようだね」

「改造手術?」

「お前はデッツの改造手術を受けたのさ、そしてあたしと同じ怪人となった」

「ええっ!」


 俺が怪人に?


 そんなまさかと思うも、この身体では信じるしかなかった。


「けれど洗脳がまだみたいだね。洗脳を施していない怪人は危険だ。ここで処分してしまったほうがいいだろうね」


 と、カニギラスはホムラちゃんを放って俺のほうへ歩いて来る。


 ホムラちゃんはとりあえず助かった。

 しかし俺が殺されては同じことだ。


 俺は困惑しつつも、カニギラスと戦う姿勢を取る。


 この姿ならもしかしたらと、そんな思いであった。


「あたしと戦う気か? けどやめときな。お前は恐らく黒トカゲの遺伝子を注入された改造人間だ。黒トカゲは魔物の中でも強さは最低クラス。カニ系最強クラスのデビルクラブの遺伝子を使って改造されたあたしには敵わないよ」

「そ、それでも、やるしかないだろっ」

「まあそうだね。無抵抗に殺されるか、抗って殺されるかのどちらかだ。だったら少しくらいは抵抗したほうがこっちもおもしろいねぇ。ゲッゲッゲッゲッゲーッ!」

「……っ」


 ホムラちゃんを助けられる可能性がわずかでもできた。

 だったらやる。相打ちでもいい。こいつを倒してホムラちゃんを守るんだ。


「ゲッゲッゲッ。馬鹿なことさえしなければ今ごろ家に帰れていたのにねぇ。まあ、いずれにしろ改造されたアイドルの声に洗脳されるっていう惨めな未来が待っていただろうけどね」

「……というかお前、そんなにペラペラしゃべっていいのか? これ配信してるんだぞ?」

「配信? なにを言っている? こいつは配信の道具なんて持っていないはずだよ?」


 俺は浮いている小型ドローンを指差す。


「うん? なっ!? あれはっ!? ま、まさかすべて配信されてしまったのかっ!? あたしがしゃべったことすべてっ!?」

「そ、そうだが?」

「なんてことだっ! これじゃ計画が台無しだよっ! 調子に乗ってペラペラしゃべらなけらばよかったっ!」


 頭を抱えて落胆するカニギラス。


 強いけどマヌケな奴だ。



 ――余計なことペラペラしゃべるから


 ――若くてかわいいシルバーライトちゃんを殺したいっていうおばちゃんの嫉妬が災いしたな



「く、くそっ! こうなったら貴様らも捕まえたアイドルも皆殺しにしてやるっ! くらえっ!」


 脇腹にある尖った6本の腕が一斉にこちらへ飛んで来る。


「ぐわあっ! ……ってあれ?」


 刺された痛みがくると思って先行で呻いてしまったが、痛みはまったく無い。刺さるはずだった腕は俺の身体に弾かれ、地面に落ちていた。


「な、なに? そんな馬鹿な……」


 そんな馬鹿という気持ちは俺も同じであった。


「……そうか。黒トカゲは鱗が頑丈だからね。それで効かなかったんだ。だったら直接、このハサミでぶん殴ってやるっ!」

「う、うわああっ!?」


 今度こそ痛みがくると思った。

 しかしやっぱり痛くない。むしろ……。


「うぎゃあああっ!!?」


 痛みに叫んだのはカニギラスのほうだ。

 俺を殴ったカニギラスのハサミは粉々となっていた。


「う、ぐうう……な、なんだっ? 一体どうなっているんだっ? なぜデビルクラブの遺伝子を持つあたしが黒トカゲの改造人間ごときに……はっ!? ま、まさかっ!?」


 カニギラスはあとずさりしつつ、声を上げる。


「黒トカゲじゃなく、あれの遺伝子を使ったんじゃ……。しかしあれは今まで適合する者などいなかったはず。け、けどもしもあれの適合者だったら……」

「おい、あれってなんだ?」

「だ、黙れっ! くそっ! こうなったら……っ」

「あっ!」


 カニギラスは砕けていない反対側の腕をホムラちゃんへ向かって振り上げた。


「ゲッゲッゲッゲッ。こいつを殺されたくなかったらおとなしくするんだね」

「くっ……」


 ホムラちゃんを人質に取られてはなにもできない。


「そうだ。おとなしくしなよ。しかしあれの適合者が現れたとはね。こいつを洗脳すれば、デッツの世界支配は大きく近づく」


 なにか言っているがとりあえずはどうでもいい。

 どうにかしてホムラちゃんを助けることができないだろうか……。


「……このっ!」

「なっ!? うあっ!?」


 カニギラスの不意をついてホムラちゃんがなにかを投げつける。

 それを顔に受けたカニギラスは煙に包まれた。


「今だよっ!」

「えっ? あ……お、おうっ!」


 駆け出したホムラちゃんがカニギラスから離れる。


 チャンスだ。


 なにやら腹の底に熱いものを感じた俺は、それを吐き出せばなにかすごいことができると直感する。そして俺はその熱いものをカニギラスへ向かって吐き出した。


「あぎゃあああっ!!?」


 俺の口からものすごい炎が吐かれ、カニギラスを燃やす。

 そして塵すら残らず、カニギラスは焼失した。


「は、はあ……」


 なんだかわからないけど勝った。


 ホッとした俺は、その場へと尻もちをつく。



 ――うおおおおっ! マジかっ!


 ――トカゲのおっさんが怪人を倒したぞっ!


 ――すげええええっ!


 ――なんだこのおっさん(歓喜)【赤スパ1万円】


 ――シルバーライトちゃんが無事でよかったああああ!



 スマホを覗くと、コメント欄は大盛況だ。

 俺はもうとにかく安堵の心地でいっぱいだった。


「あ、あの……」


 と、そこへホムラちゃんが近づいて来る。


「あ、シ、シルバーライトちゃん。大丈夫だった?」

「うん。助けてもらっちゃったね。ありがとう」

「い、いや……」


 ホムラちゃんにお礼を言われるなんて。感無量であった。


「おじさんにはいろいろ話したいことがあるけど、とにかくここから出ようか。捕まってるアイドルのみんなを助けてさ」

「う、うん」


 俺とホムラちゃんは部屋を出る。

 そしてアイドルたちが捕まっている牢屋を見つけ出し、全員を救出してアジトの外へ出た。それからDGに通報して助けを待った。


「今日はいろいろあったけど、まずは反省だね。おじさんがいなかったら、たぶんわたし殺されていたし……」


 ドローンカメラへ向かってホムラちゃんはしょんぼりした表情を見せる。



 ――でもとにかく無事でよかった。おじさんありがとう


 ――おじさんマジありがとう【赤スパ3万円】


 ――おじさんに感謝【赤スパ3万円】


 ――おじさんにおいしいものでも食べさせてあげて【赤スパ5万円】


 ――なんだこのおっさん(2回目)【赤スパ1万円】


 ――怪人のおじさんがなんで助けてくれたかわからないけどありがとう【赤スパ1万円】



 お礼がズラリと並ぶコメント欄を眺めて、俺は気持ちが安らぐ。


 弱いなら助けるな。

 そう同級生に言われたときから、誰かを助けるのが怖くなっていた。今回も同じ結果になるんじゃないか? それが怖かったが、しかしそうはならずホムラちゃんを助けることができた。お礼もたくさん言われて心が救われたような心地であった。


「うん。本当、おじさんには感謝しかないよ。ありがとうねおじさん」

「あ、うん」


 ホムラちゃんにもたくさん感謝をされた。

 助けたアイドルたちにもお礼を言われ、今日だけで一生分のお礼を言われたんじゃないかと思うくらいだった。


「それじゃあ今日の配信はここまでね。さよならー。あ、おじさんも一緒に」

「さ、さよならー」


 ホムラちゃんと一緒に手を振る。


 そして配信は終了。

 しばらく待っているとDGがやって来た。


「じゃあアイドルのみんなをよろしくね」

「はい。治安維持へのご協力ありがとうございました。それであの……こっちの怪人はなんなんですか?」


 DGが警戒した視線で俺を見てくる。


「この人は……その、こ、こういう演出なの。怪人とかじゃないからっ」

「そ、そうですか。そうですよね」


 DGの男性はホッとしたようにそう言った。


「それじゃあわたしたちはもう行きますね。おじさん、ほら」

「あ……」


 ホムラちゃんに手を掴まれ引かれていく。


 うおお……。ホムラちゃんが俺の腕を……。


 もう嬉しくて頭がくらくらになり、ほぼ引きづられるようについて行った。


 やがてダンジョンから地下東京へと戻って来る。


「おじさん、大丈夫なの?」

「えっ? 大丈夫って?」

「いや、思いっきりダンジョンの中を歩いて来たんだけど」

「あ、ああ」


 適性がゼロの俺はダンジョンに入れば、すぐに魔物化……。

 いや、この姿で魔物化もなにもないような気がする。


「とりあえず自我はあるよ」

「じゃあ大丈夫みたいだね」

「うん。けどこれ、元に戻れないのかな?」


 この見た目では仕事に行けない。

 そもそも日常生活に支障があった。


「わたしに聞かれても……。あ、おじいちゃんに聞けばわかるかも」

「おじいちゃんって?」

「わたしのおじいちゃん。地下東京でダンジョンを研究してる博士なの。シルバーライトの装備もおじいちゃんが作ってくれたんだよ」

「そうなんだ」

「だからおじいちゃんに聞けばおじさんが元に戻る方法も……あ、いつまでもおじさんは失礼だよね。えっと、零乃さんだったっけ?」

「あ、う、うん」

「下の名前は?」

「甚助」

「じゃあ甚助さんだね。わたしは銀灯焔【ぎんとうほむら】。アイドルやってるときと同じ焔ね。よろしく」

「よ、よろしく」


 まさかホムラちゃんに下の名前で呼ばれて、その上、ホムラちゃんの本名を知ることができるなんて。


 嬉しい。

 今日で人生の運をすべて使ってしまったかも。


「それじゃあおじいちゃんとこ行こ。あ、これ、アジトの牢屋にあった毛布。少しでもその見た目、隠したほうがいいと思って持ってきたの」

「あ、ありがとう」


 俺はホムラちゃんから毛布を受け取って被り、おじいさんのところへ向かった。


 ――――――――――――――――


 お読みいただきありがとうございます。


 視聴者からはおっさんおっさん言われているけど、甚助はそんにおっさんじゃないですね。若いホムラちゃんからしたらおっさんでしょうけど。


 ☆、フォロー、応援、感想をいただけたら嬉しいです。

 よろしくお願いいたします。


 次回は焔ちゃんのおじいちゃんから改造人間について聞く。

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