08 『てるてる坊主』『深夜ドラマ』『無償の愛』

 お弁当を食べ終わって、周りの友達は新しく始まった深夜ドラマの話で盛り上がっている。私は観ていないからたまに相槌を打つだけ。恋愛だか家族愛だか分からないけれど、ドラマのテーマは『無償の愛』らしい。そして、流れるように自分達の恋愛話へシフトしていく。さすがは女子高生。

 窓際の席は少し寒い。お昼休み前に降りだした雨は強くて、校庭の土がぐちゃぐちゃになっているのが二階からでも分かる。

 私は鞄からティッシュとヘアゴムを出した。ティッシュを丸めて、それにまたティッシュを被せて、球体とひらひらを分けるようにヘアゴムを結ぶ。友達は慣れているので、私の行動に疑問を投げかけない。最後にペンで目と口を描いて、簡易的なてるてる坊主ができあがる。今日はウインクをさせてみた。

 吊るすと目立つから窓のふちに置いておく。友達の一人が「無償の愛だねぇ」とからかってくる。私はかぶりを振って笑った。ただ勇気がないだけだから。

 教室ではちらほら移動する人達が出てきた。休み時間もそろそろ終わる。友達も私の机にくっつけていた机を元の位置に直して自分の席に戻っていった。

「あ、てるてる坊主。かわいい」

 いつの間にか後ろの席に帰ってきたあの子のつぶやきが聞こえる。鈴を転がすような声に、窓からの冷気が吹き飛ぶくらい全身が一気に熱くなる。ウインク、気に入ってくれたんだ。

 どんな表情をしているのか気になるけれど、勇気のない私は振り返ることができない。教室で一番近い場所にいるのに話しかけることができない。

 あの子が陸上部で一生懸命に、でもうれしそうに思いっきり校庭を走る姿に惹かれた。教室からでも分かるくらい輝いていた。雨の日は屋内で筋トレをするらしいけれど、走れなくてもどかしいという気持ちが前の席まで伝わってきて、私は何かしてあげたいと思うようになった。

 それで、てるてる坊主を作ることにした。天気への効果はどうあれ、あの子の心が少しでも楽になるなら。

 雨の日にはいつも私の横に置いてあるから、作っているのが私だとは分かっていると思う。でも、話しかけられたことはない。自分のために作られたものだと考えるはずもない。きっと私のことを、晴れた日が大好きな人間だと思っている。それでもいい。自分から話しかける勇気もないくせに、あの子に話しかけてもらおうだなんておこがましい。

 私はただ祈る。明日はあの子が外で思いっきり走れますように。

 友達は私の行動を『無償の愛』だと言ったけれど、そんなわけがない。大間違い。無邪気な顔で灰色の空を眺めるてるてる坊主だけが、私の本当の願いを知っている。

 明日はあの子の走る姿を見られますように。

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