20 『奇襲戦法』『完全食』『カーディガン』

「今度は何買ったの?」

 リビングで段ボール箱を開けている彼女に後ろから抱きついて肩に顎を乗せる。またネットショッピングか。

「マテ茶。ティーバッグだけど」

 彼女は箱から商品を取り出して見せてくれた。ティーバッグだけどと言われても、本来の飲み方を知らないから返事の仕様がない。

「飲むサラダって言われてるらしいわ」

 じゃあまずはサラダを食え。

 本当に出不精で、私が引っ張り出さないと外に行かない。偏食だし運動しないし。

 今までそんな不健康な食生活だったからか、最近は栄養のあるものを食べようとしている。私が何度も注意したのをやっと聞き入れてくれたらしい。

 相変わらず情報源はネットみたいだけど。

「昨日届いたのは何だっけ? プロテイン?」

「完全食ね」

 飲みもので完全……食? 栄養があるのはいいけど、その前に好き嫌いを減らしてほしい。献立を考えるのが大変。

 何かに目覚めたんだか、筋トレまでするようになって。抱きしめている体は華奢で、チェック柄のカーディガンから覗く手首も折れそうな細さ。まだ筋トレの成果は出ていなさそう。

 この細腕なら、たまには私だって。

 彼女の肩に顎を乗せたまま、カーディガンのボタンを一つ外す。

「ん? 何?」

 彼女が少し身じろぎする。私はボタンを外す手を止めずに耳元でささやく。

「奇襲戦法かな」

「あの、えっと……」

 動揺してる、動揺してる。

「奇襲戦法って将棋の戦法よ」

「はぇ?」

「たぶん不意打ちって言いたいんでしょうけど」

 ちょっと呆れられてる?

 でも大丈夫。彼女は私が抱きしめている。お腹に手を回して、ボタンを外していく。たぶんあと一個。

「将棋用語だったんだ……。じゃあ、これで王手だね」

「王手をかけてもね」

 最後のボタンを外した時だった。

「その瞬間に勝ちが決まるものじゃないのよ?」

 彼女が腕の中からするりと抜け、いつの間にか私の両手首を掴んでいる。手は自由だったのを失念していた。

 そのまま壁際に追いやられ、掴まれた両手首を上に持ち上げられる。片手で簡単にやってのける。

 いつもこの細腕に勝てない。

「ま、参りました?」

「それを言うにはまだ早いかなー?」

 もう片方の細腕が私の腰を抱く。

「最近ね、もっと体力付けなきゃって思ってたのよ。実践も必要よね?」

 ああ、それで完全食と筋トレ。

 にやりとした彼女の顔が近付いてくる。

「詰めが甘かったわね」

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百合三題噺 前野十尾 @too_maeno

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