第38話
「その宣伝方法が、間違っていたのよ」
リラは顔を上げ、俺らの話に注目した。
「お前らはステージの上で、【魔法使い】に剣を握らせて『これさえあれば魔法使いの人も接近戦が可能』て言って宣伝した。そのせいで、お前らのメイガスソードは魔法使いにしか上手く扱えない、魔法使いの専用装備っていう誤解を与えたんだ。しかも商品名はメイガスソード、魔法使いの剣だ。見て見ろ。うちの商品は戦士と魔法使いの両方が買っているのに、お前らのは魔法使いしか買っていない」
「そ、れ、に。魔法使いは剣術が使えないわ。これからマジックアイテムデビューする人ならともかく、高いマジックアイテムを新しく買い替えてまで、魔法剣を欲しがる魔法使いは、少ないでしょうね」
「そんなのおかしいですわ。マジックアイテムは魔力を流せば誰でも魔法を発動させられるもの。実演宣伝で魔法使いが使っていたから魔法使い専用だと誤認させたなんて、あるはずありませんわ!」
熱くなるリラに、俺は冷静に対応した。
「それはメーカー側の理屈だ。情報は伝える側が思っているほど聞く側には伝わらないもんだ」
兵役中も、そんなことは何度もあった。
上官が自信たっぷりに作戦内容を説明しても、歩兵には正しく伝わらない。上官が
「これぐらい言わなくても分かるだろう」と思っていることを、歩兵は知らない。上官の発した言葉を、上官の意図とは違う意味で捉える歩兵もいた。
「親父から聞いたんだけど、二〇年前に起こった、肥料メーカーの失敗談は知っているよな? 商人の間じゃ有名なんだろ?」
「うっ、それは……」
「何それ? 肥料メーカー?」
商人じゃないクレアに、俺は説明する。
「今から二〇年前、とある肥料メーカーが画期的な肥料を開発した。そして宣伝の為に、成長の早いジャガイモを使って、どれだけ収穫量が上がるのかを世に訴えた。でも、肥料を買ったのはジャガイモ農家だけだった」
「あ、それってもしかして」
気付いたクレアは、口に手を当てた。
「そう。農家はみんな、それをジャガイモ用の肥料だと誤解したんだ。メーカー側は、それが多くの野菜に使えるものだと知っている。あくまでも一例としてジャガイモを使っただけ。でも、消費者には【ジャガイモがたくさん採れる肥料】て情報しか伝わっていない。誤解するのも当然だ、そして」
視線を、リラに向ける。
「俺らは剣士の格好をした俺と、魔法使いの格好をしたクレアの二人でジョイントソードを使って見せた。これがあれば剣士は剣で魔法が使えるから剣と杖の二本を持つ必要はないし、レガリアを持つ英雄気分を味わえる。魔法使いはこれで接近戦ができるし、魔力が切れても武器になるって宣伝した。だから剣士も魔法使いも、どちらもうちの商品を買い求めたんだ」
「そ、そんな……」
よろめくリラに、俺は言ってやる。
「宣伝戦略は、うちの完全勝利だったんだよ」
「ぐ、くぅっ……」
リラはうつむき、その場で肩を震わせた。
全身から悔しさを滲ませる彼女をその場に残して、俺は笑顔でクレアの手を取った。
「じゃあ帰ろうぜクレア。俺らは多忙だからな」
「ええ。帰りましょう。あたしらは多忙だから♪」
そう言って、俺らはリラの横を通り過ぎた。
でも、これは虚勢だ。
魔法剣のシェア争いは、シアンに勝てた。
でも、魔法の杖は違う。
ソフトを三〇種類も取り揃えたビリジアン、そして超コンパクトな杖を開発したマゼンタ。
両者の商品はバカ売れで、俺らのジョイントロッドは、王都内外で売上を落としている。
それこそ、うちの貧弱な量産体制でも供給が間に合う程に……。
これは事実上の一勝一敗。
うかうかなんてしていられないぞ。
俺は、自分を厳しく戒めた。
◆
ところが、一週間後の十月十二日。
うちに届いた注文書に目を通して、俺は首を傾げた。
「おいクレア。今、マクーン商会からソフトの注文書が届いたんだけどよ」
魔石に魔法式を組み込んでいたクレアが、眉間にしわを寄せる。
「何? また注文量減ったの?」
クレアの機嫌がよかったのは、リラに勝った時だけ。
クレアも一勝一敗は心得ていて、最近、ちょっと不機嫌だった。
「いや、そうじゃなくて増えているんだよ。ソフトの注文量」
「え? なんで?」
「なんでだ?」
俺らは同時に、首を傾げた。
◆
大通りの大型武器屋に足を運ぶと、意外にもビリジアンとマゼンタの商品は、ハードもソフトも売れ残っていた。
逆に、うちのソフトは売り切れ状態で、店員はビリジアンとマゼンタの商品に関するクレームの対応をしながら謝罪させられていた。
そこへ、困り顔の店長が俺らの存在に気が付くと、慌てて駆け寄ってきた。
「アレクさん、明日、ソフトはいくつうちに回せますか?」
「あの、なんで急に……」
「足りないんですよ! お客様から注文が殺到しています!」
「「…………え?」」
俺とクレアは、顔を見合わせた。
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