第32話


 一時間後。

 俺は順調にエネミーを狩りながら、ポイントをどんどん稼いでいた。


 今は、デパートの駐車場に固まっているリザードマンたちを蹴散らしているところだ。


 リザードマンは、二足歩行のトカゲ人間で、右手にサーベルを装備している。

ただし剣の動きは単調で、避けるのは簡単だ。


「そうそういいわよ幹明。止まらず動く、常に動く。多対一になりやすいハンティング戦は背中を取られたらおしまいよ。常に動いて回って視界を動かして辺りを警戒して。優先すべきは倒すことより動きを悪くすること。無理に倒さず一撃与えたら次の敵。トドメは後でも刺せるんだから。だけど理想は相手のウィークポイントを突いて一撃で倒すことよ。各エネミーの攻撃パターンとウィークポイントを体で覚えなさい。ほら、武器がハルバードなんだから、できるだけ多くの敵を巻き込むように」


 口を動かしながら、春香は自分もきっちり戦う。

 さっきから自動車の上に仁王立ったまま、遠くのエネミーに水弾を撃ち込んでは凍らせて、足止めをしてくれている。


 なんという接待ハンティングだろう。

 春香は異能学園アバター使いで、異能は水の生成と操作だ。水圧による高速移動から氷による防御と拘束、水蒸気爆発や水のチェーンソーによる攻撃。


 弱点のないオールラウンダータイプの反面、水流の操作には高い集中力を必要とする、玄人向けの能力だ。


 MRバトルにおける技の使用は、脳波で行うから、慣れないうちは操作が難しい。


 例えるなら、手の薬指を動かさずに小指を動かすとか、片眉だけを動かすとか、足の小指だけを動かす、みたいな感じだ。


 俺のアバターのマグナトロは技の幅が狭い分、操作が簡単で反射的に動ける。

 こうした部分からも、彼女の才能が良くわかる。



「おい、あれって二組の狩花じゃね?」

「本当だ。入試で対戦相手をほぼ全員完封したっていう」

「さっき貴佐美もいたし、こりゃ上位入賞は無理だな」


 通りすがりの参加者の口から、そんな声が聞こえてくる。

 入学から一か月半。

 春香の顔と名前は、そこそこ売れてきているみたいだ。

 まぁ、ゲームテクだけじゃなくて、あの容姿だし当たり前か。

 手の平から水弾を放つ春香は勇ましく、戦乙女にも似た美しさがあった。


「狩花にPKされる前に他の場所に行こうぜ」

「さっき聞いた話だと、男子の股間をチェーンソーで笑いながら抉ったらしいぜ」

「さすが、バーバリアン最強の女の二つ名はだてじゃないな」


 涙腺が熱くなる。

 これから春香が過ごす暗黒の三年間を想像するだけで、慈悲の念が湧いて止まらない。


 だからあれほど『おしとやかにしろ』と言ったのに。


 己が持つ美点全てを台無しにする友の欠点が哀れでならない。

 もう、涙がこぼれるのを我慢するので精いっぱいだ。


「ていうか、一緒にいるの、あれってパンツ星人だよね? アキなんとかって名前の」

「秋本? 秋田? どうでもいいけど、あいつ狩花のこしぎんちゃくやってるんだな」


「ランキング最下位のパン耳男だからな。ああしないと生きていけないんだろ?」

「ああはなりたくないな」

「武士の情けだ。あまり見ないでやろうぜ」

「え? 俺もう写メしてSNSに上げちまったぜ。あ、イイネついた」


 

 ちっくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

 涙をぼろぼろと溢れさせながら、俺はハルバードを振るい続けた。


「その調子よ幹明。呑み込みが早いわね」


 ギャラリーの声が聞こえていない春香は、笑顔で誇らしげに胸を張っていた。


   ◆


 三〇分後。

 周辺のエネミーをあらかた一掃した俺は、視界に映る自分の獲得ポイントに顔がにやけた。


「お、もうこんなに。これは上位入賞も夢じゃないね、春香のおかげだよ」


 春香の指導を受けながら、彼女がエネミーたちを拘束してくれなければ、こんな高得点はたたき出せなかったろう。


「そ、それほどでもあるかなぁ、なんて」


 照れたような、はにかんだ笑みを返してくれる春香。

 やっぱり、そうしていると可愛い。どれぐらい可愛いかと言えば、俺が恋に落ちたくなりそうなくらい可愛い。


 けど、春香はすぐにその笑顔を曇らせて、難しい声を上げた。


「う~ん、でもこのままだとちょっと上位入賞は厳しいのよねぇ」

「え? そうなの?」


 俺がぽかんと口を開けると、春香はMRウィンドウを俺に見せてくる。

 そこには、現在の獲得ポイントランキングが表示されている。

 賞金のマネーポイントが貰えるのは、上位十名。


 なのに今の俺は十七位。

 十位とのポイント差は、九〇〇ポイント近い。


「げげ、全然足りないじゃん。制限時間てあと十二分ぐらいだよね? しかもその間、この人たちもポイント稼ぐわけだし」


 賞金が遠ざかり、パン耳地獄の亡者たちに足をつかまれた気がした。

 やめろ離せ、俺は豊かな青春を送るんだ。


「そうね。まぁてっとり早いのはPKね。倒したプレイヤーのポイントは、全部貰えるわけだし」


 春香の言う通りなので、ハンティングはゲーム終盤になると、PK狙いのプレイヤーが増える。PKはマナー違反だと考えるプレイヤーもいるけど、襲ってくるプレイヤーを返り討ちにする形で、意図せずPKしてしまう場合も少なくない。


 ただし、今回はその心配はなさそうだ。


 俺の前にMRウィンドウが開き、緊急メッセージが送られてくる。

 ゲーム開始時ぶりの美人女性教官が、緊迫した声を大にする。声優さんはお疲れ様だ。


「大変よ! 危険度S精霊、ベヒーモスが出現したわ! 近くにいる生徒はすぐ現地に向かって!」


 教官から、ベヒーモスの討伐獲得ポイントとマップ画像が送られてくる。そこには、俺の位置が青い矢印で、ベヒーモスの位置が赤い矢印で表示されていた。


 ベヒーモスが出現したのは全部で三か所。けれど、俺らはどの地点からも遠かった。


「獲得ポイント一〇〇〇! 幹明、こいつを倒せば一気に十位になれるわよ」

「いやいや遠すぎるって。今から行ってもほかのプレイヤーに討伐されちゃうよ」

「ん~、そうねぇ」


 春香の瞳が、ちらりと横に流れてから、口角が吊り上がった。


「なら、あれを使いましょう」


 春香の指さす先には、一台のMRバイクが停まっていた。


   ◆


「振り落とされるんじゃないわよ!」


 俺は電動バイクの後部座席に座り、運転席にまたがる春香のウエストにしがみつく。


 女子との密着、だけど興奮する余裕なんてなかった。

 だって、このバーバリアンもどきのアマゾネスがまともな運転をするわけがないのだから。


 春香が手元のアクセルを乱暴に回すと、両輪が金切り音を上げてクッションコンクリートに爪を立てて急加速した。


 内臓が後ろに抜き取られるような、強烈なGが襲い掛かってくる。

 振り落とされまいと、反射的に春香を強く抱き寄せた。

 バイクはみるみる加速して、左右の風景が背後へ流れていく。


「飛ばすわよぉ!」


 加速を示すGが俺の体にしがみついて離れない。

 春香、最大速度まで上げる気か?


 でも、最高速度では曲がれないと聞いたことがある。

 現代ではAIによる自動運転が主流と言っても、手動運転が禁止されているわけではない。


 MR世界と現実を混同して交通事故が起きないよう、そこらへんの設定はシビアだ。


 ちなみに、交通事故によるダメージ設定は最高クラスで、一撃ゲームオーバーも有りうる。


 なのに、春香は前方の道路を、大きく右に曲がる気でいる。


「ちょ、スピード落とそうよ!」

「それじゃ間に合わないでしょ!」


 叫んで、春香は体ごと車体を大きく右に倒した。同時に、左手で空中に水流を放出。その水圧反動で、強引にカーブを曲がった。


「マジで!?」

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