第30話


「それは選挙時の費用で当選後の経費ではないだろう? それに私も今、出馬しているのだからそれは知っている」

「ぬぐっ……」


 撃滅された鈴木さんを援護するように、他の三人も口々に言う。


「政治家の給料は二〇〇〇万以上だが私腹を肥やしているわけではない。事務所の秘書や事務員アルバイトへ支払うお金で給料の半分は消えるんだ!」


「秘書は三人までなら国のお金で雇えるし半分の一千万は残るのだろう? 年収一千万以上は高すぎる。庶民の平均年収は四〇〇万だぞ?」

「ぐぐっ……」


「JRと飛行機がタダなのに郵便代交通費として毎月一〇〇万円貰うのはおかしいというけど、タクシー代と郵便代はタダではないのですよ!」


「毎月一〇〇万円分もタクシーでどこに行くんだ? 何を郵送するんだ? そもそも政治活動資金として、給料とは別に政党交付金を貰っているだろう?」


「うぐぅ……」


「国会議員に経費の領収書提出義務がないのは仕事を円滑に進めるためだ!」

「それが秘書の仕事だろう。お前の秘書は経費と領収書の管理もせずに何をしているんだ」

「むぐっ……」


 まさに全滅、死屍累々だった。

 四人とも、バツの悪い顔でうつむき、身を縮めている。

 そうした有象無象共は捨て置いて、千花さんはカメラに向かって告げた。


「それと、国会議員の給料などは【国会議員の歳費、旅費、及び手当等に関する法律】で定められている。この法律を可決させたのも国会議員だ。だから約束しよう。国民優先党が与党になったら、この法律を改正し、我が政党の議員は全員賛成に票を入れよう。もっとも、論理的に間違っている法律なのだから、良識と常識があれば野党議員でも賛成に入れる筈だがな」


 爽やかなイケメンスマイルで、歯を光らせた。

 動画コメントには、「キャーイケメーン」「ステキー」「だいてー」という書き込みが殺到している。


 千花さんのカリスマ性半端ねぇ……。

 こうして、対談動画は大成功を収めた。

 ルイナは、どの政党がいいとか悪いとかは言わない。


 でも、動画を見ていた人たちには、どの政党が与党に相応しいか、一目瞭然だろう。


 千花さんは凄い、でも、今日の成功は、あらかじめくまパークなどの温泉施設を紹介していた宮子と、そして、社会派Vチューバーとしての地位を確立させていた、ルイナの功績でもある。


 でなければ、多くの視聴者には見てもらえない。

 何よりも、ルイナが直接の対談を決意してくれたことは大きい。


 四人の候補者へ対する、理路整然としたクールな対応。あの容赦ない意見が、サクラ・サクの持ち味だ。


 収録が終わると、四人の候補者たちは、肩を落として帰っていく。

 ルイナたち三人も、千花さんと一緒に立ち上がり、俺の方に向かって歩いてくる。

 四人とも、満足げな面持ちだ。


「頑張ったなルイナ。カッコ良かったぜ」

「ありがとう、元広、あっ」

緊張の糸が切れたのか、ルイナの膝が崩れた。


 危ない、そう言って彼女を支えようと、俺は踏み出した。


「お姉ちゃん!」

「危なっ」

「おっと」


 宮子、初佳、千花さんが、同時に手を差し出し、ルイナを支えた。

 息の合ったチームワークだ。


「ルイナお姉ちゃんだいじょうぶ?」

「疲れたなら肩貸すよ?」

「いや、私が休憩室へ運ぼう。それと温かい飲み物を用意しよう。ルイナ、今日は大儀だったな。心の底から感謝する」

「あ、いえそんな。大したことではないです」


 奥ゆかしい態度のルイナを、ひょいと抱き上げる千花さん。

細身のルイナをお姫様抱っこするその姿は、まるでおとぎ話の王子様のようだった。


「遠慮をするな、私が、こうしたいのだよ」

「は、はい……」

「キャー、ステキー♪」

「イケメーン♪ ダイテー♪」


 ルイナがつつましく頬を染めて、初佳がふざけて宮子がその尻馬に乗った。

 ルイナが、ますます赤面した。


 あれ? 普通、こういう時って男が抱っこするんじゃないかな?


 なんで俺ここにいるの?

 分かってますよ。だってここ現実だもん。ラノベじゃないもんね。


 所詮これが現実さ、と俺が心の中で独りふてくされていると、ルイナと視線が合った。


 その時、彼女が一瞬、俺に向かって微笑んでくれた。

 そんな顔をされると、ふてくされる気持ちも無くなる。

 まぁ、ルイナが幸せそうだからいいか。

 俺は、前向きな溜息をついた。


   ◆


 翌、十二月十三日。投票日まで、残り七日。

 昨日の一件でルイナは調子を上げ、今日上げた動画もキレキレだった。

 ネットでも、テレビでも、選挙系の話題は、国民優先党一色だ。

 次期与党は、国民優先党で決まり、みたいな流れになっている。

 この調子でいけば、与党の座は確実だろう。


 夕方、俺ら四人は、宮子の家で乾杯をして、ささやかなパーティーのようなことをした。


 三人とも浮かれ、互いの成功を讃え合う。


「やっぱ昨日の動画は効いたよねぇ。あたしら最高♪ そして初佳ちゃん可愛い♪」


 ジュースなのに酔っぱらったような陽気ぶりの宮子は、初佳に抱き着き絡みだす。

 初佳も嫌がることなく、テンションを上げていた。


「あはは、チャンネル登録者数も再生回数もうなぎのぼりだし、このままいけばあたしたちトップVチューバーだね♪」


「国民優先党が与党になったら、来泉グループの企業案件がたくさん貰えるし、あ、そうなったら父さんと母さんもVチューバーって仕事を認めてくれるかも!」


 らしくもなく、ルイナは口調が軽くなっていた。


「そういえば政権取ったら、あたしら希望次第で来泉グループの広報宣伝部に終身雇用して貰えるんだっけ? ふーん、来泉グループ広報宣伝部キャラクタールナスター、悪くないじゃんそれ♪」


 宮子が、初佳を抱き寄せたまま、さらに盛り上がる。

 この前、千花さんに、勝って兜の緒を締めよの話をされたばかりなのに……。

 まぁ、気持ちは分かるけどな。

 現状、俺らには負ける要素がない。他の政党には勝つ要素がない。


 けど……何か違和感があった。


 漫画やラノベじゃあるまいし、あいつらが、このまま手をこまねいてくれるのか?

 そんな冷たい不安が、俺の背筋を硬くした。

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