第39話


 店長から聞いたクレームの内容は、以下のようなものだった。

 ビリジアンの高性能かつ、多様なソフトを用意したハードだが、どうやら以前のソフトとの互換性が無かったらしい。


 ここで、互換性について説明する。

 うちのジョイントロッドと、ジョイントソードは、同じソフトを使っている。


 生産力が貧弱だから、ジョイントソード用のソフトを作れないというのが理由だけど、ジョイントロッドとそのソフトを持っている人は、ジョイントソードだけ買えば、元から持っているソフトを使える。


 魔法使いの人たちが、メイガスソードよりもジョイントソードを求めた理由もソレだ。


 メイガスソードと違い、ソフトを買いなおす必要が無い。


 でも、ビリジアンの新しいハードの杖に、以前、ビリジアンが売っていたハードのソフトをはめても、魔法は発動しない。


 欲しい魔法の魔法式が組み込まれたソフトを、また一から買い集めなくてはならないのだ。


 そんなことができるほど経済的に余裕がある人は、少ないだろう。


 続いてマゼンタの小型杖だが、魔法の連続使用ができないという、致命的な欠陥があったらしい。


 これには、俺もクレアも開いた口が塞がらなかった。


 俺は思っていた。

 霊木でできたハードは、使用者の魔力をソフトへと伝導する大事な部品だ。


 それをそんなにも細くできるなんて、凄い技術だと思っていたが、どうやら違うらしい。


 マゼンタの小型杖は、一度魔法を使ったら三秒の間を置かなければ、二発目が使えない。つまり、リキャストタイムが長い。


 クレア曰く、細い霊木に無理やり魔力を通すから、冷却時間が必要になったんだと思う、とのこと。


 いくら持ち運びが便利でも、それでは実戦向きではない。

 なんでそんなことになったのか、まるで理解できなかった。


 ドルセントの奴、何を考えているんだ?


 しかも、ハードの大きさが違うのだから、当然、こちらも以前のソフトとの互換性などあるはずもなく、ソフトは専用のものを買い直す必要がある。


 そんなわけで、悪い評判を聞いた消費者たちはこぞってうちの杖や剣を買い求め、うちから他のメーカーに乗り換えを考えていた人たちも戻ってきて、うちのソフトを買い揃える方向に走ったようだ。


 つまり、うちは魔法剣だけでなく、杖でも大勝利だったわけだ。




 その日の夜。

 クレアは忠実なしもべである密偵を放ち、その報告内容を俺に教えてくれた。


「ようは、ドルセントは優れた投資家ではあっても、クリエイターじゃなかったってことらしいわ」


 アイスクリームをスプーンですくって食べながら、クレアはほくそ笑む。


「マジックアイテム作りのことも、マジックアイテムを使った戦闘のことも知らない素人のドルセントが、コンパクトで持ち運びが便利なものを作れば売れるって思い込んで、商品製作現場の意見を無視して、無理やり作らせたのが今回の商品てわけ。ドルセントの奴はヒステリーを起こして高価なツボを割って落ち込んでいるらしいわ。いい気味よ♪」


「へぇ、それは痛快だな。で、クレア」


 彼女の膝に座る、忠実なしもべを見下ろす。


「それを、ポチが調べてきたのか?」

「ええそうよ! ポチがドルセントの屋敷に忍び込んで厳重な警備を潜り抜けて、壁を登ってドルセントの部屋のバルコニーの窓際に張り付いて盗聴してきた、確かな情報なんだから♪」


「くぅんくぅん♪」


 ポチは嬉しそうに腕を振ってはしゃいでいる。


「もうそいつ、熊ですらねぇよ……」

「だから言っているじゃない。ポチはクマじゃなくて犬だって」


 クレアはえっへん、と大きな胸を張りながら、嬉しそうにドヤ顔を作った。

 膝の上で、ポチも真似をして胸を張った。

 なんだろう、本来の意味とは違う意味でかける言葉が見つからない。


「まぁ、それはそれとして、だ」


 頭を切り替えて、俺はクレアに切り出した。


「今回は俺らの完全勝利だったけど、学ぶことも多かったよな」

「……そうね」


 クレアは表情を引き締めて、アイスを飲み込んだ。


「マゼンタ社と違って、経営者と現場の人間が同じっていうのはあたしらの強みだわ。でも、いくらいい物を作っても、宣伝方法を間違えれば売れない。消費者の気持ちにならないといけない。でないと、シアン社のようになる。そういうことよね?」


「ああそうだ。だからクレア、これからは今まで以上に、宣伝に力を入れていこうと思うんだ。俺らの目的は金儲けじゃなくて世界の改革、イノベーションだ。魔法を庶民の手に下ろして、努力すれば誰もがヒーローになれる世界に、だろ。だから多少お金はかかってもいいから、もっと刺激的でインパクトのある宣伝を、大々的に行っていこう」


「ええ。頼りにしているわよ、アレク」


 クレアが微笑むと、胸が熱くなってくる。

 クレアが俺を見つめている。


 なんだか、このまま告白していい気がした。

 そういう流れになっている気がした。


 ここが、ビジネスパートナーから、人生のパートナーになる瞬間だと、誰かが俺に訴えていた。やってやる。言ってやる。好きだって。


 そんなやる気が、メラメラと湧いてきた。



 ゴンゴンゴン と、ドアノッカーが俺のやる気を削いできた。

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