第40話


 ゴンゴンゴン と、ドアノッカーが俺のやる気を削いできた。

 このタイミングで訪ねてくるとか、どこのどいつだ。ブチのめしてやる。

 そんな野蛮なことを考えながら、俺は席を立った。


「誰ですか?」


 言って、玄関のドアを開けると、そこには怪しい笑顔を浮かべる、リラが立っていた。


「リラか。なんだよこんな時間に?」


 ギラついた目を、三日月状に緩ませて、リラは喉の奥から声を漏らして笑った。


「クックックッ。アレク……貴方がたに、良い話を持ってきましたの」

「ふぅん」


 絶対悪い話だ。

 そう判断しながら、俺は返事をした。


「一週間後。合同で魔法剣の実演宣伝を致しましょう。場所は王都のコロッセオ。そこで互いに代表選手に自社製品を装備させて、観衆の前で戦わせるのです!」


 こいつは何を言っているんだ?

 どう見ても罠だ。罠過ぎる。怪しさ満点だった。


「言っておきますが、負けたほうは勝ったほうにどうこうという条件や取引はありません。魔法剣を作ったもの同士、お互いの商品で観客を楽しませようではありませんか」


 いや、どう考えても宣伝工作の性能比較ショーじゃねぇか!

 きっと、リラには俺らを倒す秘策があるんだろう。


 それで、大勢の観客の前で俺たちの商品を打ち負かして、評判を落とす気なんだろう。


 それに、取引なんてしなくても、勝ったほうは、コロッセオの興行主から注文が入る可能性が高い。


 俺らを利用して、客の新規開拓をする計画が、透けて見えるどころか前面に押し出されていた。むしろ、リラが看板を背負っているようにすら見えた。


「…………」


 勝てる自信はある。まともに戦えれば。


 でも、リラが提案してくる以上、向こうには勝てる秘策があるはずだ。もちろん、卑怯な手を含めて。


 どのみち相手の提案に乗るという事は、相手の土俵で戦うという事だ。

 兵役時代に上官が言っていた。


 戦いに大事なのは、いかに自分に有利な土俵で戦うか。相手の土俵に上がってはいけない。


 コロッセオでの試合は、さっき俺がクレアに提案した、より刺激的でインパクトのある宣伝方法にはなるけど、その相手がシアン社というのはいただけない。


 だから断ろうと、俺が口を開けた矢先、クレアが叫ぶ。


「面白いじゃないの! いいわよ、かかって来なさい!」

「クレアああああああああ! お前何言ってんだああああああああああ!」


 リラは勝利を確信して、口元を歪めた。


「では交渉成立ですわね。詳しいことは明日、コロッセオのほうから報せが届きますわ。一週間後が楽しみですわね。フフフ」


 そう言って、リラはすぐに帰っていく。後に残されたのは、むやみに燃えているクレアと、意気消沈した俺だけだった。


「おいクレア! お前何考えているんだよ! いくらマジックアイテムの性能が良くても、代表選手の力量差があったら勝てないだろ! どうするんだよ! 大商会シアンの人脈で超一流の猛者を連れてこられたら!」


 クレアの額をびしびし指で突きながら、説教をする。


「なによう、あたしの作った剣ならちょっとやそっとの力量差なんて埋めてくれるわよ」


 クレアは唇を尖らせて抗議した。


「武器だけで勝てたら苦労はねぇの! 戦いで大事なのは本人の力量だ!」


 仮にも二年間、兵役をこなしてきた俺は、怯むことなく熱弁した。

 だが、クレアも負けていない。


「むぅ~、あんた兵役中に強い知り合いとかできなかったの!? 二年も軍にいたんなら凄腕剣士の友達の一人や二人は作りなさいよね!」


 どういう無茶ぶりだ、と思いつつも、実は、心当たりがなくもない。


「……そりゃ、まぁ……剣術の教官とは顔見知りだけど……」

「強いの?」


 クレアは、前のめりなって聞いてくる。


「間違いなくな。本当は王子の剣術指南役になれる程の人だったんだけど、おべっかの使えない人だったから、大臣の不況を買って、軍の新兵訓練役に左遷されちまったらしい」


「それ最高じゃない! なら、うちの代表はその人に決まりね! アレク、明日朝一で教官の家に行くのよ!」

「お、おう……」


 まぁ、あの人なら負けることはないだろう。

 裏工作対策として、試合前日からはこっちが用意した飲食物を食べて貰って、あと家からコロッセオまでは、一人じゃなくて、護衛代わりの同僚と一緒に来てもらおう。


 教官たちには有休をとって貰うわけだから、全員にちゃんと礼金を払わないと。

 クレアが勝負を受けてしまった以上は仕方がない。


 今ある条件下で、どう勝つかを考える。

 クレアの商品を一〇〇パーセント生かし切る方法を考える。

 それが、アイディアマンである俺の仕事だ。


   ◆


 一週間後の試合当日。

 早速だが、選手控室で俺らはトラブルに直面していた。

 試合開始十五分前なのに、教官が行方をくらませてしまったのだ。


 今、護衛代わりに来てもらった同僚の人たちに、コロッセオ中を探してもらっている。


「くそっ、シアンの連中!」


 感情的になり、思わずテーブルを叩いてしまう。


 同僚さんの話だと、一緒にトイレに行く途中、人混みに紛れて消えてしまったらしい。


 シアンに誘拐された。

 そう考えるのが自然だけど、剣の達人である教官が、そう簡単に誘拐されるものなのか?


 しかも、すぐ近くには同僚さんたちがいたのに。

 俺が頭を悩ませていると、クレアが控室に飛び込んできた。

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